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勇者のかわりに鈍器だけがどんどん成長する無双チート  作者: 狐谷まどか
第1章 成長しない勇者、大地に降り立つ
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第15話 行商の護衛を引き受けてみる


「……サイコロクッコロプークスクスが何だって?」

「勇者イナギシさまサイクロプスです。独ツ眼の巨人と呼ばれている悪相の大男でして、何でも東の山脈で被害が報告されているのだとか」


 ある日、冒険者ギルドの掲示板を眺めていた勇太パーティーの一行は、張り出された依頼書のひとつを見上げながら談義をしていた。

 珍しく掲示板に張り出された依頼書に人相書きの様なものが描かれていたものだから、勇太がそれに興味を示したのだ。


「ごくごくたまにだが、山脈の麓に広がる森の中からサイクロプスが荒野にやって来ることがある。恐らく張り出されたサイクロプスの討伐依頼というのもその類のものだろうな」


 じっくりと人相書きの描かれた依頼書を覗き込んでいた女騎士がそう解説を加えてくれた。

 聞けばそのはぐれサイクロプスが、このグランドキャットウォークの村周辺に出没しているらしい。


「サイクロプスというのは鉱脈に住み着くと言われていてな。だから山や森の深い場所にいるものだが、きっと縄張り争いに負けて外に追い出されたのだろう。警戒心が強いが、それゆえにバッタリ遭遇するととても危険だ」

「詳しいですねクリントウエストヒップさん」

「まあわたしは守衛官だったからな。そのぐらいの事は……」


 ただその辺りをうろついているのならば問題は無いのだが、これが街道の沿線となれば話は別である。

 グランドクキャットウォークは国境の交易中継地となる村なので、サイクロプスをこのまま放置しているとなれば商人たちの行き来を阻害する事になる。


「張り出された日付を確認したが、ちょうど今朝方の事らしいな。新しい依頼だ」

「ええそうですね、ヒップさん。どうなさいますか勇者イナギいさま?」


 どうなさいますか? というのは勇太に対して暗にこのクエストを受ける事を期待してのモノだろう。

 褐色お肌の司祭アビは、上目遣いに勇太の顔を覗き込んでニコニコしている。

 一方の女騎士クリントウエストヒップは、あまりこのクエストに関心がないのか、明後日の方向を向いていた。

 と思ったら、時々チラチラと勇太の方に視線を送っているので、実はこのクエストを受けたいのかも知れない。


 しょうがないな。という気分になって勇太は質問をした。


「俺たちのパーティーは結成したばかりだけれど、そんな俺たちでもこのサイクロプスというのは倒せるのか?」

「仮にわたしひとりが戦ったのであれば、壮絶な命の駆け引きをした後に、引き分けか共倒れになる可能性があるだろう」


 つまり女騎士の実力では互角という事になる。

 前回ステータスを確認した時はレベル34だったのを記憶しているが、敵もそのレベル帯という事だろう。

 ホブゴブリンでかなり苦戦していた様に勇太は感じたが、


「あ、あれは騎馬であったのが大失敗だったな。徒歩での戦闘ならば恐らくサイクロプスと同格の敵のはずだ」

「本当かよ?」

「わたしも馬鹿ではないので、勝てる眼のある相手にしか戦いは挑まないぞっ」


 ファンタジーゲームの世界ならば、ボス戦でもない限りは自分と同格の相手と戦う事はまずしないだろう。

 安全マージンをしっかりと考えたうえで格下の敵と戦うものだ。


「だが今回は違う。アビがいるからな!」

「回復ならばわたくしにお任せください。勇者イナギシさまの擦り傷は、たちどころに前回しますよっ」


 駄目だ、かすり傷を回復出来るヒールでは、致命傷を治す事が出来るはずがない。

 なので勇太はふたりを見比べてこう言った。


「やめとこうか?」

「ええええっ、戦わないのですか?! 勇者ともあろうお方が敵に背中を見せるのですかッ」

「そうだぞ勇者、男は黙って真剣勝負だ。貴様のクギバットはただの飾りか?!」


 勇太の握るクギバットを指し示しながら女騎士が唾を飛ばしてくる。

 司祭アビまでもまさか非難の言葉を口にするとは思っていなかったので、勇太はタジタジになったけれど、それでもめげない。


「それでも、俺たちの中で一番レベルの高いクリントウエストヒップさんですら互角なんだからな。無理はする必要がない、レベルがあがってから倒せばいいんだ」


 勇太はレベル0なので何がどうしてもレベルが上がる事は無いが、金砕棒にジョブチェンジしたクギバットさんならどんどん成長してレベルアップをする。

 そこで勇太は少し前に説明を受けていたクエストを指し示した。


「だからひとまず、このクエストを受けないか?」


 司祭アビの説明によれば、山脈を超えて東の街に向かう行商人たちのキャラバンを護衛するというものだ。

 この手の依頼はひっきりなしに掲示板に張り出されるらしい。

 けれども隊商を守りながら隣町まで移動するというのが、ファンタジーなこの世界の外に一歩出ると言う意味で、勇太はちょっと魅力的に感じたのだ。


「さきほど勇者イナギシさまがご興味を示しておられたクエストですね。でもこれですと、サイクロプスの討伐クエストに向かう方向と同じになります。場合によっては護送任務の道中にばったりなんてことも……」

「だからだよ。この依頼なら、まあ運が良ければ(悪ければ?)サイコロクッコロと遭遇する事も出来るし、」

「サイクロプスだぞ勇者」

「そのサイコロプスとは遭遇しなくても、経験値と報奨金は得られるだろ?」


 たいした考えがあって言ったわけではないが、思い付きで勇太はそう提案した。


「魔王召喚を阻止するのも大事だが、俺がまずこの世の中の事を知らないからな。外の世界はこうやってちょっとずつ見るべきだ」

「た、確かに勇者イナギシさまの仰る事はごもっともです!」

「むつかしい事はわたしにはわからんな」


 護衛と言う任務がある以上は、荒野の街道はやはり危険に満ちているのである。

 恐ろしくデカい甲虫がいたりゴブリンの盗賊もいれば、サイクロプスもいるわけだ。


 サイクロプスとの遭遇がなくても多少の経験値は手に入るし、いくら偉いお坊さんが軍資金を提供してくれると言ってもそれには限りがある。お金はあるに越したことはない。

 どやぁ?!


「道中は隣町までなので一両日の道のりです、その中で一挙両得とはさすが勇者イナギシさまですね。ヒップさん治安状況はどうなっていますか?」

「待て、直ぐに確認する。どうやら人狼と遭遇したという報告がある様だが、大事には至らなかったらしい。後はゴブリンの盗賊というのが書き込まれているが、これは勇者が倒したものじゃないだろうか」


 腕組みをして掲示板のひとつを監察する女騎士である。

 どうやらクエスト依頼の紙面だけが掲示板に貼られているわけではなく、一部には周辺の治安情報などを冒険者たちが詳しく書き込んだ掲示板も存在しているらしい。


「情報も玉石混交ではあるが、何も情報が無いままにクエストに出発する方が危険だからな。勇者よ、サイクロプスの他はたいした敵もいない様だが、コボルトだけは気を付けた方がいいだろうな」

「コボルト?」

「ああ、コヨーテ面の猿人間だ。とても繁殖力旺盛でな。どうも道中に小集団でこの荒野を徘徊しているとあるので、遭遇の可能性があるぞ」


 行商護衛クエストの脇から受注用のラベルを取った勇太は、この世界のモンスターは直ぐに群れるから嫌いだと心の中で思った。

 しかし司祭アビと女騎士の顔を立てながら、実はそうそうサイクロプスに遭遇するなんて確率は高くないのだから、われながら絶妙な提案が出来たのではないか。

 勇太はそう確信したのである。


     ◆


「さ、さ、サイクロプスだーー! 勇者様お助け下さい!!」

「嘘だろマジで?!」


 勇太のそんな淡い期待は、行商護衛に出てその日の夜には打ち砕かれるのだが。



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