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勇者のかわりに鈍器だけがどんどん成長する無双チート  作者: 狐谷まどか
第1章 成長しない勇者、大地に降り立つ
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第14話 勇者、宿屋に泊まる


 勇太は意を決して、クギバットのジョブチェンジは正当進化の中から選ぶ事にした。

 

「女神さま、金砕棒へのジョブチェンジでよろしくお願いします」

『……願いは、聞き届けられ……ました」


 聞き取りづらいのであわてて司祭アビの背中に腕を回すと、


『これであなたの鈍器は第二段階のジョブ、金砕棒へと進化する事になりました。ジョブチェンジを行う際は毎回このグランドキャットウォークの教会堂で行うようにしてくださいね、ここは勇者イナギシの召喚儀式を行った場所なので、わたしとの交信をする事が出来るんですよ』

「わかった。じゃあまたジョブチェンジのタイミングが来たら、ここで交信しましょう」

『はい。それと、この世界の情勢について最新の報告がある場合は、その際にお伝えする事になります』


 そんな女神マリンカーの言葉が告げられた直後、祭壇に置かれたクギバットが金色の光に包まれた。

 振り返った勇太はその眩しいクギバットを、眼をすぼめながら見やる。

 やがてその金色の光が収束したかと思うと、そこにはいつものクギバットの姿が消えて、赤銅色に輝くクギバットよりもひとまわり大きなトゲトゲ金属バットが安置されていた。


「おお、クギバットさんが金属トゲバットさんに進化したぞ!」


 駆けよってその金属トゲバットを持ち上げると、重さも以前よりはずっしりと重量感があって、より鈍器っぽいではないか。

 勇太はニッコリ顔で振り返り、女神さまに感謝した。


「ありがとうございます、ありがとうございます! これあれだな、他の連中は武器とか進化しないわけだろ? 俺だけちょっとお得な気分じゃないか、誰よりも早くジョブチェンジだしな……」

『……鈍器は、凶器です……丁重に扱って……くだ……ピガー……世界を、救うのです……ガーガピ』


 女神マリンカーは言うべき事を言った後に、司祭アビの体から離脱した様だ。

 すぐにもガクンと首を垂れたアビに驚愕した勇太が、その場に駆けよる。

 そして倒れそうになった彼女を抱き留めた。


「だ、大丈夫かアビちゃん?!」

「ゆっ勇者イナギシさま。ジョブチェンジは無事に終えられたのですね……?」

「あ、ああ。大丈夫だ、問題ないよ。俺のクギバットさんは金属トゲバットに進化したから」

「よかった……」


 はかなげな笑みを浮かべて安心した司祭アビにウンウン頷いた後、祭壇で赤銅色に輝いているはずの金属トゲバットにふたりが視線を向けると、


「あれ? あっれえ? さっきまで金属トゲバットだったのに、もとのクギバットのままじゃないか?!」

「あ、女神マリンカーさまがわたしに解説してくださいました。必要に応じて、その時々で変わる事が出来るそうですから、勇者イナギシさまの指示がない場合は初期状態のままだと」

「な、なるほど。脅かせやがって……」


 ようやく体をだらりとさせていた司祭アビが上体を起こす。

 まだ体に生気が戻っていないのか、フラつくアビちゃんの体を、寄り添いながら立たせてあげているところに、ちょうど女騎士クリントウエストヒップが戻って来たのである。


「よおクリントウエストヒップさん、いいところに来た。クギバットのジョブチェンジ終わったぜ!」


 勇太が笑顔でその報告を向けたところ、フンフンと鼻歌などを歌いながら上機嫌な女騎士の顔が硬直した。

 手を洗った後に拭いていたらしい手ぬぐいをボロリと落として、顔はそれこそ真っ赤である。


「お、お、お、お前たち!」

「何を驚いているんだ女騎士さんは……」

「さあ? お通じが悪かったんでしょうかね?」


 司祭アビと勇太は顔を合わせて首をかしげて見せたが、


「ここは聖なる女神さまと信徒の憩いの場だぞ。その様な神聖な場所で、なわたしが眼を放している間に何と破廉恥な事をしているんだ?!」


 女騎士に指摘されたところで、無駄に抱き合っている勇太と司祭アビもあわてて互いに体を放した。

 言われてみればこのふたり、女神像の前で抱き合っていたのである。


     ◆


 武器を手に入れればさっそく使ってみたいと思うのが人情というものだろう。

 坊主、俺を試せ……などとすぐにも言い出したクギバットなのだが、外はもう真っ暗だった。

 それは後日にする事にして、まずは衣食を満たさなければならない。


「ひとまず、勇者イナギシさまのお宿にご案内しないといけませんね」


 そう言って、まだ褐色のほっぺを桜色に染め上げたままの司祭アビが、勇太をいったん村の目抜き通りへといざなう。


「あれっ、昨日は教会堂の宿舎に泊まったのに、今日からは違うんだ?」

「はい、いつまでも簡易宿舎に勇者さまを置いておくのも失礼だと思ましたので、宿屋を手配させていただきました」


 そう語る司祭アビの隣で、女騎士がブスリとしている。

 誤解が解けたからいいようなものの、女騎士は未だに胡乱な眼で勇太をジロジロと見ているものだから、彼も口数は少ない。

 もしかすると抱き合っている時、勇者特有のゲス顔を本人が気づかない時にしていたのかも知れないのだった。


「こちらがそのお宿にになります。少々手狭ですが、ご主人はとても気さくで優しいひとなんですよ」

「治安面もわたしが保証しよう、ここの利用客はたいが行商人だからな」

「おお、寝るところがあればそれだけで十分だよ」


 ふたりのパーティーメンバーの言葉に気を良くした勇太は、入り口のカウンターで「いらっしゃい」と言う店主に挨拶を済ませると、そのまま司祭アビの後に従って階上へと進んだ。

 一階が受付と食堂、二階以上が客室の様だ。


「こちらです。さあお荷物を置いておくつろきになってくださいね」


 部屋のサイズは三畳間ちょっとぐらいだろうか、やや広い寝台と小さな棚、それに丸イスがあるだけだ。

 むかし勇太が研修か何かで止まった最低価格帯のビジネスホテルよりは狭く、カプセルホテルよりはマシな空間がそこにはあった。

 勇太の住んでいる社員寮よりはるかに狭いが、女神姉妹教団の偉いお坊さんが勇太の代わりに払ってくれるのだそうで、贅沢は言えない。


「す、素敵な部屋だね」

「そちらの棚に武器をかけておくラックがありますので、勇者イナギシさまの鈍器はそちらに」

「うん、お気遣いありがとう」

「勇者さまのお荷物は上の段として、わたしとヒップさんの荷物は下で、」

「?」


 感謝の言葉を述べた勇太に対して、司祭アビが自分の持っていた装備を解いて棚の中段に荷物をんしょんしょと入れるではないか。

 勇太が驚いている隣で、女騎士もポンチョを脱いで爆発反応胸甲にまで手をかけ始めるではないか。

 狭い場所で一斉に動き出したので、勇太はしどろもどろになった。


「何であんたは服を脱ぎだすんだ」

「わたしたちは貴様とパーティーを組んでいるのだから、寝食を共にするのは当然だろう?」

「この狭い場所に三人で泊まるのかよ?!」


 勇太が抗議をすると、まっさきに司祭アビが謝罪した


「すいません勇者イナギシさま、ここしか宿がとれなかったもので……」

「いやアビちゃんは悪くないよ」

「これからはわたくしも勇者さまとともに世直し冒険の旅に出なければなりませんので、後任の司祭との引継ぎを済ませて部屋を引き払ったのです……」

「わたしはもともと宿住まいだったからな。宿無しだ」


 申し訳なさそうな司祭アビと、何の悪びれも無い女騎士だ。

 そうしてその夜、三人は川の字になって寝るのだった。


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