第13話 鈍器の職業選択権
インプ討伐のクエストを終えた勇太パーティーは、日が暮れて魔物たちが活発に活動を開始する時間がやってくる前にグランドキャットウォークの村の中までで戻ってくることにした。残っていれば、また厄介な人狼などに襲われるかも知れない。
討伐証明部位になるインプの首を風呂敷に包んで、さっそく冒険者ギルドに持ち込む。
最初のクエストをアッサリと大成功に終わらせたの気をよくしていた勇太パーティーの面々だが、思わず人狼に遭遇してその気持ちは冷水を浴びせられた様に固くなっていた。
血塗られた体を清めて今後の対策を話し合いましょうと教会堂まで戻って来たところ、突如として司祭アビの様子がおかしくなったので、勇太はてきめんに慌ててしまった。
『……ガガガ、……ピ!』
ここは教会堂の礼拝堂前である。
がらんどうのその場所で、帰還報告の祈りを捧げようとひざまずいた褐色エルフのアビちゃんが女神マリンカー像を見上げたところ、壊れたラジオの様なおかしなことを口走りはじめるのだった。
「え? どうしたのアビちゃん。今何か言ったかな?」
おろおろとしながら勇太はひざまずいた褐色司祭の背中に声をかけた。
司祭アビはその姿勢のまま、相変わらずピーガーおかしな事を口から紡ぎ続けており、そしてその場には女騎士クリントウエストヒップの姿は無かった。
彼女は肝心な時に、トイレに発っていたのだ。
「え、どうしたらいいんだ俺は。アビちゃん、おいアビちゃん!」
肩に触れるべきなのかどうなのか、一応はパーティーメンバーとは言っても、昨日今日になって知り合ったばかりの異性だ。
勇太は童貞なのでまともに女性のお肌に触れた事なんて、小学校以来ありはしなかった。
正確にはコンビニで買い物をした際に、釣銭を両手で握って返してくれた社宅側の女の子。それから歯科衛生士の綺麗なお姉さんの吐息が、勇太の頬を優しく誘惑した事がある程度である。
だが今はそんな事はどうでもいい。
おかしなことを口走っている司祭アビは、もしかするとインプの血に含まれていた遅発性の毒か呪いかなにかでおかしくなったのではないかと驚いたのだけれども、
『勇者イナギシ……聞こえますか? わたしは今……あなたに直接、話しかけています……』
突然ガクガクと首を振ったかと思うと、司祭アビはようやくまともな言葉を口にしたのである。
けれど、もこのがらんどうには勇太とアビの他にはいないのだから、彼には何を言われているのかさっぱりわからなかった。
『……鈍器を、……ジョブチェンジさせるのです。さあ鈍器を祭壇に……差し出してください』
しかしその口ぶり、声音は司祭アビのものではない。
焦点の定まらないアビの顔を見て、もう放置してはいられないとドキドキしながら肩に手をやったその瞬間、
『ああよかった。ちゃんとわたしの声、聞こえてますか? 伝波届いた?」
「お、これは女神さま、あんただな?!」
伝波届いた? じゃねえ!
例によって空気を読めないと言うか、ひとの話をまったく聞かずに話を進めるスタイルの女神そのものの口ぶりと声音だ。
どうやら司祭アビは、その体に女神を憑依でもさせているらしい。
『勇者イナギシ、サポートが遅れてしまい申し訳ございません……』
女神マリンカーは謝罪の言葉を司祭アビの口から漏らした。
健康的な褐色エルフのお肌に、申し訳なさそうな顔を浮かべてそう言われてしまったものだから、勇太は強く抗議する事が出来なくなってしまった。
憑依しているのが空気読めない女神でも、その肉体はアビちゃんそのものなのである。
『しっかりと体の一部が勇者イナギシと触れていないと、交信が難しい様ですね。そちらの鈍器とはしっかり交信が出来たのに……』
「え、クギバットとはずっとやり取りしてたの?」
『さて、そちらの鈍器が最初のジョブチェンジ可能なレベルに到達した様です。さすがわたし! どんどん成長する女神の祝福を持った鈍器は違いますね?』
聞いちゃいねぇ!
自画自賛の言葉を口にした女神マリンカーは、さっそくにも会話を強引に推し進めるのだった。
『鈍器は今後もレベルアップするたびにジョブチェンジするのですが、やはり最初のジョブチェンジで何を選択したかで進化の到達点が変わってくることになるみたいですね。さて、次のどちらを選びますか?』
「え、いきなり?」
『何分、こういったケースははじめての事なので、今の段階で最終進化形がどうなるのかはわたしにもわかりません……』
申し訳なりませんと女神マリンカーが言った後に、石板状のウィンドが出現した。
ステータースウィンドと同じものである。
①フライパン、硬くて黒光りするたくましい鈍器。敵を一撃で倒せる可能性を秘めています!
②スコップ、大地をも掘る事が出来る鈍器。相手をスタン状態に出来る可能性があります!
③金砕棒、クギバットの正当派進化。集団戦闘でも威力を発揮、これで鬼に金棒です!
④劣化グーレートソード、斬れ味はイマイチですが、叩きつける打撃力で敵を粉砕可能です!
『現在のジョブ選択ではこの四つへのチェンジが可能みたいですね。違いはわたしにもよくわからないですが、どうやらフライパンとスコップ、劣化グレートソードは初期ジョブ、金砕棒については、第二段階のジョブという事がわかります。グレートソードに進化した場合は正当進化ではないのでペナルティが付きますが、斬れ味がオマケで付いてきますよ』
「フライパンにスコップかよ……全然鈍器っぽくないじゃん。グレートソードに至っては鈍器ですらない」
『これらの場合も、使っていく事でレベルカンストをすると第二段階のジョブに進化する事が出来るみたいですよ』
触れている限りは流麗に天上界から言葉を投げかけてくれる女神である。
勇太は司祭アビのぷるぷるのお肌に触れながらも、ドキドキしつつその言葉を聞いて納得した。
「金砕棒というのは気になるな。正当進化なら、これを選ぶべきか……」
『どうなさりますか? あの、ケツカッチンなのでお早めに選んでいただければ……』
急かす口ぶりで女神が勇太に畳みかけた。
「うーん悩む! ジョブチェンジは失敗が許されないしな。せっかく覚えた溜めスキルも無くなる可能性があるのか……」
『あ、それでしたら大丈夫ですよ? いちど習得したジョブスキルは、そのままジョブチェンジをしても引き継ぐことが出来るのです。またジョブチェンジの機会は、その選択した進化先でレベルカンストをした場合に、また選ぶ事が出来ますから』
そうか、それなら今はとりあえずいろいろと試してみるのもありかもしれない。
クギバットが鬼の金棒に進化するのなら、スコップもメイスか何かに進化するのかも知れない。
フライパンならさしずめハンマーだろうか?
「まずは強くならないと話にならんからな。インプは一匹一匹は弱かったけれど、数が多いと連携されてやっかいだった。後、ホブゴブリンは一撃で女騎士の鎧を爆散させてしまったからなあ。正当進化を先に進めておいて、先に攻撃力自体を得た方がいいかも知れない。するとグレートソードもありか? いやいやいやそれは鈍器じゃないしな!」
勇太はアゴに手をあてながら、ふんふんと考えるのだった。
すると司祭アビの体から手を放したものだから、女神との交信はもとの不自由なものに戻ってしまうではないか。
『ジョブを……選ぶのです……、鈍器を祭壇に……』
言われた通りに不思議なオーラを発しながら輝いていた鈍器を、勇太は祭壇の上に置いた。
そうしながらクギバットに対して勇太は言葉を投げかけるのである。
「なあクギバットさんよ、あんたは何になりたいと思う?」
『坊主、俺を漢にしてくれ……』
クギバットが短く要望を口にした。
普通は鈍器が喋る様な事はありえないので、口数が少ないのは普通だし、むしろ口を利いたらおかしい。
たまらず苦笑を浮かべながらも、勇太はクギバットの要望に応えておく事にした。
男は黙って鈍器道、本人の意思は出来るだけ尊重するべきだ。




