第11話 果樹園の小悪魔(かわいくない方)
「勇者! こっちにまた四匹来たぞッ」
「勇者イナギシさま、こちらにも敵がっ。お願いします!」
「よっしゃ任せとけ!」
古い時代、大河の氾濫によって削り出された起伏に富んだ荒野の地形の中。
三人の勇者パーティーが、ヒラヒラと低空を飛び回っている小さな羽根をはやした小さな悪魔と戦っていた。
「くそっ何故あたらんのだ?! 死ね、死ね!」
語彙力が著しく乏しいクリントウエストヒップは、自慢の長剣をブンブンと振り回して敵を引き付ける様に戦っているが、これがまるで敵にヒットしない。
あかちゃんほどの大きさで、あかちゃんみたいな頭身の敵がインプである。
「おのれ騎士さまを舐めるなよ、ヘイト!」
インプは飛翔系モンスターである。
その上に案外すばしっこく飛び回るので、女騎士が攻撃しようと抜剣突撃しても左右に散って逃げ出す。
怒り狂った女騎士が、悪戯顔をしたそのかわいくないあかちゃん妖魔を仕留めるべく固有スキルを発動した。
「ベビベビフェイス、ブッコロッキー!」
「ぬん、あ~まただ! なぜ当たらない?! くそっ背後からちょこまかと!」
「キャッキャ、チチビッチザマァ!」
逃げられてはヘイトを使い、逃げられてはヘイトを使い。
そして背後を気にしながら戦わないといけないものだから、女騎士自身もそのインプに対して憤怒を溜めていたのである。
「よし、クギバット・チャージ完了! これで当たれば一撃で倒せるぜ!」
勇太は女騎士に向かってスキル的憎悪を強制されているインプの背後に回ると、そのうちの一体をブンを勢いよく叩いてやる。
首根あたりに気持ちよくヒットしたクギバットは、そのまま強烈な勢いでその隣にいたインプも一緒にかっ飛ばした。
さすがに溜めをしたクギバットさんの威力は破壊的だ。
一匹目のインプはグギリと首をへし折られ、巻き込まれたもう一匹は、岩場に叩きつけられて背中をあり得ない方向にひしゃげさせていた。
「勇者イナギシさま、あぶないです。えいっ!」
自分の攻撃がクリーンヒットして満足感に浸っていたところ、どうやらその隙を狙って一匹のインプが勇太を攻撃しようとした。
けれどもそれは、短剣を懐に引き付けてから一心不乱に突きを繰り出した司祭アビによって、助けられたのである。
「助かりましたアビちゃん!」
「まだ敵はいます、気を引き締めていきましょうっ」
天使の微笑みの様な褐色エルフ美少女のスマイルに一瞬だけ癒された勇太だが、近くで剣を振り回している女騎士の絶叫ですぐにも現実に引き戻された。
「ぐああ、どうしてわたしばかりに敵がまとわりついてくるんだよう!」
それはあんたがヘイトのスキルを使っているからさ。
新調したばかりの胸甲が爆散したくないのだろう、必死になって敵を追い回している女騎士を助けなければいけない。
勇太とアビはお互いにうなづきあって、その残ったインプを倒すために駆けだすのだった。
◆
「悲しいばかりだ! わたしの戦果はたったの六匹だ……」
「わたくしは勇者イナギシさまのご助力をいただきまして、何とか四匹でしょうか?」
「俺はひいふうみい、全部で十四体だな」
それぞれ倒したインプの遺体をずらりと並べて、冒険者ギルドで受けたクエスト達成に必要な条件を確認する。
女騎士は敵を引き付けるのが役割で、思ったように敵を倒せなかったらしい。
司祭アビはその逆で、回復魔法を使う合間に要所で攻撃に参加してくれていた。
その意味で勇太はひとり二桁のインプを仕留めた事になる。
「さすが勇者イナギシさまです、あの短時間に十四体も倒すだなんて!」
「いやあそうかなあ、デヘヘ」
「お前はアタッカーの役割なんだから当然だ。わたしなどはヘイトを使っていたからな、敵がうるさい蠅の様にたかるものだから背後が気になって正確に攻撃する事もままならなかった」
おかげで敵に致命傷を与えられないので、美味しいところはみんな勇者が持って行ってしまったではないか!
プンスカと憤慨した女騎士は、ぶるんと胸甲の上からでもわかる豊かな胸を揺さぶって見せた。
あまりに豊かな胸だから、甲冑ごと振動するのである。
たまらず童貞の勇太はその胸に視線がクギ付けになってしまったけれど、すぐにも女騎士のジト眼を向けられて知らないふりをする。
『坊主、バレてるぞ……』
童貞だからしょうがないんだ。
こんなに間近に揺れるおっぱいを見たのは、画面の向こう側意外じゃはじめてなんだ!
そんな魂の叫びを勇太は叫んでしまったが、プイと視線を外した女騎士は、それ以上何も言わなかった。
あまり露骨にガン見していると、首と胴体が分離しかねない。
勇太は宇宙ステーションに飛んでいくロケットではないので、分離切断したらおしまいだ。
「さ、さてと。部位というのを持ってかえればいいんだったな。アビちゃん、インプの証明素材の部位はどこかな?」
「インプの証明部位は首ですね。思ったよりも数が多いので、ちょっと持って帰るのが大変そうです」
健康的な褐色お肌に困って強いましたという苦笑を浮かべたアビちゃんかわいい。
先ほどの反省もすっかり忘れて、つい勇者独特の残念顔を浮かべそうになったところで、女騎士が口を開く。
「おい勇者……」
「な、何だよクリントウエストヒップさん?」
「ヒップでいいと言っているだろう。き、貴様のいやらしい視線をわたしに向けるのは構わん。わたしは魅力的な女だからなっ。だが間違ってもアビにその様な態度を示せば、どうなるかわかっているだろうな……?」
長剣を血振りして鞘に納めながら、胡乱な眼を向けた女騎士である。
そのままズイと顔を近づけて勇太に説教をするのだ。
甲冑の上からでも良くわかる豊かなお胸の大きな谷間に、勇太はたまらずドキドキした。
「貴様とアビとはあくまでも宗教上のパートナーだという事を理解しろ」
「そ、そんな事はわかってるよ。できたばかりのパーティーが不仲になったら、これからが大変だ」
「ハン、どうだかな! い、今貴様を鑑定スキルで確認すれば、きっとステータスが勇者特有のゲス顔と看破されるに違いない」
だから貴様の事は信用ならんのだ!
疑わしきを罰する勢いで、女騎士はそっぽを向いた。
そんな滅茶苦茶な、と勇太が抗議するよりも早く、
「あのう、勇者イナギシさま……」
「どうしたのアビちゃん?」
「先ほどからずっと、どこからかわたくしたちは見られている気がするんです……」
アビちゃんまでそんな事を言い出した?!
勇太は狼狽して自分にかけられた嫌疑を必死に否定しようとした。
確かに勇太は勇者特有の助兵衛顔をして、女騎士の溢れんばかりのお胸を眼で堪能したけれども、
「えっと、果樹園の向こう側から視線を感じます」
「どうしたアビ。まだインプどもの気配が感じられるのか?」
「……わかりません、ですが何だかとても嫌な予感がするのです」
褐色のお顔に神妙な表情を浮かべた司祭アビに、女騎士が改めて長剣の柄に手をかけながら駆け寄った。
勇太も一瞬だけ自分の事ではないのかとホっとした束の間。
『坊主、チャージの準備をしろ。防風林の向こう側に明確な敵意をもった相手がいる……』
「?!」
「あっ、あれは人狼ですッ」
司祭アビが悲鳴めいたものを口にしながら指さした先に、人間サイズの毛むくじゃら。顔がハスキー犬みたいな姿をした猿人間が姿を現したのである。
「ひいふうみいよ、六人もいるぞ!」
「人狼め、わたしたちが戦闘で疲弊するまで隠れ潜んでいたのか?! 何と言う姑息な相手だッ」
白刃きらめかせながら抜剣してのける女騎士と、クギバットをあわてて持ち上げて戦闘態勢を取る勇太だ。
『相手は思いの他、手強そうだな。坊主、覚悟を決めろ……』
2017.1.26改稿




