とある異世界召喚少年少女ものの終わりと始まり
草の匂い。
花の匂い。
自然の匂い……この世界に来て、よく味わうようになった自然の香りが、鼻を優しくくすぐる。優しく、そう、優しく……あ、なんかムズムズして……
「――くちっ!」
軽い噴出。花粉症、かな? 別に喉は痛まないケド。
「大丈夫ですか、ひかるさん?」
「だいじょぶ、だから、もうちょっと」
ぼくは、いや、ぼくたち二人は今、大小さまざまな大きさの樹林がそびえる森林の近く、緑一面――というわけではないけれど、豊かな自然の産物である、豊かで寝心地のいい草原に転がって、霧っぽい雲が所々に浮かぶ、蒼白い空や、遠く、放物線を画きそびえる山々を、のほほんと眺めている。
激動の日々に、やっとおとずれたとりあえずの安息に、ほっぺたが弛みっぱなしだった。
……あ、そだ。
そんな中で、電球が頭の上で明滅する幻想。
いいこと、おもいついた。
「ねえ、カスミ」
優しげな、いや実際優しいんだけど、仕方ないなあ的な溜め息をこぼすカスミに、そちらには目をやらず、笑みの形に弛むほっぺたを少しだけ意識しつつ、ぼくは声をかけた。
「何ですか、ひかるさん」
優しいカスミは、優しく、けどどこかに芯を残してやっぱりおっとりした声で、ぼくの予想通りにすぐ返事をくれる。
予想していたから、ちょっとにまにましたまま言う。
「ひざまくら」
「……は、いぃ?」
動揺したような、首を傾げるような声に、思わずぼくも首を傾げた。
――あるぇ?
「カスミ、知らないの? ――あ、ひょっとしてこっちの世界には無いのかな?」
ありえる、かな?
だって電話やテレビはもとより、竹馬もないという、へんちくりんな異世界だし。そのわりに銃とか爆弾とかがあるのにはビックリしたケド。
ちょっと不安になったぼくに、カスミは慌てたように手を振るう。そんな気配。
「いえ、知っていますよ。えと、太ももを枕代わりにしてあげるアレです、よね」
戸惑うような声での説明に、なぁんだあるんじゃん、と安心して笑うぼく。
一呼吸くらいの間をあけて、ふとカスミが気付いたようにつぶやく。
「……え、それ、ひょっとしてそれを私が……ですか?」
「……いや、かな?」
やってくんなきゃ、いやだいいやだいと言いながら草原を転がり回る覚悟だよぼくは。
そういう意味を言外に込めて言ったのが伝わったのか、チラッとだけ見ると、カスミは、卑怯なまでに可愛くてキレイな微笑みを浮かべ、
「……仕方ないですね、ひかるさんは」
「む、子供あつかいするなーっ、同い年っ」
仰向けのまま無意味に腕を振り上げたぼくに、はいはいと何かおかあさんっぽく応答するカスミであった。
――んー、あったかい。
人肌はいいねぇ、やっぱり。何年前かなー、おかあさんにこうしてもらってたのは。
そうやってひとしきり、カスミの膝の上で、目をつむって微睡んでいると……なにかな?
太ももが、妙にかちこちだなと気付いた。
「カスミぃ?」
「ひ、あいっ!」
驚いたような声音に、こっちもビックリして見やると、きれーで真っ白な頬をまっ赤っかにして、澄んだ空色の目を白黒させるカスミの顔。膝枕してるから妙な角度だけど、それくらい判る。
「……ひょっとして、テレてるの?」
「い、いえぇっ、えと、あのぅ……」
……と、かわいくてきれいな顔を赤く染めて、指先をつっつきもじもじしつつ、呂律のまわっていない口先。
明らかに、テレてる様子のカスミ。
……むぅ。
「……ズルいよね、カスミは」
「……え?」
おしとやかに目をしばたかせるカスミに、唇尖らせて不機嫌を主張。
「いちいち、そんなにかわいいもん」
「…………えぇ、っと」
心底困ったような声にもそっぽ向いて、ふん、と息を吐く。
……こっちまでテレるじゃんか。なんかサギだよ、美人すぎるもんカスミ。
あっちの世界にいた頃、ブラウン管やポスターの中で笑うような人種と比べても、絶対カスミのがかわいいって、おかしいよ。
「……ひかるさんも、その……」
そっぽ向いたぼくに、それでもメゲずに遠慮がちな声をかけてくるカスミ。
何か、何だろう。迷うような踏ん切りがつかないようなもじもじとした間をあけ、やがて。
「……ひかるさんのが、かわいい、と……私は、思います」
…………
他ならぬぼくをまっすぐ見て、言われた内容を頭が理解するのに間に、風が一吹き二吹きして草原の若草が揺れ――
「……ふぇ?!」
――カスミと接してきて、何度味わったか判らない、頭に血が集中する感覚。
――お、落ち着け落ち着くんだぼく! ここけこっココこれコレは、そうお世辞だ!
ぼくがこの、女の子のプライドクラッシャーよりかわいいとか、ありえない!?
……なんか、自分で思っててすごい傷付くなぁ……
という心情整理をはさみ、若干の八つ当たりも含めてキッとカスミに向き直り見上げると――
「――コロコロと代わる表情に、けっして頭は良くないけれど、誰かの心に聡い、優しくて清い心」
――顔を赤らめながら、それでもはにかんだような優しい微笑みを浮かべていた、カスミ。
それに、見惚れた。
口をつきかけた言葉が何なのか、もう思い出せないほどに、見惚れていたんだ。
「真っ直ぐに綺麗な瞳に、そして純粋で無垢な笑顔。他にも、貴女の――ひかるさんの魅力は、まだまだ在りますけど……私は――」
カスミは、微笑みをたたえたまま続けた。
――以前を思い出す雰囲気で、カスミとの距離は……すごく近い。息遣い、激しい心臓の鼓動が、草原の揺れてざわめく音なんかよりよっぽど大きく聴こえる距離。
――ああ、これは、
唐突に、思い出す。カスミがあんまりにきれいでかわいくて女の子らしいから、ちょくちょく忘れて、でもやっぱりちょくちょく思い出し実感する。
――ぼくはオンナで、
風が吹き、若草と一緒にぼくの前髪も揺らし、頬をくすぐるけど、火照った顔は一向に冷却されない。
――キミは、オトコなんだよね。
「――ひかるさん、」
「……カスミ、」
――一際大きな疾風が吹いて、お互いの言葉という音が、掻き消された。
それだけ。少なくとも、ぼくはカスミが何を口にしたのか、こんなに近いのに聞き取れなかった。
けどやっぱり、それだけ。
胸を埋める充実感と幸福感、なにより――カスミが、幸せそうな笑顔を浮かべているから、まあいいや。と思う。
ぼくが幸せを感じて笑う理由は、きっと、それだけで十分なんだ。
それから、休憩は終わり。
ぼくたちは草原を歩き、歩き、歩く。
指と指を隙間ないように絡め、手を繋いで、カスミの体温を感じながら、前に進む。
――ふと、何となく名前を呼ばれた気がして、振り返る。
そこには、歩いてきた道のりがあるだけ。
遥か遠くには、一望できるうずたかい山々と――ふもとに栄えた、人の営み。
――かつて在った、たくさんのぬくもり。
脚を止めてしまったからか、カスミが訝し気にぼくの名前を呼ぶ。
「――遠くに、きたね」
風が吹く。
撫でられた頬は、さっきみたいな火照りとは無縁。
肌寒さを感じて、それ以外の何かも感じて、握っていたカスミの手を、より強く握る。
「――そうですね」
か細い手。
女の子みたいに、ケド女の子のぼくより色白な手。
けれど、ぼくをまもってくれる。
ぼくよりおっきい、男の子の手。
これ以上の支えなんかない……けど、
「……重いね」
「……はい、でも」
肯定を返したカスミを見る。
真っ直ぐな蒼空は、真剣にぼくを見つめていた。
「それでも私は、アナタを……ひかるさんといっしょに歩いて……ひかるさんを、まもります」
繋がれていた手に、一層の力が入る。
なんて、率直な言葉だろう。
言われてほっぺた熱くするぼくもぼくだけど、そういうコトを喋る時だけ、カッコイい顔すんだから……もうっ。
――でも、表情には出さない。
そういう場面じゃないと直感しているから、ぼくも、真っ直ぐ見つめるカスミを、真っ赤になって噴出しそうな顔を正面に固定して、カスミだけを、見る。
「……でも、カスミだけじゃ頼りないよね」
心にもないコトを言って、カスミだけ味方してくれたら全部が全部一杯になっちゃうくせに、だからこそそう前置いて、表情を悲しげに歪めるカスミに、笑いかける。
「――だから、カスミはぼくがまもるねっ」
――隣にいる。
だから、強く、なる。いっしょでいられるように、強くなってみせる。
だから、ぼくもぼくの、宣誓を口にした。
ぼくもカスミも、荷物も家族も故郷も――たくさん無くして捨てて、お互いのぬくもりだけを手に、走ってきた。
ぼくの。
カスミの。
だからこその、誓い。
風が吹き荒び、木々がざわめき草が揺れ、枯れ草が何本か千切れて宙を舞う。
そんな中、お互いに噴出しながら、耳まで同じ色になった顔を笑い合う。
――もう一度だけ、後ろを、遥か遠くの人の営みを、ぼくとカスミが歩いてきた道を見た。
風が吹き荒ぶ。
それは、向かい風。
前を向き、進む。
今度は振り向かずに、二人並んで、歩いていく。
一番大切な温もりと、手と手を合わせ。
――カスミといっしょに、歩いていく。
初・短編。ぶっちゃけエピローグ的な何かなので、想像の余地がありすぎるところかと思われますが、腐った仕様です。要望があれば長編化ももくろんでいますが……受容、あるのでしょうか? まあどちらにせよ、現在連載中のどっちかが完結してからでしょうが……