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山賊と戦うには

「んん…あ?」


寝惚け眼をこすりながら目を覚ますと、俺は村の少しはずれにある野原の大木の下に腰掛けて寝ていた。両腕に重い感触がある。両隣を見ると子供達が俺の腕に寄り添って寝ている。

ああ、そういえばタナレンには女の子達と遊んでもらって、俺はこの男の子達と一緒にこの野原でラジコンとかで遊んで、そのままここで昼寝してたのか。でも外はもう暗くなってきているな。皆を起こしてタナレン達のところにいくか。

村の方向は確か…


「あれは…!」


少し遠くに見える村を見ると風貌の悪い男達が村人達を縄で縛り上げていたり、家を荒らしているのが目に入った。

まさか山賊か?朝の仕返しにきたのか?とにかくこの状況はマズイぞ。

そうだ!おっさんから預かったスティングライフルで奴らを…、ってくそ。銃は危ないと思ってタナレンの家に置いてきたんだった…。しかしこのままじゃタナレン達が…!


「どうしたの?兄ちゃん?」


心配そうな顔で子供達が俺を見つめている。

起きちゃったか。しかしこの子達だけでも守らないと…


「あ!僕達の村が!」


一人の子供が村の方に指を差すと一斉に他の子供達も村の方を見る。

村の惨状を知った子供達は泣き出してしまう。


「しっ!今は静かにないと!」


ここでバレたらまずい。とりあえず逃げないと


「みんな、静かにして言うことを聞いてくれ。今から後ろの森に避難するぞ。」


「え!でもお母さんやお父さんが!逃げたくないよ!」


今逃げれば確実に村の人々は酷い目にあうだろう。でも、だからってどうすることも俺には出来ない。


「私は、この村が好きなんです」


タナレンの言葉が頭を過ぎる。もちろんタナレンもあの中にいるはずだ。俺たちが何もしなければ

タナレンもきっと…。そう考えると胸が苦しくなる。


「私はこの村のためならなんでもします!だからシンさんも嫌なことがあっても逃げずに頑張ってください!」


この場になって、タナレンの言葉を思い出す。目の前の惨状と自分の無力さに怒りが湧き上がる。

この世界でも俺は逃げるのか…。

ふと俺が子供達の方をみると子供達は涙を必死に堪え、まっすぐ俺を見つめている。

俺の選択を迫るように。今、俺の行動こそ、この子達の運命を変えようとしていると実感する。


逃げるべきか立ち向かうべきか…。しかし、奴らをどうやって追い払えば…俺たちだけで山賊達を…

追い払う…。 追い払う…? 追い払うってことは奴らを村からいなくさせればいいってことだよな…?

そうか… … そうだ!やってやる!俺はもう逃げない!


「お前ら、今から山賊達を追い払うぞ」


俺の言った言葉に子供達は引き締まった顔になる。やる気満々だな…。

よっしゃ…、作戦開始だ!





「親分、もう他に村人はいません」


民家から出てきた山賊の一人が最後の村人を拘束し、ボッゴに報告する。

ボッゴはそれを聞くと、縄で拘束され、座らされているノタロンの前にしゃがみ、顔を近づける。


「じいさん、リゲロ(死神)の変装をした糞野郎はどいつだ?この中にいんだろ?」


ノタロンはその言葉を聞いて鼻で笑う


「ふん、そんなもんは知らん。貴様らの気のせいじゃろ」


「なるほどねぇ…」


ボッゴをうんうんと頷き、含み笑いをしながらゆっくりと立ち上がる


ドゴ!


ボッゴは立ち上がったと同時にノタロンの腹に思い切り蹴りを入れる。

その顔にもう笑顔はなく、鬼気迫る表情をしている


「うっ…!」


「おじいちゃん!」


蹴りを入れられ、地面に蹲るノタロンに縄で拘束されながらも近寄るタナレン


「糞田舎のじいさんの戯言を聞きにここまで来たんじゃあねえんだよ!」


ボッゴが大声で叫ぶ、その気迫に村人達はひどく怯える

ノタロンは息を切らしながらもボッゴを睨む


「うぐ…はぁはぁ…。」


「おう?言う気になったか?」


ボッゴはノタロンの髪を掴み上げ、自身の顔に近づける


「く、糞山賊に教える事など一つもない…!」


ボッゴとノタロンの睨み合いが続く。しばらくしてボッゴがノタロンの髪を手から離すと

その手は山賊の手下の方向に向けられる


「持って来い。」


「はい」


そういうと手下は大きな戦斧をボッゴに手渡す。

ボッゴは戦斧を手に取ると、ノタロンの頭に狙いを定める


「やめて!お願い!」


タナレンが叫ぶがボッゴはピクリともしない。それどころか顔から笑みが出る

ノタロンも覚悟した顔付きになる。


「おじいちゃん!」


タナレンがノタロンに向かって叫ぶとノタロンの目から涙がこぼれる


「タナレン…わしの可愛い孫よ…強く生きてくれ…」


「黙れ、死ね」


ボッゴはそう言い戦斧を勢い良く振り下ろそうとするその瞬間



ピューーーーーー


なにかが打ち上がる音がし、ボッゴの手は止まる、そして音のなる方向に振り向く


「な、なんだ?」


ボッゴが呟いたその時


ドオオン!


打ち上げ花火は大きな音を立てて爆発する。

その光景に村人達、山賊達も驚く


「こ、これは一体!?」


「た、祟りだ!」


山賊達が騒ぎ出す

その様子を見たボッゴは切れる


「うるせえ!このくらいでビビってんじゃねえ!」


「あ、あれ!」


拘束されている村人の一人が花火の上がった方向を指差す


「あ?」


ボッゴがその方向を見ると暗闇から人影が現れる

ゆっくりとゆっくりと近づいてくるその人影に一人の山賊が驚きの表情を見せる

それに気づいたボッゴがそのことについて問うと、山賊は声を震わせる


「あ、あ、あれが俺の見たリゲロ(死神)です…!ま、また出やがった…!あの仮面…間違いねぇ!」


その言葉にボッゴは一瞬驚いた表情を見せるがニヤリとする


「おーおー、お前がリゲロ(死神)か、変装した変態野郎と聞いていたが、まさにその通りだなぁ!」


ボッゴは大げさに身振り手振りをして現れた人影に話しかける

そして山賊達の士気を上げようと、山賊達の方をみて誘い笑いをする。

その誘い笑いに山賊達も一斉に笑う


「ぎゃははは!そうだよな!ありゃ変態野郎だ!」


「想像以上にアホっぽそうだぜ!」


その様子を心配そうに見るタナレン


「シンさん…!どうして…」


山賊達が笑う中、死神に変装しているシンはおもむろに手を天高く上げる

その行動に一瞬辺りは静寂に包まれるが、すぐに山賊達はいびる


「どうした~?怖くなったか~?」


山賊の一人が言ったその瞬間


「恥を知るがいい」


シンがそう呟くと山賊達は驚く、シンの声は酷くおどろおどろしく、人間には発せない声色だった。

その声に山賊達は恐ろしくなり、さっきまでの勢いはなくなる。

シンはそのまま高く上げた手を山賊の方へと振りかざす


「な、なんだぁ?」


山賊達が身構えるとシンの後ろから微かな光りが多数、点灯し始める


「お、おいありゃぁ…」


ピュー!


高い炸裂音がなり、無数のロケット花火が一斉にシンの後ろから発射され、山賊達目掛けて飛んでくる


「うわあああ!」


「あちぃ!あちぃ!」


山賊達はロケット花火に阿鼻叫喚する

ボッゴは戦斧でそれを防ぎ、苦虫を踏み潰したような表情になる


「お前らあ!落ち着け!こんなのただの手品だ!あいつが本物のリゲロ(死神)なわけねえだろ!」


「で、でもこの状況じゃあ!」


「うるせえ!この飛んでくる奴も直に終わる!耐えろ!」


「ひぃい!」


何人かの山賊達はその場から逃げ出す


「(くそ、このままじゃマズイ!なんとかして手下を逃げ出させないようにしねえと!)」


ボッゴは山賊達をシンの猛攻から撤退させない為に策を練る


「て、てめぇら!ここで逃げないで俺と一緒に戦った奴には金貨1枚くれてやる!逃げれば死刑だ!分かったな!?」


その言葉に山賊達の顔つきが変わる


「き、金貨一枚!?」


「や、やってやんぜえ!」


山賊達の士気が高まると同時に飛んでくるロケット花火が消える

その様子に山賊達の士気はさらに高まり、シン目掛けて複数の山賊達が突進してくる


シンが両腕を構えると両手からスプレー缶が出てくる。そのスプレー缶にはライターが取り付けられており、

スプレー缶の噴射口にライターの火が丁度、重なっている仕組みになっていた。


「灰と化せ…!」


シンは自分に向かってくる山賊目掛けてスプレー缶を噴射する。

スプレーが噴射されると同時に、ライターの火とスプレーガスが反応し、噴射口から火炎が飛び出る

その火炎は向かってきた二人の山賊の顔面に直撃する


「ぎゃああああ!」


「あちぃいいい!」


二人の山賊は地面に倒れ、のたうちまわる。

その光景に突進しようとしていた他の山賊達の足が止まる


「て、手から火が出やがった!」


「や、やべえよ!」


シンはそのまま山賊達に近づき、さらに火炎スプレーを噴射する

山賊達は反撃することなくその火炎から叫喚しながら逃げ惑う

何人かの山賊達はそのまま村から逃げ去る


「くそ!てめえら逃げるんじゃあねえ!こいつと戦った奴には…、き、金貨10枚くれてやる!」


ボッゴはさらに条件を上げ、山賊の士気上げを図る


「き、金貨10枚!?」


「よ、よっしゃ!炎がなんぼのもんじゃい!」


くそ、こいつら金貨にがめついな、どうにかしないと…!

そろそろ…あいつの出番だ…!


シンは家の裏に隠れている子供の一人に合図を送る


「てめえら!やれえ!」


ボッゴが怒号を送ると山賊達は炎に注意しながら向かってくる。


ふと、シンの脳裏に子供達との作戦会議の記憶が蘇る。


━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―



「いいか、まず、打ち上げ花火でやつらの視線を一気にこっちに引き付ける。」


村に行く前に、俺と子供達で作戦会議をしている。

この作戦が俺たちの命運を握っている。成功すれば村を救える。失敗すれば最悪の場合、命はない。

子供のこんなこと背負わせるのは気の毒だが…。やるしかないんだ。


「お前達は俺の後ろからロケット花火を山賊達目掛けて発射させてくれ、上手く当ててくれよ」

「うん!」

「まかせてよ!」


ここにいる子供たちはロブ、モバ、デルン、フォンの合計4人だ。3人はロケット花火をやらせて、あとの一人は…


「ロケット花火のあと、俺が単独で動く、それでも奴らが逃げず、俺に立ち向かってきて、俺がピンチだと感じたら合図する。そしたらモバ、これを頼む。」


俺はモバにあるモノを渡す。


「これって…!」


モバはそのモノに驚く。


「ああ、特注品さ。しっかり頼むぞ」

「わ、わかった!それで合図ってなに?」


「ああ、それは…」


━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―━―


「てめえら!やれえ!」


複数の山賊が一斉にシン目掛けて飛び掛る。

シンの火炎はそれに間に合わない。

シンは大きく息を吸い込むと、空に向かって大声で叫ぶ


「ラジコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」


シンが叫ぶと、どこからか音が聴こえる


ブィイイイイイイイイイイイイイイン!!


轟音に一瞬隙が生まれた山賊達の足元から、車のラジコンが勢い良く現れる。

火を噴きながら


「うわああああ!火のバケモンだああ!」

「こいつ!火を操るだけじゃなく、バケモンまで操ってやがる!」


ラジコンにもスプレー缶とライターが取り付けられており、火を噴く仕組みになっている。

ラジコンは山賊達目掛けて走り回る


「あちいい!」


「あち!あち!なんなんだコイツ!?」


「ひぎゃああ!」


山賊達はラジコンに夢中になり、シンに隙を与える。その隙にシンもスプレーから火炎を出し、

山賊達を襲う


「燃えろォ!」


シンの火炎とラジコンの火炎で逃げ回ることしか出来ない山賊達。

山賊達は既に戦意喪失している。


「助けてええええ!」


ボッゴ以外の山賊達は武器を捨て、その場から逃げ去る。

村人達はその光景に呆気に取られている。


「てめえら!待ちやがれえ!逃げたら死刑だぞ!」


ボッゴが必死に逃げる山賊達を引きとめようとするが山賊達は聞く耳を持たない


「うるせえ!てめえがそいつと戦ってみろ!指示ばかりしやがって!」


「なっ!てめぇ誰に向かって口聞いて…」


「黙れ!俺らは逃げる!リゲロ(死神)相手に敵うわけなかったんだ!」


山賊達はボッゴにそう吐き捨てるとボッゴを置いて村から逃げていった。

ボッゴは一人、取り残され、焦る表情をしながら後ずさりをする。


「く、くそ!てめえ!近づいたらこの村人どもを!」


ボッゴは咄嗟に村人を人質に取ろうと、後ろを振り向くが村人達の縄は解けていた。

子供達が裏から回り、こっそりと村人達の縄を解いていたのだ。

その光景に唖然とするボッゴ。村人達は怒りを露にしながらボッゴを睨んでいる。


「なっ!」

「もう終わりだ、糞野郎が」


作戦は大成功だ。上手くいったぜ。一部の村の人達も俺のこと気づいてないかもしれないから

仮面を脱ぐか。


「おお!」


俺が仮面を脱ぐと村人は驚きと歓声を上げる。まるで英雄になった気分だ。


「て、てめえ…!やっぱりただの人間だったじゃねえか!騙しやがったな!」

「俺はなんにもいってないぞ。ただただ変装してただけだしな」

「なっ!ならあの光りは!?炎は!?あの変な声はどうやって!?」

「花火と、スプレーと炎、声はスマホでボイスチェンジャーをだな…ってそんな事言っても分かんないか」

「こ、こいつ…!コケにしやがって!」

「もうお前はおしまいだよ。諦めろ」


本当に成功した。俺はやったんだ。子供達と共に村を救ったぞ!

俺だってやれば…!


「シンさん!」


向こうにいるタナレンが俺を呼ぶ、ああタナレン。無事だったんだね。本当によかった。

やってやったぜ俺は。君のおかげだ。


「タナレン!」


俺も返事をする。タナレンは目から涙を浮かべる


「シンさん、本当に、本当にありがとうございます!」


ノタロンと目が合うと、ノタロンは静かに俺の顔を見て頷く。嫁にやって良いってことかな?


「うがああ!!」


俺が村の人たちの安心した様子を見ているとボッゴは突然雄叫びをあげ、

村人がいる方向に戦斧を振り回しながら突進する


「なっ!こいつまだ!」


村人の一人が鍬で応戦しようとするが簡単に吹き飛ばされてしまう

俺は咄嗟に逃げた山賊が置いていった棍棒を手に取り、ボッゴを追おうとするが、間に合わない。


「きゃあ!」


ボッゴは逃げ遅れた少女を人質に取ろうと手を伸ばすが、

それに気づいたタナレンが少女を庇い、自身が人質になってしまう。


「くそ!」

「そんな!」


ボッゴはタナレンを人質に取りながら、村人達から離れ、

民家の玄関前にあるウッドデッキの近くまで下がる

俺もその場に近寄ろうとするが、ボッゴは興奮状態で。近づいたら殺すと脅してくる。

俺と奴との距離は約6mほどであり、俺たちのすぐ隣には民家がある。この民家の中に俺の銃があるはずだ。

しかし今動いたらダメだ。どうすれば…!


俺が考えていると、痺れを切らしたボッゴがデッキの柱を思い切り蹴り、怒号を上げる


「下がれ!こいつを殺すぞ!」


ボッゴは叫びながら柱をまた蹴る。蹴られた柱の家はグラグラと揺れる


くそ、ここに来てこんなことになるなんて…!詰めが甘かった…!

何か打つ手は…、ばれない様に子供達に合図して家の中にある銃を取りに行かせれば!

よし、それで行こう。子供達に合図を…気づいてくれよ


「てめえ!なにしてやがんだ!!」


「な、なにもしてない!お、落ち着いてくれ!」


ダメだ、早速バレた、この棍棒で一気に攻めるか…?でもあいつは戦斧だ、

それに戦いは奴の方が得意分野だろう。俺の唯一の得意分野は…野球だ…。それはどうでもいい

今はタナレンを…。


「その武器を置きやがれぇ!」


ボッゴは柱を蹴りながら俺に持ってる棍棒を置けと命令してくる。

蹴りの勢いはすさまじく、蹴られた柱の家はさっきよりもグラグラと揺れている。

俺は揺れている家の屋根を見た。そして思わず二度見してしまった。

屋根にある物が目に入ってしまったからだ。

俺はすごい大チャンスを見つけてしまったかも知れない。運命などなく、あるのは必然なのだろうか。

そう信じてしまいたくなるような大チャンスだ。しかし失敗する可能性もある。

一か八かだ。やるしかない。

俺は奴を睨む


「てめぇ!何睨んでやがる!マジでこの女を殺すぞ!」


そう言いながらボッゴは柱を勢い良く蹴る。当然さっきのように家は揺れる。

それでいい、家を揺らすんだ。そしてタナレンは絶対に殺すなよ…。

俺は手に持っている棍棒をゆっくりと両手で持ち、バッターの構えをする。

ボッゴの気を逆撫でしないようにゆっくりとゆっくりと。


「おい、おい!なにしようってんだてめぇ!」


「シンさん…!?」


「シン…!お前何を…?」


俺の行動にボッゴはもちろん、タナレンやノタロン達も驚いた表情をする

ボッゴはまた柱を蹴り、家を揺らつかせる。


グラッ


これを待っていた。

俺は持っている棍棒と、目の前に落ちてくるであろう物にだけ集中する。


「てめぇ!なにしようと…」


ボッゴがそう言いかける前に、ボッゴが蹴っていた柱の家の屋根から野球ボールが

俺の目の前に落ちてくる。タナレン達に持ち物を見せるときに最初に投げ捨てた

野球ボールが、棍棒を構えている俺の目の前に落ちてくる。

これが棍棒じゃなかったら、俺に野球の経験がなかったら、あの時、野球ボールを投げ捨てていなかったら…

全ては成り立たなかっただろう。全てが繋がるこの瞬間、俺は、全身全霊でこのボールを…奴に…


「うおらあ!」


ブン!


落ちてきたボール目掛けて思い切り棍棒をスイングする。


ゴン!


棍棒の芯がボールを捕らえる。そのまま俺はボールを強く押し出し、奴の顔目掛けて振り切る。



「いけええ!」


シュン!


「なっ!」


ボールは直線を描きながら、ボッゴの顔面目掛けて飛んでいく。

あまりのスピードの速さにボッゴはなにも出来ない。


ドガッ!


「がっ…はっ…!」


ボールは勢い良くボッゴの顔面に直撃する。

ボッゴはそのままタナレンから手を離し、地面に倒れ、意識を失う。


やってやった。本当にやっってやんたんだ俺は。


俺はその光景をボーっと眺めていることしか出来ない、放心状態ってヤツだ。


「シンさん!」


ボッゴの拘束から解けたタナレンは俺に駆け寄り、抱きついてくる。

俺はその感触にホっとする。


「シンさん!」


タナレンが俺の名前を呼ぶ、顔を見ると涙を流している。

それもそうだ。あんな目にあったんだもんな。俺も泣いちゃいそうだ。


「ありがとう…!」


タナレンの言葉が胸にジーンと来る。

とりあえず。頭を撫でておこう。よしよし…。

タナレンの頭を撫でながら、ふと周りを見ると、村人達が俺たちの周りに集まり、ニコニコしている。

俺に協力してくれた子供達もおり、俺がガッツポーズをすると、子供達も素敵な笑顔で飛び跳ねる。

この村を助けて良かった。逃げなくて良かった、と、俺は心底感じた。



村を救ってから2日ほど経ち、子供達と遊んだり、村の手伝いをしたりと、

村でまったりライフを過ごしていた。

夜になり、ノタロンから借りた部屋のベッドに横たわり、天井を眺めていると、

このままのんびり暮らしていると元の世界に帰れないじゃないか

とふと考えてしまった。そう考えれば考えるほど不安はすぐに膨らんでいった。

よく、寝る前に死後の世界を考えると眠れなくなる。という話があるが、俺も元の世界に帰れないかも

という事を考えるとどんどん眠気が覚めていった。このまま俺はどうなるのか、この世界で死ぬのか

それとも時間が経てば勝手に元の世界に戻るのか。知らない世界で起きているこの現状に俺の脳は

フル稼働していた。結論を出さなければ、今日はもう眠れない。と言うほど、俺は不安に刈られた。

明日の朝、この村を出て行こう。元の世界に戻る方法を探さなくては。そう結論付けると、

幾分かの不安は消えたように感じた。





「本当に行ってしまわれるんですか…?」


タナレンは悲しそうな顔で俺に言う。その言葉だけでもう行きたくなくなってしまう。

でも元の世界に戻るためにはのんびりしてられない。俺も苦い表情をしながらタナレンを見つめる。


「ごめん…。この村のことは大好きだけど、迷惑を掛けるわけにもいかないしさ…」


早朝、村の出口の前でタナレンにお別れを言う。

村の人たちも集まってくれている。


「そんな、もう少しゆっくりしていってくれてもいいんだぞ?」


「あなたは村の恩人だから私たちは大歓迎よ」


村の人たちは俺を引き止めてくれるのが嬉しいが、そうも言ってられない。

このままこの村で暮らしていると本当に元の世界に戻れない。という不安が襲ってくるのだ。


「すいません。この村のことは大好きです。もちろんあなた達も…でも…」


「元の世界も大事じゃろう。気をつけて行くんじゃぞ。」


俺が口ごもっていると、ノタロンが察してくれたようにそう言ってくれた。

その言葉に俺は深く頷く。


「この村が嫌で行くわけではありません。むしろこの村でずっと暮らして生きたいです。

 けど、それ以上に自分の居た世界も大事なんです。村の人たちのことは決して忘れません」


「俺らも忘れることなんて出来ねえさ」


「そうね」


村人達は笑みを浮かべながら頷いてくれる。

俺と一緒に村を救ってくれた子供達が俺の元に駆け寄ってくる


「兄ちゃん!これ、俺たちからの選別!」


「お?ありがとな!」


手渡されたものを見てみるとドングリのような木の実で出来た首飾りだった。


「村の子供達全員で作ったんです!まさか今日帰ると思わなかったのですが、間に合いました!」


タナレンが子供達の肩に手を合わせて笑う。

俺はその首飾りを首に掛ける。首飾りを着けるなんて人生で初めてかも。


「ありがとう、最高に嬉しいよ!」


俺は村の人たちの顔を見ながら、大きな荷物を抱え、行く準備をする。


「それじゃあ、みんな、本当にありがとう」


村の人たちに別れを告げる


「もし、元の世界に帰れなくても、私はシンさんのそばにずっと居ますから安心してください」


タナレンが俺に言う。

ええと、これはもしかしてプロポーズかな…?いかん。帰りたくなくなってきた。

この子と一生を添い遂げたくなってきた。駄目だ駄目だ。俺には使命が…


「ありがとう。君の事は一生忘れないよ。それじゃあ、皆も、さようなら!」


俺は手を振りながら村を後にする。村の人たちは俺が見えなくなるまで手を振ってくれた。

そして俺は知らない世界を歩いた。今度は一人だ。手にはスティングライフルを持って、

大きなリュックを担ぎ、この世界を旅する。

気分はまさに初めてのRPGで初めてフィールドに出た感じと似ている。

さあ、どんな冒険が俺を待っているのか。俺は不安も入り混じりながらも、冒険心に満ちていた。


1時間ほど森を歩いていると、ふと、ある考えが脳裏を過ぎった。




これから俺はどうすりゃいいんだ?










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