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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第4部

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第一章 少女達の日々③

『の、のおおおおお……』



 フドウは愕然としていた。

 あの剛令嬢の愛機。真っ当な代物であるとは最初から考えてはいなかったが、まさかここまで異様なモノだとは思いもしなかった。

 とにかくデカイ。とんでもない威圧感だ。見上げなければ、相手の頭部が見えない機体など流石に想定の範疇外である。



『のぉ、のおおおおおお……』



 口から出るのは意味不明な呟きだけだ。

 主人の驚愕を感じ取り、《明王》が持つ双剣の切っ先が盛んに震えていた。



(さて、と)



 一方、メルティアは《フォレス》の操縦席で対戦相手の様子を窺っていた。

 彼女の周囲を覆う胸部装甲の裏側には、外の景色が映し出されている。

 外部映像にブレもない。どうやら良好のようだ。

 それを確認してからメルティアは右手を動かして玉座の手すりに設置された半円状の操縦球に触れる。すると画面の左右に、敵機の恒力値と位置を記す円形図――《万天図》と、自機の恒力値と状態を記す人型図――《星系脈》が表示された。

 目をやると《万天図》にも《星系脈》にも異常はなかった。

 機体は正常(オールグリーン)。後は最終確認だけだ。



『《右腕(ライト)》・《左腕(レフト)》・《脚部(レッグ)》。私の声が聞こえますか?』



 と、メルティアが呟く。

 すると、今度は外部映像の一角に、三つの枠が開いた。

 目をやると、そこにはメルティアのよく知る者達の姿があった。



『……《ライト》。三十六ゴウ、キコエル』


『……《レフト》。七十八ゴウ、テンソウカンリョウ』


『……《レッグ》。十八ゴウ、トウジョウシタ』



 と、次々と返答してくる。彼らは魔窟館のゴーレム達だった。

 彼女の愛機・《フォレス》は、実は一人乗り用ではない。両肩と腰の部位に小さな操縦席があり、各部位に一機ずつゴーレムが搭乗し、複数のコードで接続されているのだ。三機のゴーレム搭乗は《フォレス》を召喚すると同時に起動するシステムだった。


 メルティアを頭脳とし、三機のゴーレムが各部位、各兵装を操縦する特殊な機体。

 それこそが作品ナンバー468。機動城砦型(・・・・・)鎧機兵・《フォレス》なのである。



『転送システムも正常に起動したようですね』



 メルティアはホッとして胸を撫で下ろした。何度も試行をしてきたシステムだ。ここに至って失敗すると思っていないが、それでもやはり成功を見届けると安心する。

 ともあれ、これで戦闘準備は完了だ。



『では、三十六号。七十八号。十八号』



 メルティアは宣言する。



『私達の初陣と行きますか』


 

       ◆



(お、落ち着くでござる!)



 フドウは愛機の中で息を整えた。

 そして手汗まみれの両手でグッと操縦棍を握りしめ直す。



(確かに想像以上の機体でござるが……)



 ちらりと起動させておいた《万天図》に目をやる。

 そこには眼前の鎧機兵の恒力値が記されてあるが、その値は六千ジン程。フドウの愛機である《明王》の恒力値は五千八百ジンなので、さほど大きな差はない。



(あの巨体でも出力に大差はない。ならば勝機はある!)



 フドウも騎士学校の生徒。

 萎縮する心を立て直し、敵機を見据えた。

 見るからに重武装。防御の高さは相応なモノだろう。しかし、その分、機動力は低いと考えられる。恒力値が何万ジンもあるのならばともかく、《明王》と同程度では、あの巨体を持てあます可能性が高い。そこにこそ勝機があるはず――。



「双方、準備は出来たようだな」



 そして生徒達同様、メルティアの機体を前にして流石に引き気味だったアイザック教師が片手を上げた。



「では、模擬戦を始め!」



 と、開戦を宣言し、自分自身は邪魔にならないようにグラウンドの隅に移動した。

 残された二機の鎧機兵は静かに対峙した。

 観戦する生徒達もコウタやジェイク、リーゼも含めて沈黙する。

 そして数瞬の静寂の後、動いたのは《明王》だった。



(先手必勝でござる!)



 炎の装飾を纏った鎧機兵が後方に跳ぶ。

 まずは間合いの外からの牽制だ。《明王》は双剣を十字に振るった。

 十字に交差する不可視の刃が、音もなく大気を切り裂く。

 ――《黄道法》の放出系闘技・《飛刃》だ。

 十年に一度の『天才』と称されるリーゼや、騎士学校始まって以来の『怪物』とまで謳われるコウタには遠く及ばないが、フドウの得意技の一つである。

 速度、間合い、威力。牽制には持って来いの闘技だ。



(さあ、どう出る剛令嬢!)



 フドウはメルティアの動きを見極めようとしていた。

 ――が、



『な、なんと!?』



 大きく目を瞠り息を呑む。

 何故なら、眼前の巨大な鎧機兵は一歩も動かなかったからだ。わずかな身じろぎすることもなく《飛刃》の直撃を正面から受けたのである。

 もしや、あの程度の攻撃さえもかわせないぐらい鈍重なのか……。

 フドウは一瞬そんな期待をしたが、すぐに表情を青ざめさせた。



『お、お主……拙者の《飛刃》が全く効いておらんのか!』



 十字の斬撃を受けたはずの機体。

 直撃を受けたその胸部装甲には傷跡一つなかったのだ。



『私の愛機・《フォレス》の全装甲は、ダイグラシム鋼で造られています。その程度の闘技ではわずかな損傷さえも与えることは不可能です』



 と、メルティアが言う。

 ダイグラシム鋼。鎧機兵が使用する盾や大剣に、ごく稀に使用させる金属だ。

 ひたすら頑強かつ安価で知られる金属なのだが、凄まじく比重が重く、武具に加工しても相当な恒力値がなければ扱うことも出来ない金属でもあった。



『い、いや、アシュレイ嬢……』フドウは困惑した。『その、全身をダイグラシム鋼なんぞで固めては動けんでござろう?』



 少なくとも六千ジン程度の機体が扱える重量ではない。そんな金属を全装甲に用いるとしたら、もはや歩くことさえも難しいのではないのだろうか……。



『ム、動けないとは失礼です。ちゃんと《フォレス》は歩くことだってできますよ』



 結構真っ当なフドウの指摘だったが、メルティアはムッとした様子を見せた。

 それから『《脚部(レッグ)》。歩行モードで進んで下さい』と十八号に指示する。

 十八号は親指を立て『……ラジャー!』と答えた。

 そして《フォレス》が初めて動き出す。


 ズズゥン……ズズゥン、と。


 従来の鎧機兵に比べようもないゆっくりとした動きで一歩ずつ、大きな足跡をグラウンドに刻みつけながら前に進んでいく。

 フドウも観戦している生徒達も言葉を失った。

 何と言うか、成長しすぎたゾウガメを彷彿させるような動きだったからだ。



『い、いや、その、アシュレイ嬢よ?』



 流石に憐れむような口調でフドウが言う。



『鎧機兵というのは、ただ歩ければいいというものではござらんよ? その速度で一体どうやって戦うつもりでござるか?』



 再び真っ当な意見を告げると、



『ムム。失礼な。私が戦闘目的で設計した鎧機兵が戦えないとも?』



 そんな言葉を返す。

 次いでメルティアは『では、本気モードです』と宣言する。

 主君の言葉に三機のゴーレムと《フォレス》の眼光がギンと光った。



『各機。無限軌道モード。高速戦闘に移行します』



 と、厳かな声で命じる主君に『……《ライト》。リョウカイ!』『……《レフト》。ショウダクシタ!』『……《レッグ》。ラジャー!』と各部位を操縦するゴーレム達が答える。

 そして、《フォレス》はわずかに重心を沈めた――その瞬間だった。



「「「『…………えっ』」」」



 フドウも含めてその場にいる全員が唖然とした声を上げた。

 鈍重だったはずの《フォレス》が、いきなり凄い勢いで《明王》へと突進したのだ。



『な、ななッ!?』



 ギョッとして目を剥くフドウ。

 突然の高速移動。しかし、《フォレス》は脚を動かしていなかった。足元から轟音と土煙を巻き上げ、滑るように移動したのである。

 グラウンドには二本の轍の跡が刻まれていた。

 ――そう。《フォレス》の両足の踵部には『無限軌道』と呼ばれる特殊な車輪が装備されていた。それを稼働させ、この巨体を移動させたのである。

 機体が持つ膂力でも、《黄道法》のような操手の技能でもない。機械的な構造による実にメルティアらしい移動法だった。



『《右腕(ライト)》。チャンスです。パンチを』



 と、メルティアがすかさず指示を出すと、三十六号が『……レッツ、パンチ!』と答える。直後、《フォレス》が右の拳を大きく振り上げた。



『の、のおおおッ!?』



 フドウが目を見開いて愛機を動かした。《明王》が地面を蹴って後方に跳ぶ。

 その一瞬後に、普通の鎧機兵の二倍はありそうな拳が空を切った。

 フドウの顔が青ざめる。



『……ム。外しましたか』



 と、メルティアが不満そうに呟いた。

 フドウとしては本気で絶句するような一撃だった。

 今の一撃はそれほど早くなかったが、なにせ質量が桁違いだ。その上、ダイグラシム鋼製の拳など直撃すれば《明王》の装甲では簡単に粉砕される。



『う、うおおおおッ!』



 こんな凶悪な鈍器で攻撃されては洒落にもならない。危機を感じ取ったフドウは雄たけびを上げて攻勢に出る。《明王》が双剣を縦横無尽に繰り出した――が、



『無駄です』



 冷静な声でメルティアは告げる。



『《フォレス》は深海クラス(・・・・・)の圧力内(・・・・)での戦闘を想定して設計・製造した鎧機兵です。その程度の武器で損傷を与えられるとは思わないでください』


『し、深海とな!?』



 どれだけ斬撃を繰り出しても傷一つ付かない装甲に、フドウの血の気が引いた。



『お主、一体何を想定してそんな機体を!?』



 思わずそう問いかけるが、メルティアはぶすっと半眼になるだけで答えない。

 その代わりとばかりに《フォレス》が左の剛拳を繰り出した。



『ぬ、ぬおッ』

 

 

 しかし、《明王》はさらに後方に跳んで回避する。

 風切り音だけが響き、鉄塊のような巨拳はまたしても空を切った。



(……ムム。これは……)



 メルティアは内心で唸った。

 フドウの《明王》は分類としては速度・機動性を重視する軽装型だ。

いかに無限軌道のおかげで高速移動が可能であっても、大ぶりな攻撃では簡単には当たらず《フォレス》との相性はかなり悪かった。

 それに加え、接近戦は危険だと判断した《明王》は間合いを広く取っていた。恐らく遠距離戦に切り返るつもりだろう。これでは決着がつかない。



(仕方がありませんね)



 メルティアは決断した。

 本来は『あの女』用の兵装の一つだが、この場合では使用もやむを得ない。



『《左腕(レフト)》。アンカーシューターを使用して下さい』



 その指示に『……ウム。リョウカイシタ!』と七十八号が答えた。同時に《フォレス》が左の拳を遠方で身構える《明王》に向けた。



『こ、今度は何をする気でござる……?』



 と、フドウがかなり腰の引けた声で尋ねる。どことなく《明王》も怯えた様子だ。

 すると、メルティアはふっと笑い、



『決着をつけるだけです。では、アンカーシューター発射』



 と、命を下す。七十八号は『……ポチットナ』とボタンもないのに呟いた。すると《フォレス》の手甲の四つの孔から銀色のワイヤーが撃ち出された。



『う、うお!?』



 大きく目を見開き、息を呑むフドウ。

 四本同時に発射された先端が鋭いワイヤーは、回避の間も与えず《明王》の両肩と両足に直撃した。装甲に亀裂を刻み、人工筋肉にまで深々と喰い込んでいく。



『な、なんと!』



 フドウはかなり焦った。重装甲すぎる《フォレス》の姿から力技だけをイメージし、すっかり飛び道具の可能性を失念していたのだ。



『く、くそ!』


 

 《明王》は双剣の一振りを捨てた。そして空いた左手でワイヤーを掴み、引き抜こうとするが、ビクともしない。ならば残した剣で切断しようとするが、このワイヤーもダイグラシム鋼製なのか、刃がまるで通らなかった。



『無駄ですよ』



 メルティアが告げる。



『一度撃ちこまれたアンカーは返しになっていますのでそう簡単には抜けません。これでチェックメイトです』



 言って、手甲の中から機械音が響き、ワイヤーが一気に引き戻される。



『ぐ、ぐうう……』



 フドウは呻いた。どうやらアンカーで捕獲した敵を引きずり寄せるのがこの武器の目的のようだ。今はどうにか踏ん張っているが、引き寄せる力が尋常ではない。このままではいずれ力負けしてしまう。



『こ、ここまでござるか……』



 もはや勝機はない。フドウは敗北を認めた。

 意地を張っても愛機が破壊されるイメージしか想像できない。



『拙者の負けでござる。アシュレイ嬢』


『そうですか。いささかあっさりした決着ですか』



 と、メルティアが答える。

 だが、それでも構わないか。何はともあれ初勝利だ。あまり無茶と言われるようなこともしていない。これならきっとコウタも後で誉めてくれるだろう。 

 メルティアは相好を崩して幼馴染の姿を観戦する生徒達の中から探そうとした。

 一方、フドウも、とりあえず穏便に決着がついたので少し気を抜いた。


 ――と、その瞬間だった。

 フドウにとってもメルティアにとっても想定外のことが起きたのは。



『の、のおおおおおおおお――ッ!?』



 いきなり響き渡るフドウの絶叫。メルティアもギョッとして目を剥いた。

 互いに意識を別の方向に向けた瞬間、わずかに力を抜いた《明王》の両足が宙に浮き、凄まじい勢いで飛翔したのだ。



『え? え?』



 メルティアは困惑の声を上げた。

 そう言えば、ワイヤーは未だ巻きっぱなしだった。

 フドウもそう思い込んでいたが、メルティアの方もアンカーシューターの性能とは捕えた敵をずるずると引きずり寄せるものと考えていた。

 まさか、相手が力を抜くとこんな速度で飛んでくるとは予想していなかったのだ。

 そして想定外の速度で飛翔する《明王》を前にしてメルティアは勿論のこと、機械であるはずの七十八号さえも動揺し、《フォレス》はわずかに左の拳を上げた。

 すると、グンと《明王》の軌道が変わった。

 そして――。


 ――ガゴンッッ!


 勝手に炸裂する《フォレス》の左拳。

 鋼の巨拳にまるで突き刺さるように激突した《明王》の頭部は吹き飛んだ。

 首がもげるレベルではない。木端微塵に粉砕されるレベルで、だ。



『…………え?』



 思わず零れ落ちるメルティアの呟き。

 仰け反りながら、ズズンと地面に落ちる《明王》。

 グラウンドは静寂に包まれた。


 かくして。

 メルティアの愛機・《フォレス》の初陣は、敗北宣言した相手の頭部を木端微塵に粉砕するという何とも気まずい幕引きとなったのであった。

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