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プロローグ

 その男は祈っていた。

 そこは森の中にある寂れた礼拝堂。

 壁には亀裂が走り、五列に並ぶ木製の長椅子も朽ちかけている。壁に置かれた祈りを捧げるべき《夜の女神》の石像も所々にひびが入っていた。


 人の気配も信仰の名残もない。

 しかし、それでも男は片膝をつき、祈りを捧げていた。

 黒い貴族服と青い瞳。獅子のたてがみのような髪と顎鬚が特徴的な五十代の男。大柄で筋肉質な体格も合わさり、どこか戦士を彷彿させる人物。



「……ぬふ」



 男はさらに一分程、祈祷を行ってから立ち上がった。

 手に持つ(スッテキ)で床を突き、優雅な足取りでドアの半分がすでに崩れ落ちた礼拝堂の出口をくぐる。同時に日の光が男の視界を眩く覆った。



「……ぬふふ。よき天気だ。これも女神の加護であるか」



 男は空を見上げて笑う。時刻には昼過ぎ。礼拝堂の周辺の広場を除き、木々に覆われたこの場所は『十の月』の初旬とは思えない陽気に包まれていた。

 彼が信仰する《夜の女神》は星々を統べる神。そしてあの世界を照らす太陽さえも星の一つ。降り注ぐ陽光は、女神の加護そのものと言ってもいい。



「やはり女神は偉大である」



 男は獅子のような風貌に似合わない優しげな眼差しを見せる。が、すぐに不愉快そうに眉をしかめると、木々の奥に目をやった。



「全くもって無粋な」



 男は不機嫌極まる声で呟く。

 女神の祝福である陽光を拒み、暗闇に包まれる森。その奥に潜む者達の存在を男は気付いていた。たまたま通りがかった廃村の近くで見つけたこの穴場のような礼拝堂。存分に祈りを捧げて晴々としていた気分も、信仰心も持たない愚者のおかげで台無しだ。



「しつこい犬どもだ。出てくるがよい」



 男は森の奥に向かって宣告する。

 しかし、森は沈黙を保ったままだ。男は青い双眸を細めた。

 ギシリと(ステッキ)の柄を握る手に力を込める。



「出て来ぬのなら、木々ごと我の『作品』となるか?」



 その台詞は、男にとって宣戦布告そのものだった。

 途端、流石にその殺気を無視は出来なかったか、森の奥が一気にざわめいた。木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び出す。そしてそのタイミングに合わせるように黒い影が十数体、木々の間から跳躍して来る。森から現れ出た黒い影達は音もなく地面に着地し、すぐさま移動すると、男を囲って陣取った。



「……ぬふ。やはり『ハウルの黒犬』どもか」



 男はつまらなさそうに嘆息する。

 彼の周辺を取り囲む黒い影達は鎧機兵だった。全高はおよそ三・三セージルほど。煉獄の鬼のような巨躯と長く太い尾を持つ人が搭乗する《乗り込む鎧》だ。

 しかし、男の目の前にいる十二機の黒い鎧装を纏う機体は、少々変わったデザインをしていた。一般的な機体に比べ、両腕は地面につくほど長く、肘の部位には大きな筒が二つとび出ている。まるで類人猿のような姿だ。



「不細工なデザインだな」



 男は素直な感想を漏らす。そして十二機の中の一機、唯一狼のような頭部を持つ機体に目をやった。恐らくこの機体が隊長機なのだろう。



『……ここまでだ』



 それを示すように狼頭の鎧機兵が告げてくる。



『大人しく投降しろ。もう逃げられんぞ』


「ぬふ。何を言い出すかと思えば」



 一方、男はくつくつと笑う。



「そのような指示に、(ワレ)が従うとも?」


『…………』



 男の返答に、隊長機を操る者は何も答えない。

 もはや交渉に意味はない。それを察し、無言で間合いを詰める鎧機兵達。ギシリと爪を鳴らす音が聞こえる。異形の機体達は人間相手に過剰なまでの戦力を見せつけていた。

 が、そんな危地など歯牙にもかけず、大仰に両手を広げて男は言う。



「さあ、少しばかり遊んでやるぞ。犬ども」



 そして――……。

 



 一時間後。

 寂れた礼拝堂の前に一人の少年が立っていた。

 年齢は十五歳ほど。黒を基調にした騎士服と白いサーコートを身に纏った少年だ。その顔立ちは気品を漂わせるほど整っており、真紅の髪と瞳が印象的な少年であった。



「……これは」



 少年は眉をしかめた。

 彼の視線の先にあるのは礼拝堂の前に散らばる鎧機兵の残骸だ。礼拝堂を中心に数機の黒い鎧機兵が大破している。現存する機体もあるが、中破に近い損傷を受けていた。

 この損害では恐らく死者も……。

 と、考えた時、



「……アルフレッドさま」



 一人の男が少年に話しかける。

 年の頃は二十代半ばの黒い執事服を纏った青年だ。くすんだグレイの髪を持ち、鋭い顔つきが印象的な人物である。

 彼の名前はイアン=ディーン。少年――アルフレッド=ハウルの家に仕える執事の一人であり、私設兵団『黒犬兵団』の一部隊の隊長だ。



「申し訳ありません。ここまで追い詰めておきながら、あの男を捕縛することは叶いませんでした」



 と、イアンは部隊長として主人に深々と頭を下げる。

 そんな従者に、アルフレッドはかぶりを振った。



「いや、やすやすと捕縛させてくれるような相手じゃないだろう。それよりも……」



 そこで一拍置いて、イアンに尋ねる。



「損害はどれくらいだい? 負傷者はいるのか?」


「……はい。損害は大破が七機。中破・小破が三機です。負傷者は軽傷者が四名。重傷者が三名。そして死亡者が三名です」 


「……そうか」



 アルフレッドは沈痛な面持ちを浮かべた。同時に静かに拳を固める。



「やってくれたな。あの男は……」



 苛立ちを込めて吐き出したその台詞に、イアンは再び頭を下げた。



「申し訳ありません。アルフレッドさま。我らが不甲斐ないばかりに……」


「あの男が相手だ。君達はよくやってくれたよ。むしろ広域探査を重視したばかりに戦力を充分に割けなかった僕の采配ミスだよ。イアン。死者は丁重に弔ってやってくれ。それとあの男の動向は予測できるか?」


「あの男――《死面卿》は、すでに皇国から撤退している可能性が高いと思われます。この位置からすると恐らくは隣国に向かっているかと」



 と告げるイアンに、



「やはり皇国から逃げ出す気か」



 アルフレッドは森の奥を――その先の国境を見据えて呟く。

 彼の故郷・グレイシア皇国の周辺にはいくつかの国が存在する。しかし、ここから一番近い国と言えば『森の国』エリーズ国しかない。

 しばらくは、かの国で身を潜めるつもりか。

 アルフレッドは小さく舌打ちした。



「エリーズ国か。面倒なことになりそうだね。だけどさ……」



 この程度の困難で任務を放棄する気はない。

 何よりも、あの男は自分の逆鱗に触れたのだ。未遂にこそ終わったが、あの男が『彼女』にしようとしたことは絶対に許せることではない。



「絶対に逃がしたりはしない」



 森の奥を炎のような眼差しで見据えて呟く。

 そして、アルフレッドは拳を強く固めて宣言した。



「あれだけ好き勝手にやってくれたんだ。その報いは受けてもらうよ」

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