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第七章 救出作戦④

 パキパキ、と。

 小石を踏み潰して黒い鎧機兵は進んでいた。


 その機体に乗る操手は、真剣な面持ちで周囲を警戒している。

 左右を岩の絶壁に囲まれた渓谷。そこそこの広さこそあるが、もし襲撃を受ければどうしても後手に回ってしまう不利な地形だ

 だからこそ、彼も含め、護衛を担う鎧機兵達は警戒を怠っていなかった。


 しかし、それでも――。


 ――ズドンッ!


 突如、僚機の一機が右腕と右足を両断された。

 不可視の刃――《飛刃》によって不意打ちされたのだ。



『……ッ! やはり来たぞ!』



 護衛の一人が鋭い声を張り上げた。

 同時に他の護衛機も、それぞれ武器を身構える。

 視線を周囲に向けると、数機の鎧機兵が襲撃して来る。中には明らかに特別な機体もあった。まるで《悪竜》を彷彿させるような鎧機兵だ。

 処刑刀を構えたその機体は鋭く刀身を横に薙いだ。

 すると直後に、僚機の一機が両足を切断されて倒れ込んだ。凄まじい切断力だ。黒服達は息を呑む。初手の不意打ちはあの機体が放ったものか。



『――あの機体はマズイ! 明らかにエースクラスだ!』



 そう叫んで黒い鎧機兵の一機が走り出した。



『俺に続け! まずはあの機体を潰すぞ!』



 護衛が任務とはいえ、あのクラスの強敵を放置すれば被害を出し続ける。

 ここは早めに潰すのに越したことはない。

 その判断に同意し、四機の黒い鎧機兵が後に続いた。


 が、それは襲撃者――コウタの思惑通りだった。



『ラックスさん! みんな!』



 コウタはラックスの《疾風》と、九機の僚機に向かって叫ぶ。



『敵は出来るだけボクが引きつけます! その間にみんなは馬車の奪取を! 奪取後は即座に撤退します!』



 そして《ディノス》の五機の敵機に向けて加速させる。

 ラックス達は、それぞれ『……御意!』『了解!』『坊ちゃん! お気をつけて!』と返答して後方の馬車へと向かった。

 当然そこにも敵機はいるが、一機はすでに大破。さらにコウタが五機を抑えるため、その数は互角。突破できない状況ではない。

 それよりも今は五機も受け持った自分の心配をすべきだろう。



『うおおおおおおお――ッ!』



 雄たけびを上げて黒い敵機が迫ってくる。

 その手に持つのは、当たれば威力が大きい斧槍だ。

 しかし、逆に言えば当たらなければ隙も大きい武器でもあった。コウタの操る《ディノス》は、まるで流れるような足さばきで斧槍の一撃をかわした。


 ――ズドンッ!


 斧槍の刃が空を切り、地面を打ちつける。

 そして前述した通り生まれた大きな隙。《ディノス》は処刑刀を勢いよく薙ぎ、斧槍の柄ごと敵機の膝を両断した。



『う、うおッ!?』



 驚愕の声を上げて倒れ込む敵機。まずはこれで一機戦闘不能だ。

 コウタは続けて二機目に視線を向けた。

 今度は剣を持った機体だ。だが、まだ接近している途中であるのと、間合いが少し遠いため、身構えていない。


 その油断をコウタは見逃さなかった。

 地面を力強く蹴りつけ、一気に《ディノス》を跳躍させる。

 そしてすれ違うように、剣を持つ敵機の頭部に処刑刀の刺突を喰らわせた。


 先端が丸いと言っても強靭な剣だ。

 頭部はメキメキと悲鳴を上げ、首ごと吹き飛ぶ。

 機体の頭部は外部情報を入手するためのモニターでもある。その重要な頭部を破壊され、剣を持つ敵機はいきなり暗闇の中に放り込まれた。



『う、うわあああ――ッ!?』



 剣を片手に怯える敵機の操手。

 コウタはすかさず《ディノス》を動かし、両膝を薙いだ。ズズンと音と立てて地面に倒れ伏せる黒い鎧機兵。これで二機目だ。



『つ、強い……』『ぐ、う……』



 瞬く間に僚機を二機も戦闘不能にされ、接近していた残る三機はその場で一旦たたらを踏んで《ディノス》を警戒した――と、その時だった。



『コ、コウタ坊ちゃん!』



 仲間の一人が絶叫じみた声を上げた。

 苦戦しているのか、とコウタが鋭い眼光で声した方向を見た。

 しかし、そこに見た光景は苦戦している状況ではなかった。むしろ敵の護衛を退け、味方の一機が馬車の鉄扉を開放している姿がそこにあったのだ。

 周囲にはラックスの《疾風》を筆頭に、味方の兵も全機健在であり、動揺するような要素はない。だが、扉を開けた僚機は明らかに困惑している。


 只事ではない様子に、コウタは面持ちを鋭くして《ディノス》を向かわせた。

 その間も身構える敵に隙は見せない。

 そうして迅速に移動した《ディノス》は場所の前に辿り着いた。


 僚機達は《ディノス》を守るため、周囲を警戒する。そしてコウタは《ディノス》の双眸を通じて開かれた鋼鉄製の馬車の内部を覗き込み――。



『…………え?』



 その光景を前にして唖然とした声を上げた。



       ◆



「う、うわあああ――ッ!」


「な、何だこりゃあ!」



 部屋の中は軽いパニック状態だった。

 なにせ、いきなり強い振動が起きたのだ。

 さらに窓が無いため確認できないが、外からは鎧機兵の剣戟音らしき重い音が聞こえてくる。明らかに戦闘を行っている気配だ。



「い、一体何が……」



 まだ比較的に若い女性騎士が怯えた声で呟く。

 すると、その時――パンという音が鳴った。騎士達は何事かと音源に視線を向ける。と、そこには柏手を打った状態のイザベラがいた。

 彼女は部下達の注目が集まったことを確認してから、おもむろに口を開いた。



「少しは落ち着きましたか?」



 凛とした隊長の姿に、部下達はコクコクと頷く。

 それからイザベラは壁を――正確にはその外を思い描いて一瞥する。



「どうやら襲撃を受けたようですね。山賊や盗賊の類の可能性もありますが、戦闘の激しさからして、恐らくは救援部隊でしょう」


「おお……」「ほ、本当に来てくれたのか!」「よ、良かったァ……」



 と、ざわめく部下達。

 しかし、イザベラは無言だった。

 正直、不安が胸の中で渦巻く。救援自体はとてもありがたいのだが、果たして奴らに――特にあの化け物に救援部隊は勝てるのだろうか。



(……アベルさま)



 イザベラは静かに拳を固めて、愛しい人の名を胸中で呟く。

 将軍自らが救援部隊を率いることなど、普通はあり得ないことだ。

 だが、彼女には、この鋼鉄の壁の向こうでは彼が戦っているのではないか、そんな気がしてならないのだ。


 と、まさにその時だった。

 ガキンッと鈍い音がする。イザベラを含め、虜囚の騎士達は緊張した。

 いつしか戦闘音は消えている。決着が着いたのだろう。

 果たして救援部隊は勝利したのだろうか。それとも――。


 全員が息を呑み、馬車の鉄扉に注目した。

 彼らの前でゆっくりと重い扉が開かれていく。

 同時に薄暗い部屋に、明るい月明かりが差し込んできた。

 騎士達は手で光を遮りつつ、開かれた門を見据える。


 そして――。



「…………え?」



 と、呟いたのはイザベラだった。

 彼女にしては非常に珍しく唖然とした表情を浮かべている。

 扉の先。外にいた鎧機兵の姿に驚きを隠せなかったのだ。

 それは紫がかった白銀色の機体。赤い外套を纏った美しい鎧機兵だった。

 大剣を装備する騎士型のその機体の名は――《シュアール》。

 恒力値・二万二千ジンを誇るこのエリーズ国における最高位の機体だった。

 それはすなわち、この鎧機兵は将軍機(・・・)ということでもあった。


 そしてその機体に搭乗するのは、当然……。



(う、うそ……)



 イザベラは片手で胸を押さえいた。

 鼓動が激しく高まり、興奮が抑えきれない。

 すると、その時、プシュウと音を立て、《シュアール》の胸部装甲が開いた。

 イザベラ、そして虜囚の騎士達は大きく目を見開いた。


 そこにいたのは、やはり四将軍の一人。

 年の頃は四十代前半。白銀に近い総髪が特徴的な人物。

 アシュレイ公爵家の当主である、アベル=アシュレイだった。



「…………」



 アベルは無言のまま、部屋の中を見渡した。

 囚われた騎士達、そのひとり一人の顔をしっかりと確認し、彼らの中にイザベラの顔も見つけ、わずかに笑みをこぼす。

 続けて、アベルは肩の力を抜くように小さく息を吐いた。


 ――良かった。どうやら当たり(・・・)を引いたのは自分の方だったようだ。

 二つの逃走ルート。二分の一の賭けに自分はどうにか勝ったのだ。

 まあ、こちらの方が当たりだと考えたからこそ、より危険であると思い、自分が受け持ったのだが。


 何にせよ、こうして部下達は救出でき、なおかつ大切な義息子も無用な危機に晒さずにすんでアベルは内心で安堵していた。



「お前達……全員無事で本当によかった」



 そう言って、アベルは笑みを見せた。

 一方、助けられた騎士達は全員言葉もなかった。まさか、将軍自らが自分達のような下っ端騎士を助けに来てくれるとは思いもしなかったのだ。

 感謝の言葉なのか、それとも謝罪すべきなのか。あまりにも恩人との地位が違い過ぎてどんな対応が一番適切なのか分からない。思わず全員が硬直していた。


 が、そんな中、最も早く行動したのはイザベラだった。

 それも周囲の騎士達が、ギョッとするような行動であった。



「~~~~~ッ!」



 彼女は無言のままいきなりアベルの機体に駆け寄ると、胸部装甲の縁に足をかけ、操縦席にいるアベルに飛び付くように抱きついたのだ。アベルの背中に両手を回し、力いっぱい彼の胸に顔を埋める。言葉こそ発さなかったが、それは『氷結の騎士』の異名を持つ騎士とは思えないほどの熱い抱擁だった。



「お、おいおい。スナイプス君……」



 突然抱きついてきた部下にアベルは困惑する。が、すぐに苦笑を浮かべた。

 イザベラはいくら優秀でも、まだまだうら若き乙女だ。きっと人身売買の危機を前にして強い恐怖感を抱いていたのだろう。だが、同時に責任感の強い彼女のことだ。傷ついた部下達の前では気丈に振舞っていたに違いない。

 それが上司の登場により、緊張の糸が切れてしまったというところか。



(……ふふ、しかし思い出すな)



 メルティアも昔はお化けが怖いとか言って、こんな風に抱きついて来たものだ。

 腕の中のイザベラを見つめて、そんな懐かしい事を思い出す。

 いずれにせよ、『娘』の扱いならば、それなりに経験と自信がある。

 アベルは(なだ)めるように、ポンポンとイザベラの頭を叩いた。



「大丈夫だ。もう心配しなくていい」



 と声をかける。イザベラの肩が少し震えた。

 が、すぐに震えは収まると、彼女は少しだけ力を抜いた。

 まだ離れてはくれないが、緊迫した雰囲気から穏やかな様子に変わった気配を、イザベラの背中から感じた。



(ふむ。少しは落ち着いてくれたか)



 そう思い、アベルはふっと笑う。実のところ、彼の胸に顔を埋めるイザベラが今、途轍もない幸福感に包まれているなど露も知らずに。

 ともあれ、アベルは呆然としている部下達にも目をやり、



「さあ、お前達ももう大丈夫だ」



 と、優しい眼差しで告げる。

 続けて、力強く首肯して彼らに指示を出した。



「皆で王都に帰ろう。スナイプス君も」


 

 こうして、とある密林(・・)にて。

 スナイプス隊十五名は無事、救出されたのだった――。



       ◆



『カ、カラッポ?』



 コウタは呆然とした声を上げた。

 解放された鋼鉄の馬車。その内部は人が一人もいない状態だったのだ。

 要は空車の馬車だったのだ。



『コ、コウタ坊ちゃん……こいつは……』



 緊張した声で仲間の一人が呟く。

 他の仲間達も敵機に囲まれた周辺を警戒しつつ、危機感を抱いていた。

 仮にもアシュレイ家の私設兵団のメンバーだ。全員が状況を察していた。


 恐らくこれは――。



『……囮、ですな』



 そう呟いたの《疾風》に乗るラックスだった。



『こちらのルートはただの囮。恐らくアベルさまが向かった――』



 と、言葉を続けた時だった。

 コウタも含め、全員が息を呑んだのは。



『な、何よ、あれ……』



 普段はメイドをしている女性戦士が唖然として呟く。

 彼女の視線――コウタ達全員の視線は上空に向いていた。

 その光景はあまりにも異様だった。

 そこには大きな月を背に、宙に浮かぶ(・・・・・)一機の鎧機兵がいたのである。


 全長はおよそ三・三セージルほど。装甲の色は水色であり、頭部には無貌の仮面。額には金色の(ティアラ)。白銀色の鋼髪を持つため、女性寄りの外形でもあった。

 が、一番の特徴は鎧機兵の下半身だ。

 大きな尾びれを持つその形状は、完全に魚類に該当するものだった。


 ――そう。この機体は、本来陸上では動くこともままならない形状でありながら、まるで宙を泳ぐように空に君臨していたのだ。


 コウタ達が唖然とするのも当然のことだった。

 しかし、彼ら――特にコウタがさらに愕然としたのはその直後であった。



『……囮などではないぞ』



 不意に異形の機体が語り始める。

 途端、コウタの鼓動が跳ね上がった。その声に聞き覚えがあったからだ。



(………え?)



 愛機、《ディノス》の中で愕然として目を見開くコウタ。

 が、それには構わず――否、気付くこともなく異形の機体を操る少女、リノ=エヴァンシードは語り続ける。しかもコウタの《ディノス》を見つめながら。



『その檻はお主らを捕えるためのものじゃ。十五名ほどでは今回の損失はいささか補えんのでのう。もう少し追加が欲しかったのじゃ』



 愛機の中でリノはふっと笑う。



『だからこそわらわは部隊を二つに分けた。撤退班と、わらわが率いる迎撃班じゃ。わらわの手によってさらに虜囚を増やす。その予定だったのじゃが……』



 そこで今度は苦笑を零した。

 リノの視線は《ディノス》のみを見据えている。



『どうやら予想以上の大物が釣れたの。確かに見れば分かるな。ふふっ、そこの黒いの。お主が、ラゴウが惚れ込んだという《悪竜顕人》であろう?』


『――ッ!』



 そんな事を指摘され、コウタは目を剥いた。

 ラゴウ。《悪竜顕人》。どちらも彼が知る単語だ。


 だが、それを親しい彼女(・・・・・)の口から聞くことになろうとは――。


 ラックス達は緊張し、コウタは未だ言葉もなかった。



『全くもって僥倖じゃな。一度会いたいと願っていた者に土壇場で会えるとはの』



 リノは異形の機体の中でくつくつと笑う。

 それからすうっと紫色の瞳を細めて――。



『さあ、月夜の渓谷にて』



《妖星》の一角たる少女は、どこまでも楽しげに語った。



『わらわの《水妖星》と踊ろうではないか。《悪竜顕人》よ』

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