表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/525

第三章 学校へ行こう!②

 魔窟館の地下一階。

 広大な面積を持つ、通称『メルティア工房』にて。



「…………ふう」



 紫銀の髪の少女――メルティアは小さく溜息をこぼしていた。

 そして眼前を仰ぎみる。

 そこには《悪竜》を模した鎧機兵が鎮座していた。

 メルティアの作品であり、コウタの愛機――《ディノス》だ。その機体は今、特殊な機具で固定されており、ゴーレム達がせっせと白い液体を吹きかけていた。



「……作品ナンバー128。《ディノ=バロウス》」



 メルティアは眼前の機体の正式名称を――《悪竜》の真名を呟く。

 この鎧機兵は設計から製造までメルティアが行い、コウタのためだけに創り上げた特別な機体だ。彼女の数ある作品の中でも紛れもない最高傑作である。


 しかし……。



「確かに基本性能は高いです。けれど」



 メルティアは再び嘆息した。

 高性能ではあるが、最強ではない。

 それがメルティアの抱くこの機体の印象だった。



「やはり恒力値の低さが問題です。コウタは口に出しませんが、明らかに物足りない顔をしています」



 恒力値六千四百ジンは、決して低い値ではない。

 しかし、彼女の幼馴染は、それでは満足いかないようだ。

 自分のイメージに機体がついてこない。

 言葉にしなくとも長い付き合いからそう思っているのが、よく分かる。



「……まさか、コウタの操手としての才能があれほどとは思いませんでした」



 それは、メルティアの率直な気持ちだった。

 あの少年が心の奥に『力』への憧れ――いや、まるで妄執に近い念を抱いていることには気付いていた。彼の過去を鑑みれば当然とも言える。

 彼女の父、アベルは復讐を考えているのではないかと危惧して一時期、コウタを鎧機兵などの『力』から遠ざけようとしていたが、メルティアの考えは違った。


 恐らくコウタは『復讐』と言うより、失うことを警戒しているのだ。


 だからこそ、どんな敵にも決して負けない『最強の力』を彼のために創ってあげようと思った。それがこの《ディノ=バロウス》なのである。

 なお《悪竜》を模したのは、かの魔竜が単体では最強の存在だったからだ。



「……ですが……」



 メルティアは悩ましげに眉をひそめて、自信作であるはずの機体を見上げた。

 まさか、この機体でなおコウタの才能に追いつかないとは……。



「グレイシア皇国の《七星》のようにS級《星導石》が欲しいところですが、流石にお金がかかりすぎます」



 鎧機兵の動力炉である《星導石》にはランクがある。

 そして現在、《ディノス》に内蔵されているのはB級上位《星導石》。

 メルティアはまだ家督を継いでいない身。資金にも限りがある。

 耐久度の高い鎧装や、人工筋肉や鋼子骨格などの機体性能(スペック)ばかりにコストをかけ過ぎたこともあり、それ以上の《星導石》が手に入らなかったのだ。


 だが、そうだとしても……。



(せめてA級ぐらいは手に入れたかったです)



 自分の無計画さを反省するメルティア。

 しかし、そこですんなり諦めるつもりもなかった。

 恒力値を上げる方法は他にもあるはず。

 そう思い、何度か試行錯誤をして今回の実験に踏み切ってみたのだが――。



「……失敗です」



 メルティアは大きな胸を揺らして肩を落とした。

 正直、あまり芳しくない結果だった。



「《悪竜(ディノバロウス)》モードにはまだ欠陥があります。改善するにはやはり――」



 胸を支えるように腕を組み、そう呟いた時だった。


 ――バンッ!


 と、いきなり工房のドアが勢いよく開けられたのは。

 メルティアは瞳を瞬かせた。



「……コウタ?」



 工房のドアを開けたのはコウタだった。

 メルティアの前では笑みを絶やしたことのない少年は、今はもの凄く切羽詰まった表情を浮かべて仁王立ちしていた。



「ど、どうしたのですか、コウタ?」



 何やらただ事ではない雰囲気にメルティアがそう尋ねると、コウタはつかつかと近付いてきて、グッと彼女の両肩を掴み、



「メル! 今から学校に行こう!」



 いきなりそんなことを言いだした。



「え? どうしてまた学校なんて――きゃあっ!?」



 メルティアが悲鳴を上げる。

 唐突に腰を掴まれ、少年の肩に持ちあげられたのだ。



「話は後だよ! それよりまずは学校に行くよ!」


「え? え、待って下さい。私が――学校?」



 完全にコウタに拉致される寸前のメルティアは、ひたすら困惑していた。

 しかし、少年は返答もせずメルティアを担いだまま走り出した。

 工房を出て階段を上がる。

 高速で変わる館の光景にメルティアは目を丸くした。



(が、学校? 騎士学校のことですか? しかしどうして私が……)



 状況がまるで分からない。

 が、事態は彼女にとって最悪の方向に向かう。

 それは、玄関ホールに辿り着いた時。



「じゃあ、館を出るよ!」



 と、コウタが告げた瞬間だった。

 ドクンッ、とメルティアの鼓動が跳ね上がった。



『……ふん。《星神》の次はまた獣人族か。まさに雑種(・・)だな』


『アシュレイ家は相変わらずだな。女ならば誰でもいいのか?』


『これだから成り上がりは……。獣なんぞめとって貴族の誇りもないのか』



 かつて投げつけられた言葉が、次々と脳裏に蘇る。

 ドクン、ドクンと。

 鼓動がさらに早くなる。

 背筋に悪寒が走り、全身が異常に強張った。

 愕然とした表情で前を見やる。

 ここ数年、一度もくぐったことのない扉。

 館の入り口のドアが、まるで魔獣のアギトのように思えた。



「い、いや……」



 そして唇から恐怖が溢れ出す。



「いやああああああああああ――――ッ!!」



 突如上がったメルティアの絶叫に、コウタはギョッとした。



「メ、メルッ!?」


「降ろして! 降ろしてッ!!」



 渾身の力で暴れ始めるメルティア。

 ただ、痩身に見えても鍛えてあるコウタはビクともしない。

 が、それに対しますます暴れる少女に、コウタは慌てて彼女を床に降ろした。

 するとメルティアは、その場で膝を抱えて泣きだした。



「い、いやぁ……お外はいや……」



 まるで幼児のような独白。

 コウタは、ただ唖然として立ち尽くしていた。



「な、なんで……」



 そしてメルティアはボロボロと涙をこぼす顔を上げて――。



「なんで、コウタが、い、意地悪、するの……」


「メ、メル……」



 少女の怯えきった眼差しに、コウタは愕然とする。

 こんな表情をするメルティアは初めてだ。

 そこでコウタは、ようやく自分の無神経さを思い知った。

 メルティアは理由もなく館に引きこもっている訳ではない。

 そのことは、話としては聞いていたはずなのに……。



(くッ! ボクはなんてことをッ!)



 ギシリ、と歯を軋ませるコウタ。

 数分前の自分を殴りたい気分だった。



「……ごめんメル。ボクが悪かった」



 そして心から謝罪するが、メルティアの瞳から恐怖の色は消えない。

 それどころか怯えきった彼女は背を向け、館の奥へ走り出そうとした。



「いや、外はいやあっ!!」


「メ、メル!」



 コウタはハッとする。

 ――ダメだ! ここで彼女を行かせてはいけない!

 ここで何もしなかったら、きっとメルティアに二度と会えなくなる。

 彼女との絆を失ってしまう。そう直感した。



(い、嫌だ! そんなの嫌だッ!)



 灼きつくような焦燥に駆られたコウタは、逃げ出そうとするメルティアの腕をグッと掴むと、有無を言わさず少女を抱き寄せた。

 そして後ろから、彼女の肩と腰を掴んでギュウッと力を込める。

 唐突のことにメルティアは息を呑み、大きく目を見開いた。



「コ、コウタ……?」



 唖然として少年の名を呟く。

 すると、コウタの抱擁はさらに強くなった。

 ただ、ひたすら強く抱きしめる。

 それに対し、メルティアは黙り込んだ。



「……ごめんメル」



 そして強い悔恨の念と。

 何よりも、ありったけの愛しさを込めて。

 黒髪の少年は真摯に願う。



「謝るよ。だから、お願いだから逃げないで」


「…………」



 そう懇願する少年に、メルティアはしばし無言だった。

 二人だけのホールに静寂が訪れる。

 そして、数十秒が経ち……。



「……コウタは、馬鹿です」



 ようやくメルティアは、ポツリと呟いた。



「……ごめん。本当にごめん……」



 コウタはそれしか言えなかった。

 メルティアは少年の腕にそっと触れた。

 そして――。

 少年の腕の中で、メルティアは静かに泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ