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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第3部

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第六章 すれ違う運命②

「へ、へえ……」



 思いのほか過激な台詞に、サラは少し頬を引きつらせた。

 偏見が復活する。やはり犯罪組織の娘なのか。

 この歳で想像以上に進んで(・・・)いるのかもしれない。つい最近出会った恋敵にデートを先にされただけで動揺していた少女とは大違いだった。

 しかし、気になることもある。



「ねえ、リノちゃん」


「……ふむ。なんじゃ?」



 急に神妙な口調になったサラに対し、リノが眉根を寄せて尋ね返す。



「その、リノちゃんの好きな人ってやっぱり他の《九妖星》だったりするの?」



 と、サラが問う。

 リノは、かの《九妖星》の一角。ならば相手も相応の人間だろう。だが、もし相手が《九妖星》だとしたら、この国にはもう一人《九妖星》がいる事になる。


 そんな危惧を抱きつつ、サラは尋ねた――のだが、



「いや、違うぞ」



 リノは顔をこの上なくしかめてそう返した。



「どうしてわらわが、あのおっさんどもと付き合わなければならんのじゃ」



 続けてそう呟く。サラは少し小首を傾げた。



「いえ、ただ《九妖星》同士なら仲がいいのかなと思ったんだけど……」



 そう告げると、リノは心底嫌そうな表情を浮かべて。



「あのな、現在の《九妖星》は全員が三十を超えておる。なにせ、支部長や本部長も担う立場じゃからの。順調にキャリアを積んでいくと、年齢的にはどうしてもそれぐらいになるのじゃが……」



 まあ、それはともかくと続け、



「わらわを除いた一番若い者でも三十代半ばなのじゃ。全員がわらわとは親娘ほどの歳の差があるのじゃぞ。わらわに手を出せば、はっきり言って犯罪じゃな」


「いやいや、犯罪って……そもそも《黒陽社》は犯罪組織でしょう?」



 と、呆れるように言うサラだが、リノは苦笑を浮かべて答える。



「わらわ達は身内にだけは筋を通すのでな。とある《妖星》など普段から清廉潔白を心がけておるぐらいじゃ」


「せ、清廉潔白って……」



 今度は完全に呆れ果てるサラ。

 とても人身売買まで行う犯罪組織の大幹部が心がけるモノではない。



「なんか変な組織よね。《黒陽社》って」


「ふん。あの《教団》の盟主にだけは言われたくないのう」



 と、リノが皮肉気に返す。変人ぞろい――狂人とも言う――では噂に聞く《ディノ=バロウス教団》も負けてはいない。

 盟主からして元《聖骸主》という異例の存在だ。

 組織の幹部の異質さは、五十歩百歩と言ったところだろう。



「ともあれじゃ」



 リノは話題を変えた。



「わらわの愛する男は、あんな変人ぞろいのおっさん軍団とは違う。この国の騎士見習いでの。わらわと同い年の少年じゃ」


「……へえ」



 サラは感嘆の声を零した。

 まさか、騎士見習い――一般人の少年だったとは。

 犯罪組織の少女と、この国の未来を担う少年騎士の恋。

 まるで演劇にでも使われそうなラブロマンスだ。



(意外と面白い話題だわ)



 二人並んで坂道を登りながら、サラは頬に片手を当てた。

 サラとて女性だ。その手の話は非常に興味がある。



「あまり接点がなさそうだけど、どこで出会ったの?」



 と、サラが尋ねたら、リノは大きな胸を反らして「うむ」と頷き、



「それこそ、今向かおうとしている場所でじゃ。この国を出たら次にあやつと会うのは何時になるか分からぬ……」



 と、どこか寂しそうに語っていた言葉が、そこで止まった。



「……リノちゃん?」



 すでに日が暮れた中、サラは首を傾げて少女の顔を覗き込んだ。

 リノは紫色の瞳を少し見開いて前を見つめている。サラはつられるように少女の視線の先に目をやった。


 そこは小さな公園だった。

 森の中にぽつんと開けたような高台の公園。遊具の類はなく、月明かりと幾つかの街灯が照らす場所である。恐らくリノが目指していた場所はここなのだろう。


 だが、今は先客がいるようだ。まだここからは少し距離があるため、顔立ちまでは分からないが、紫銀色の髪が印象的な少女と、彼女の向こうに柵側に佇む巨大な騎士――いや、あれは鎧なのか。前面部が大きく開口している。


 そして、そこにはもう一人、背中を向ける人物がいて――。



「………え?」



 サラは思わずキョトンとした表情を浮かべた。

 その最後の人物は、黒髪の少年だった。

 後ろ姿から感じ取れる年の頃は、リノや紫銀の髪の少女と同じぐらいか。

 しかし、彼の後ろ姿に、サラは軽く困惑した。



(え? どういうこと?)



 その少年の背中は、特に見覚えのあるモノではない。しかし、少年の放つ雰囲気のようなモノが、彼女が知る人物によく似ていたのだ。

 思わず彼女が錯覚してしまうほどに。

 未だ再会が果たせずにいるサラの愛する人にとてもよく似ていたのである。


 ――と、その時だった。

 いきなり隣に立っていたリノが走り出したのだ。



「え、あっ、リノちゃん!」



 と、片手を伸ばして声をかけるサラだったが、次の瞬間には、リノが放った言葉に凍りつくことになる。




「――コウタ(・・・)!」




「……………え」



 サラはポツリと声を零した。

 思わずその場に立ち止まり、走りゆくリノの後ろ姿を見据えた。

 そして同時に、黒髪の少年がぎこちない様子で振り返った。

 サラは大きく目を瞠った。

 それから両手で口元を押さえ、一歩二歩と後ずさる。

 黒髪の少年の顔立ちは、彼女にとってあまりにも予想外だった。


 自分が見間違えるはずもない。間違いなく彼は――。



(……ま、まさか、う、うそ、でしょう?)



 ただただ予期せぬ状況に唖然としていると、リノは彼の――正確には紫銀の髪の少女も含めて彼らだが――の元へ行くと何やら会話をし始める。

 少し距離があったおかげか、それともリノの存在感が大きいためかは分からないが、少年はサラの存在にはまだ気付いていないようだ。


 サラは反射的に路地の方へ身を隠した。

 本来ならば、サラは彼に話しかけるべきなのだろう。しかし、彼女にはそれが出来なかった。今の自分は《ディノ=バロウス教団》の盟主だ。それが足枷となって、サラは身を隠してしまった。



(う、そ……)



 大きな胸元を片手で押さえ、路地の壁に背中を預けてサラは呼吸を整える。



(間違いない。成長しているけど、あの子は……)



 心臓が激しく鼓動を打つ。

 自分は今歓喜に震えている。だが、同時に酷く困惑していた。


 まさか、そんな……だってあの子は七年前に――。


 ぐるぐると頭の中が混乱していた。

 七年前の光景が、激しくフラッシュバックする。


 十数機もの鎧機兵に蹂躙され、燃え上がる故郷の村。息を切らせてかき分ける森の中の光景。彼女の手を引いて走る『彼』の後ろ姿。

 そして倒れ伏す愛しい少年に、ゆっくりと近付いていく黒い鎧機兵。



(あ、ああぁ……)



 サラはギュッと瞳を閉じる。

 続けて両肩を抑えると、崩れ落ちるように膝をついた。

 すると、



「……サラ殿?」



 戻ってきたリノが、不思議そうに顔を覗き込んできた。

 サラはハッとして顔を上げた。

 それから、無理やりにだが笑みを浮かべて。



「え、えっとリノちゃん。用事は終わったの?」



 と、話題を振る。リノはサラの様子に対し、少し訝しげに眉をしかめるが、かなり上機嫌なのか、「ふふ」と笑い、



「うぬ。格の違いを見せつけて来たところじゃ。まったく。コウタの奴め。わらわの知らぬところで逢い引きするなど……」



 と、そこで腰に手を当てて告げる。



「意外と甲斐性があるではないか!」


「えっ? それは甲斐性っていうのかな?」



 と、サラが引きつった笑みを見せた。

 それから出来るだけ平静を装い、情報を引き出しにかかる。



「あの、リノちゃん。もしかしてさっきの男の子が……」


「うむ。あれが、わらわの見初めた男じゃ。コウタ=ヒラサカ。いずれ、わらわのすべてを奪い、わらわのすべてを捧げると誓った男じゃ」



 と、リノは自分のことのように誇らしげに教えてくれた。

 サラはわずかばかり眉をひそめた。

 リノの台詞が過激なのもあるが、予想通りの名前が出たからだ。

 とてもよく知る少年の名前。しかし、今やいないはずの少年の名前だった。


 やはりあの少年は――。



「ねえ、リノちゃん……」



 サラは神妙な声で問う。



「あの男の子、コウちゃ……コウタ君だっけ? どういう子なの?」



 少しでもあの少年の近況が知りたい。

 そう思って尋ねたのだが、リノは少し眉をしかめて――。



「む? コウタのことか?」



 何故かジト目でサラを睨みつけた。



「言っておくが、わらわとて何人も側室は認めんぞ。精々三人までじゃ。それを差し引いても二十代はのう……」


「いや側室って何を言っているのかな? リノちゃん」



 サラは思わず苦笑を浮かべた。いきなりあの少年――リノの想い人の話を、詳しく聞き出そうとしたので、どうやら彼女に警戒されたようだ。

 自分が恋敵になることなど、絶対にあり得ないと言うのに。


 サラは小さく嘆息した。



(……やはり発露したようね)



 昔、懸念していたあの少年の才能というか本質というか、まあ、そういったものが成長につれ発露したようだ。



(まったく。あの子ときたら)



 続けて、微かな笑みが零れてくる。

 こんな感傷もすべては生きていればこそのものだ。

 あの子が……そして、自分が生きているから抱ける想いだった。

 そう考えると、心の底から喜びが湧きあがってくる。



「……ふふ」


「……? どうしたサラ殿」



 何故かいきなり笑みを浮かべ始めた盟主に、リノは小首を傾げた。

 するとサラは立ち上がり、パンパンと膝を払い、



「ふふ、何でもないわ」



 そう言って、リノを見やり、



「それよりも用が済んだのなら街の外に向かいましょう。リノちゃんの大好きな男の子の話は歩きながらでも聞けるしね」


「なんじゃ? 言っておくが、どんな話をしても側室の席はないからの」


「いや、側室って……リノちゃんはハーレムを受け入れる派なの?」



 と、呆れたように呟くサラ。

 自分には中々至れなかった境地である。

 対し、リノは遠い目をして笑い、



「まあ、いないに越したことはないが、それは絶対無理なような気がしてのう」


「…………」



 そんな事を言うリノに、サラは何も言えなかった。

 何とも共感できる台詞だった。それこそ痛いぐらいに分かる。


 いずれにせよ、二人は歩き出した。

 そして緩やかな坂道を下って行き、



「……本当に良かった」



 サラはリノより少しだけ遅く歩き、ちらりと高台の公園に目をやった。

 何やら騒がしい悲鳴のような声が聞こえる。

 ネコの鳴き声ような少女の声だった。リノのいきなりの登場によって、今あの場所は修羅場と化しているのだろうか。


 が、そんな騒ぎさえも今は愛おしい。

 何故ならあの場所には、失ったはずの彼女の大切な者がいるのだ。


 まさか、異国の地でこんな奇跡を目の当たりにしようとは――。

 正直、未だ彼女の心臓は激しく鼓動を鳴らしていた。

 抑えきれない喜びが溢れかえっているのだ。



(……ふふ)



 そしてサラは黒い瞳をすっと細めた。

 続けて、もう一度だけ高台の公園を見上げると、



「……そっか。あの子は生き延びていたんだ……」



 そう呟き、彼女は優しく微笑むのであった。

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