第四章 いよいよ始まる『初デート』②
「よ、よし。そろそろか」
一方、ほぼ同時刻。
魔窟館の前にて一人の少年が身構えていた。
黒系統のブレザーに、薄い刺繍の入った白いシャツ。下には黒いズボンを履いた、休日であっても珍しい私服姿のコウタである。
流石にデートに制服姿では望めない。彼なりの気遣いの表れだった。
「ふ、ふう……」
脱力して小さく息をもらすコウタ。
彼は三十分も前から、魔窟館の扉の前で立ち尽くしていた。
早く来たのは緊張感から。そしてずっとこの場にいたのは、早く来たのはいいが、結局屋敷の中に入る勇気が持てなかったからだ。
しかし、そんな躊躇いもここまでだった。
すでに時刻は午後二時。メルティアと約束した時間が訪れている。
デートで女性を待たせるのはあるまじき行為だと、ジェイクからも事前にアドバイスを受けている。ここは勇気を振り絞るしかなかった。
(が、頑張れボク!)
と、頬をパンと叩き、コウタは自分を奮い立たせる。
そして、すでに鍵を開けている重厚な扉を開けようとした時だった。
――ガチャリ、と。
いきなり扉が勝手に開いた。いや、中から開けられたのか。
反射的に硬直するコウタ。
すると、ズシンと地面を踏みしめ、巨体が扉をくぐって現れた。
着装型鎧機兵を着たメルティアである。
「メ、メル……?」
しかし、コウタはその鎧姿を見るなり、眉をしかめた。
魔窟館から出てきた以上、メルティアであるとは思うのだが、何と言うか普段の彼女にはない気迫のようなモノを感じたのだ。
例えるなら、戦場に出る前の戦士の趣か。ただならぬ覚悟を感じる。
それを示すかのように、着装型鎧機兵がプシューと全身から蒸気を出した。
「う、うわ!?」
あまりにも人間らしくない機能に、コウタは思わず驚きの声を上げた。
まるで鎧機兵が戦闘モードに移行するような様子だ。まあ、着装型鎧機兵は一応鎧機兵の一種ではあるのだが。
『………ふう』
そして巨体には似つかわしくない可憐な声が放たれる。
それは間違いなくメルティアの声だった。
「………メ、メル」
と、コウタが顔を強張らせていると、おもむろに巨人はコウタを見やり、
『コウタ。もう来ていたんですね』
と、緊張と覚悟が混じったような口調で告げてくる。
コウタは、ただコクコクと頷いた。
対し、メルティアは着装型鎧機兵の中で満足げに微笑み、
『で、ではコウタ』
メルティアは巨体をもじもじさせてコウタを見やる。
もし本体ならば、間違いなく上目づかいになっている。その姿の愛らしさは、本来ならば凄まじい破壊力だったに違いない。
しかし、この巨体では威圧感しか感じなかった。
それはこの姿に慣れたコウタでも例外ではなく、顔を強張らせていた。
が、その様子には気付かず、メルティアはそっと巨大な手を差し出して……。
『そ、その、エスコートをお願いできますか?』
と、声だけは可憐にコウタにお願いする。
コウタは面持ちを改めた。いかに厳つい姿であろうともそれは外見だけ。
中身のメルティアは普通の少女なのだ。
(……よし)
コウタは小さく息を吐いて呼気を整えてから、着装型鎧機兵の手を取った。
ごつごつとした機械仕掛けの手だが、この鎧の中にメルティアがいると思うと、不思議とドキドキして来る。
改めてコウタは巨人を見やり、そこに微笑む幼馴染の姿を幻視した。
コウタは想いを新たにして決意する。
今日は、何としてでもやり遂げなければならない。
メルティアを傷つけずに、彼女に満足してもらうのだ!
「……メル」
そしてコウタは緊張した声色で少女に告げた。
「じゃ、じゃあデートに行こうか」
◆
「おっ、出て来たみてえだな」
「ええ、そのようですわね」
と、呟くのは二人の人物。揃って帽子を深々と被り、動きやすそうな服装をしたジェイクとリーゼの二人である。
そこは、アシュレイ邸の正門が見える路地の一角。
時刻は昼の二時を少し回ったほどであり、ジェイクとリーゼの二人は静かにアシュレイ邸の様子を窺っていた。
そして、いよいよ目的の人物達が正門から出てくるのを確認したのだ。
ズシンズシンと足音を響かせる武装したメルティアと、彼女――見た目的には巨漢の甲冑騎士――と手を繋ぐコウタの姿だ。
どう贔屓目に見てもカップルに思えないが、あれでも二人はデートに出かけようとしているのである。リーゼが唇を噛みしめ、二人を凝視する。
「……メルティア。コウタさまに手を繋いでもらえるとは何て羨ましい」
「いやいや、お嬢……」
ジェイクは頬を引きつらせた。
「あれは手を繋いでいる内に入んねえだろ? メル嬢はあの鎧の中なんだぜ」
実際、あの鎧越しでは手を繋ぐ意味はない。感触も伝わらないだろう。しかし、そんな光景でさえ羨ましく思えるほど、リーゼは追い込まれているようだ。数日前に出会った女性のアドバイスも、現状の危機を前にしては頭から吹っ飛んでいるに違いない。
「むむむ」と親指の爪を咬んでメルティア達を睨みつけている。
すると、不意にリーゼがジェイクの方を見やり、
「オルバン」
ぼそりと名を呼ぶ。
「早くコウタさま達の後を追いますわよ。このままでは見失います」
「お、おう。そうだな」
相槌を打つジェイク。
確かにコウタ達はすでに大分前に進んでいる。気付かれないように一定の距離を置く必要はあるが、あまり離されるのもよくない。
「そんじゃあ、後を追う――って待てよ。お嬢」
ふと、ジェイクは足を止めた。
「……? どうしましたオルバン?」
と、リーゼは首を傾げたが、ジェイクの視線の先――アシュレイ邸の正門を見やり、すぐに納得した。そこからメイド服の少女――アイリが現れたのだ。すぐ傍には、姿を隠すつもりなのかフード付きのマントを纏った三機のゴーレムがいる。中には小さな王冠を掲げた機体――ゴーレム隊の隊長機である零号の姿もあった。
彼らはこっそりとコウタ達の後を追い始めた。
どうやら目的はジェイク達と同じらしい。
「あらあら。あの子達は……」
と、リーゼがクスリと笑う。先程まで焦りを隠せなかった彼女だが、アイリ達の姿を見て少しだけ冷静さを取り戻していた。
ジェイクは少しホッとしながらもあごに手をやり、
「アイリ達もオレッち達と同じ目的か。なら合流すっか」
「そうですわね」
リーゼもこくんと頷いて同意する。
尾行とはあまり大人数で行うべきではないが、同じ目的でありながら別行動を取るのも得策ではない。ここは合流するのも手だろう。
「ふふ、ではあの子達に声をかけましょう」
言って、早速リーゼが歩き出す。
一方、アイリ達の方もこちらに気付き、目を丸くしていた。
そしてリーゼとアイリ達は合流した。
その様子を一人遠くで見やり、
(さて、と。いよいよ始まったか)
ジェイクは小さく嘆息した。
遂に実施されることになったコウタとメルティアのデート。
二人の行く末に興味津々なアイリと、ゴーレム達。
そしてひたすら焦燥に駆られるリーゼ。
何とも騒がしくなってきたものだ。
(こいつは一体どうなるんだ?)
友人達の行き着く先を案じて――。
ただただ、頬を引きつらせるジェイクだった。




