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第三章 学校へ行こう!①

 ――トントン、と。

 エリーズ国騎士学校の教室にて。

 自分の席に座るコウタは、両手で教本とノートを整理していた。

 時刻は午後三時半過ぎ。今日の授業は終了している。

 教室内を見渡すと、各個人に割り当てられた机には、すでに空席が多い。

 勉強や訓練から解放された生徒達は、教室のあちこちで談笑したり、早々と教室を後にして街へと繰り出したりしている。

 いつも通りの光景――いや、今日は週末なので普段より少し陽気かもしれない。

 コウタは立ち上がると、教本とノートを小さな鞄に入れ、さらに腰に巻いた白布(ケープ)の中に収納した。これで帰宅の準備は完了だ。



「おう、コウタ。いま暇か?」



 その時、不意に横から声をかけられた。

 振り向くと、そこにはコウタよりも頭一つ分ほど背の高い少年がいた。

 ジェイク=オルバン。クラスで一番親しいコウタの友人だ。



「ん? これから帰るつもりだけど、どうかしたの?」


「おう。実はな……」



 そう呟き、ジェイクは自分の後ろに目をやった。

 コウタもつられるように視線を向ける。

 すると、そこには一人の少女が立っていた。

 蜂蜜色の髪と同色の瞳を持つスレンダーな少女――リーゼ=レイハート嬢だ。

 普段は凛としている彼女は、今は指を髪に絡めてもじもじとしていた。



「リーゼさん? ジェイクと一緒なんて珍しい組み合わせだね」



 コウタは少しだけ驚いた。

 リーゼとジェイクは、さほど仲は良くなかったはず。

 もしかすると、彼らが並んで立つ姿は初めて見たかもしれない。



「ははっ、確かに珍しいよな。まあ、実はお嬢がさあ……」



 と、ニヤニヤと笑みを浮かべてジェイクは告げる。



「どうしてもお前と話がしたいって、オレっちに泣きつい――ぐおッ!?」



 そこでジェイクは呻き声を上げた。

 顔を真っ赤にしたリーゼの拳が背中に叩きつけられたからだ。

 しかし、成人男性並みのガタイを持つジェイク。

 さして気にもかけず、困ったような表情でリーゼを見やる。



「おいおい、ひでえな。お嬢よ」


「……う、うるさいですわ」



 が、対するリーゼの態度は素っ気ない。

 腕を後ろ手に組んで横に視線を逸らすと、



「……余計な事は言わないで下さいまし。本題を言いなさい」



 少し上ずった声でそう告げるのだった。

 ジェイクはボリボリと頭をかく。そしてキョトンとするコウタに告げた。



「まあ、細かい経緯は省くが、お嬢はお前に練習に付き合って欲しいそうだ」


「……練習?」



 コウタは首を傾げた。

 すると、リーゼが再び髪に指を絡めて、



「じ、実は……その。わたくし《黄道法》の扱いに行き詰っていて……」



 と、口実のような前置きをし、



「だ、だから、その、これから《黄道法》の練習に付き合って欲しいのです。その、あなたはわたくしよりも上手なようですし……」



 恥ずかしそうに頬を染めつつも、真直ぐコウタの瞳を見て告げた。

 それから少しだけ視線を逸らし、癖なのか、細い指先を髪に絡ませている。

 そんな少女の仕種を見つめながら、コウタは少し驚いた。

 リーゼからこんな申し出をされたのは、初めてのことだったからだ。

 が、すぐに納得もいく。



(そっかあ……。リーゼさんは努力家だもんなあ)



 級友に頭を下げてでも高みを目指す。その向上心はとても好感が持てた。

 コウタはちらりと教室にある壁時計を確認する。

 時刻はまだ四時になっていない。魔窟館に行くのはいつも五時過ぎぐらいだ。

 練習に付き合う時間は充分にある。コウタは決めた。



「うん。いいよ。五時ぐらいまでなら」


「ほ、本当ですの!」



 ぱあっとリーゼの表情が華やいだ。

 彼女の頬は、はっきりと分かるぐらい紅潮している。

 と、その傍らでジェイクはあごに手をやり、ニマニマと笑い、



「ははっ、んじゃあ、まぁ頑張れよお嬢。約束通り仲介はしたんだ。今度、昼飯奢んの忘れんなよ」



 言って、一人教室から去ろうとした。

 そんな友人の行動に、コウタはパチパチと目を瞬かせた。



「え? ジェイクは練習に付き合わないの?」



 そう尋ねると、ジェイクは半身だけで振り向き、パチンと額を叩き、



「おいおい、折角お嬢が勇気を振り絞ってんのに邪魔しろってえのか? つうか、お前って相変わらず鈍い――」


「オ、オルバン!」



 その台詞に過剰に反応したのはリーゼの方だった。



「お、お黙りなさい! 情報の漏洩は契約違反ですわよ!」


「へいへい。分かったよ。お嬢」



 顔を真っ赤にして叫ぶ少女に、ジェイクは肩をすくめて見せた。



「悪りいなコウタ。オレっちは今日、用事があんだわ」


「へえ、そうなんだ」



 疑うこともなく納得するコウタ。

 ジェイクは苦笑を浮かべ、



「ああ。だからお嬢のことは頼むわ。手取り足取り教えてやんな」



 そう言って彼は背を向け、手を振りながら去って行った。



「ふ~ん。まあ用事なら仕方がないか」



 コウタは視線を友人の去ったドアからリーゼの方へ向けると「じゃあリーゼさん。これから練技場にでも行く?」と尋ねた。



「ボクの《ディノス》は、今日はメンテナンス中なんだけど、《黄道法》なら《ステラ》を使えば問題ないよね?」



 するとリーゼはビクッと肩を震わせて、



「は、はい! 問題ないですわっ!」



 そう答えてから、顔を真っ赤にして俯き、指をもじもじと動かして告げる。



「そ、その、わたくし初めてなので、出来るだけ、や、優しくお願いしますわ」


「……? そりゃあ、優しくするよ?」



 自分は別にスパルタ主義ではない。それはクラスメートであるリーゼも知っているはずなのだが、何故そんなことを聞いてくるのだろう?

 コウタは不思議そうに首を傾げるが、リーゼの方は「や、優しく……手取り足取りなんて」と呟き、指を髪に絡ませて赤くなるだけだった。


 と、その時だった。



「おっ、ヒラサカ。まだ帰っていなかったか」



 不意に教室の入り口から声をかけられた。

 このクラスの担任教師であるアイザック=ハリーだ。年齢は三十代後半。動きやすいつなぎのような私服を着たアイザックはコウタに対して手招きした。



「……先生? 何かご用ですか?」



 コウタがそう尋ねるとアイザックは頷いた。



「ああ、実はお前に話があってな。結構重要な話なんだ」



 そう語る担任教師の表情は真剣なものだった。

 続けてアイザックは、まだ生徒が多く残る教室内を見渡して、



「……ここで言うのもなんだ。悪いが、これから俺の教員室に来てくれるか」



 と、神妙な声で告げる。コウタも面持ちを改めた。

 どうやら重要な案件のようだ。



「ごめん、リーゼさん」



 コウタはリーゼの方に振り向き、頭を下げて謝罪する。



「ちょっと用事が出来たみたいだ。練習はまた今度で」



 それから少年は真剣な顔つきで担任教師の元へ向かった。

 そしてアイザックと軽く会話をすると、そのまま一緒に教室を出ていった。

 一人残されたリーゼはしばし呆然としていたが、



「……えっ?」



 不意に唖然とした声を呟く。

 そして、みるみる目を見開いていき――。



「え? お、お預け!? こんなに勇気を出したのに土壇場でお預けですの!?」



 教室内にまだ生徒が残っていることにも構わず。

 思わず声を張り上げ、自分の不運を嘆くリーゼだった。

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