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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第2部

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第八章 暗き洞から生まれしは――。③

(はてさて。この化け物は一体何者なのか……)



 意図せずに訪れた静寂の中で。

 ハワードは隙のない面持ちを浮かべて《ディノ=バロウス》を凝視していた。

 ワイズを始末した直後に現れた異形の怪物。恒力値を持つ以上、一応鎧機兵ではあるようだが、魔獣の一種だと言われても納得してしまいそうな化け物だ。


 果てして味方なのか、それとも――。



(まあ、とりあえずは会話でも試みてみるか)



 言語が通じる相手には見えないが、外見だけで判断すべきでもない。

 そう思い、ハワードは口を開こうとした――その時だった。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!



「――ッ!」



 突如、咆哮を上げた化け物に、ハワードは息を呑んだ。

 そして、すぐさま愛機に間合いを取らせ、大矛を下段に構えさせた。

 対し、炎を纏う魔竜は、ズシン、とゆっくり間合いを詰めてくる。

 その威圧感は、固有種――最強クラスの魔獣を彷彿させた。



(これは……会話など通じなさそうだな)



 眼前の化け物を睨みつけ、ハワードはそう判断する。

 剣こそ携えているが、全身から放つ気配は、完全に魔獣のモノだ。

 油断を見せれば、即座に襲い掛かってきそうである。

 やはり敵とみなすべき相手か。



(それにしても恒力値七万超えか。非常に興味深いな)



 そんな考えがよぎり、ハワードは不敵な笑みを見せた。

 遭遇してからずっと思っていたのだ。

 この未知の敵と手合わせをしてみたい、と。



(……ふふ、この化け物自身がやる気ならばむしろ好都合か)



 そして、ハワードは方針を決めた。

 あえて交渉はしない。ここは素知らぬ顔で攻撃に出る。そもそも、これほど刺激的な相手を前にして手を出さないなど、あり得なかった。



「……さて。私を楽しませてくれよ。ワイズが《悪竜》と呼んだ騎士よ」



 と、呟き、ハワードは笑みをこぼす。

 それは様々な感情が混じり合った凄惨な笑みだった。

 そして一秒、二秒と静寂が続き、


 ――ズガンッッ!


 突如、雷音が《ラズエル》の足元から轟いた!

 《雷歩》による加速だ。風を切って突き進む白騎士は、手にした大矛で、悪竜の騎士の喉元めがけて刺突を放つ――が、



「――なに!?」



 ハワードは目を剥いた。

 大矛の刺突が、処刑刀によって、いきなり軌道を変えられたのだ。

 それも力任せに弾いた訳でない。獣のような姿をした鎧機兵は、繊細かつ絶妙な剣技で刺突を受け流したのである。大矛にはわずかな衝撃もなかった。《ラズエル》は、ただ軌道だけを変更させられ、悪竜の騎士の横を通り抜けていく――。



(なんという技量!)



 愛機に両足で急ブレーキをかけさせながら、ハワードは舌を巻いた。

 外見は魔獣だと言うのに、その剣技は、実に洗練された戦士のモノだった。



「――ぬう!」



 だが、感嘆ばかりしてはいられない。

 ともあれ、ハワードは《ラズエル》を反転させた。

 追撃を予想して――それは即座にやってくる。

 悪竜の騎士が炎を撒き散らして、眼前にまで接近していたのだ。

 その手には上段に振りかぶった処刑刀。《ラズエル》は大矛を横に構えた。

 直後――凄まじい衝撃が《ラズエル》を襲う!



「ぐうううッ!」



 ギシギシと愛機が軋み、ハワードは歯を喰いしばった。

 処刑刀の斬撃は防いだが、大矛ごと《ラズエル》は圧し込まれる。

 白騎士の両足は、ガコンッと地面に沈み込んだ。



(う、うおお……)



 ハワードは双眸を見開き、操縦棍を強く握りしめた。



(まさか、私の《ラズエル》がこうも力負けしようとは――ッ!)



 静かに喉を鳴らす。

 だが、考えてみればこの結果はむしろ当然か。

 なにせ、この怪物の恒力値は《ラズエル》の四倍もあるのだから。



(――チィ、力では勝てんか!)



 ハワードは自機の胸部辺りに意識を集中させた。


 ――《黄道法》の放出系闘技・《穿風》。


 本来は掌から恒力を衝撃波として放出する技。しかし、ハワードは掌だけではなく、機体のどの部位からでもその闘技を使用できた。

 この不利な状況を脱するため、至近距離から衝撃波を叩きつけるつもりだった。

 ――しかし。



「な、なんだと!?」



 ハワードは愕然と目を瞠った。

 唐突に、目の前の怪物の姿が消えたのである。

 ――いや、瞬時に処刑刀の力を抜いて加速したのだ。

 気付けば、悪竜の騎士は《ラズエル》の真後ろに移動していた。



「ば、馬鹿な! まさか《天架》を使ったのか!」



 ハワードは再び愕然とした。

 今の音もしない高速移動。それは《黄道法》の構築系闘技の一つである《天架》と呼ばれる技だった。簡単に言えば、足元に恒力による見えないレールを敷き、その上を滑るように移動したのである。数ある闘技の中でも最高難度の技だった。

 レール上にしか移動できないといった幾つかの欠点もあるが、光の速度に近い恒力の流れに身を任せたその移動は、まさに瞬間移動にも等しい。

 断じて獣に使えるような技法ではない。



「くうッ!」



 だが、ハワードにはゆっくり驚いている余裕もなかった。

 悪竜の騎士が、横薙ぎに処刑刀を振るったからだ。

 咄嗟に大矛を縦に構えて斬撃を防ぐが、そもそも膂力がまるで違う。

 《ラズエル》は大きく吹き飛ばされることになった。



「ぐうううッ!」



 ハワードは呻きつつも愛機を着地させる。

 ガリガリと地面を削り、どうにか停止する《ラズエル》。

 未だ愛機に大きな損傷はないが、完全に圧されているのは明らかだ。

 こんなことは、かつて一度もない経験だった。



(洗練された技量に……桁違いの膂力か)



 ハワードは、愛機の中で身震いした。

 続けて処刑刀を泰然と構える敵を、真直ぐ見据えた。

 まさか、すべてにおいて、自分を上回る敵と出会うなど――。



(こんな存在がいたのか……)



 ハワードは、頬に冷たい汗を流した。

 そして数秒程度の時間が経過し、若き伯爵の口元から「おおおお……」という声が零れ始める。その声は微かではあるが震えていた。

 しかし、その震えは、圧倒的な強者と遭遇した恐怖からではない。

 それは歓喜による震えだった。

 ハワードは、この状況にかつてないほどの興奮を覚えていたのだ。

 全力を以て挑む相手。

 それこそが、彼が切望する者だったからだ。



(そうか……。私はようやく、ようやく巡り会えたのかッ!)



 ドクン、と心臓が力強く躍動した。

 全身に血が巡り、これまでは灰色にさえ見えていた世界が色付いていく。

 どこか微睡みの中にあったような思考が一気に冴え渡っていき、そして心にぽっかりと空いていた暗い洞から、熱い『何か』が噴き出してくる。

 それは、灼熱の炎のような激情だった。



「ふふ、ふはははは……」



 今ならば、どんなことでも実現できる。

 自らの手の平を見つめ、ハワードはそう実感した。



「ふははははははっははははははははははははははっははははははははははははははははははははははははっはははははははははははは――ッ!」



 遂に目覚めた天才は、愛機の中で高らかに笑う。

 溢れ出る喜びが胸中を駆け廻っていた。

 そして、青年は愛おしさすら覚える悪竜の騎士を見据えて――。



「さあ、我が宿敵よ! 我らの出会いを祝して存分に踊ろうじゃないか!」



 そう宣言し、感情を剥き出しにした笑みを浮かべた。

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