第三章 怨敵の残影①
盗賊団のアジトは情報通りの場所にあった。
洞窟を利用したアジトだった。中は改装されており、人も暮らせる状態にはなっているが、印象としてはまるで獣の巣のようだった。
なにせ匂いがキツイ。浴びるような量の酒と、幾度も女を抱いた時の匂いだ。
不快なことにジェイクたちが侵入した時も、見張りもせずに多くの男たちが酒瓶を片手に捕えている女性たちを弄んでいた。しかし、元々七割ほどは先の襲撃に参加していたのか、居残り組の数はさほど多くなかった。
ジェイクたちは、迅速に盗賊たちをねじ伏せた。
ジェイクたちの方で襲撃に参加したのはジェイク、対人戦で無類の強さを見せるアヤメ、そして白金仮面の三人だけだったが、勝負にもならない制圧戦だった。
何人かは悲鳴を上げて逃げ出したのだが、洞窟の外にはリノやエル、リッカ。さらにはゴーレムたちまで待ち構えている。万全の布陣だ。
ましてや着装型鎧機兵を着たメルティアに至っては生身で立ち向かえる相手ではない。結果、一人も逃すことはなかった。
こうして盗賊団は完全に壊滅したのである。
捕らえられた女性たちは解放された。精神面でも体力面でも疲労困憊ではあったが、重傷者がいなかったのは幸いだった。
しかし、夜は危険だ。盗賊どもは縛り上げて牢屋に放り込み、ジェイクたちはこのアジトを今夜の宿代わりにすることにした。悪臭には霹靂したが、換気をすると大分マシになったのでどうにか使えないこともない。
明日までにはコウタたちも合流できるはずだ。明日は虜囚だった女性たちも連れてサザンへ移動する予定だった。
「……ふむ」
その一室。女首領が使っていたという心なし程度には上質な部屋で、リノは室内を見分していた。エルやリッカも同様に別の部屋を探っている。
なお、ジェイクや白金仮面たちは今、女性たちから話を聞いていた。
要は分担して情報収集を行っていた。
岩肌で覆われた部屋を見やると、木製の机と宝箱が二つ。雑な造りのベッド。リノはとりあえず宝箱の一つを開けてみた。
宝箱なのでやはり入っているのは金銀財宝だ。後は酒瓶。安物ではない。かなり上質なモノではあるが、こんな無造作に放り込まれていては何とも雑なことだった。
「こっちの箱は外れじゃな。さて」
リノはもう一つの宝箱を開けた。
そこに入っているのは意外にも貴重品ではない。
(……これは……)
リノは少し眉をひそめた。
何というか、そこに入っていたのはいわゆる雑貨だった。
短い木剣にペン。日記帳のようなモノ。
それらを言葉にするのならば、思い出品だろうか。
リノは最も情報が多そうな日記帳を手に取って開いてみた。
どうやら十代の頃からつけている日記のようだ。そこには『あの人』と記載された人物との日々が綴られていた。
襲撃し、返り討ちにされて弟子となり、いずれは女になった――。
(……むむ。何というか……)
リノは困った顔をした。
これはまごう事なき乙女の日記帳だった。
これを書いた人物が『あの人』をどれほど愛しているかが伝わってくる。
しかし、『あの人』とは別れるようになったようだ。正確に言えば捨てられたか。
日記帳は、その辺りから綴られなくなっていた。
(女頭目の乙女日記か)
傾国の姫君とて流石に気まずくなる。
確かに情報ではあるが、扱いに困る品だった。
リノはとりあえず日記帳を閉じることにした。が、その時。
……ヒラリ、と。
日記のページの間から何かが落ちた。
それは一枚の紙――写真のようだ。
リノはそれを手に拾い上げた。
そこには十代の少女と、恐らく『あの人』の姿が映っていて――。
(………な)
流石にリノも目を見開いた。
その人物はリノもよく知る男だったからだ。
(……レオス。そなた……)
リノの父の最側近だった人物。
――《九妖星》が一人。《木妖星》レオス=ボーダーだ。
しかし、すでにこの世にはいない。
コウタの手によって討たれたと聞いている。
(弟子を育てておったのか)
これは初めて知る事実だ。
そして不意に思い出す。あのフードの男の声は――。
「……《水妖星》殿」
その時、背後から声を掛けられた。
リノは双眸を細めて、写真を日記帳に差し込み直した。
「それを返して頂けますか」
その人物。
いつの間にかリノの背後を制した、フードを被った黒い外套の男は手を向けた。
「それはあいつにとっては大切なモノなので」
リノは振り返り、「ふん」と鼻を鳴らして日記帳を手渡した。
「乙女じゃな。そなたの頭目とやらは」
「否定はいたしません」
フードの男は日記帳を外套にしまい、苦笑を零した。
「だからこそ愛しくもある」
「……ふん」
リノは双眸を細めた。
「そろそろ顔を見せよ。レオスに連なる者よ」
「……気付かれましたか」
フードの男――フェイク=ボーダーはフードを上げた。
その顔は若々しくはあるが、レオスの面影があった。いや、最後に出会った頃、レオスは少年期まで若返っていた。成長したらこうなるという印象か。
「血縁者……レオスの子か?」
ある意味、想像通りの風貌にリノはそう呟く。
対し、フェイは皮肉気に口角を上げて、
「あの男に子は残せません。凡庸の身で人を超えようとした代価です。ただ、私は似たようなモノとだけお伝えしましょう」
「……ふむ」
リノは腕を組んで眉根を寄せた。
「あやつの研究成果か? レオスは人でなしであったからの」
「それを含めてお話ししましょう。ですが、流石に立ち話で済ましてしまうようなことでもありません。《水妖星》殿」
フェイはリノに手を差し伸べて願う。
「どうか、しばしの時間、私にお付き合いいただけないでしょうか」




