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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第16部

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プロローグ

 ――これは一体どういう状況なのか。

 コウタには何一つ分からなかった。

 しかしながら、本能が告げていた。これは恐るべき危機であると。

 自然と、断界の剣(ワールドリッパー)を握る手にも力が籠っていく。

 場所は翡翠色の宝珠の中。コウタたちしかいない異界の館だ。

 そこに、コウタと彼女がいた。

 コウタと同い年の十六歳の少女。これまたコウタと同じく、エリーズ国の騎士学校の制服を着た可憐で美しい少女だ。先端がカールした蜂蜜色の長い髪が印象的なのだが、コウタが贈って、いつもつけてくれている赤いリボンは床に落ちていた。

 ――リーゼだった。

 レイハート公爵家の令嬢たるリーゼは淑女の鑑であり、常に公平で穏やかな性格をしているのだが、今の彼女は異質だった。


(……リーゼ)


 コウタは表情を険しくする。

 目の前に立つリーゼ。そこに普段の面影はまるでない。手には長剣を持ち、それを構える訳でもなく切っ先を床に付けている。だらりを両腕を下げて、足は大きく横に広げつつ重心を落としていた。普段の彼女の構えではない。凛々しい騎士でもあるリーゼはこんな雑な構えは取らない。

 だが、普段と最も違うのは、瞳に宿すのは激しい敵意だ。

 まるで追い詰められた獣の眼光。

 彼女がこんな眼差しをコウタに向けることなど一度もなかった。まだそこまで親しくなかった頃でさえだ。


「……リーゼ」


 コウタは緊張しながら一歩前に踏み出した。


「動いちゃダメだ。君はまだ発熱していて――」


 そう告げようとした時だった。

 いきなり彼女の姿が消えた。コウタはギョッとして驚きつつも、迫る殺気に感じて反射的に断界の剣(ワールドリッパー)を身構えた。

 ――ギィンッ!

 鋭い音が響く。それは断界の剣(ワールドリッパー)と交差したリーゼの長剣だった。


(―――な)


 コウタは目を剥いた。

 凄まじい速度だ。だが、それ以上に驚愕すべきは剣戟までの軌道だった。

 リーゼは予備動作もなく天井にまで跳ぶと体勢を反転、天井を蹴りつけて今度は壁へと移動。そこも蹴りつけてコウタの間合いへと入ったのだ。

 一度の跳躍がとんでもない。信じ難いほどの身体能力だった。

 しかも、


(――クゥ!)


 重い剣の一撃に、コウタは真横へと押しやられてしまった。

 全身を使った攻撃とはいえ、リーゼのあの軽い体重と華奢の腕でだ。

 コウタは大きく間合いを取った。

 しかし、リーゼの攻撃は終わらない。今度は走り出すと、そのまま壁を駆け上がって壁沿いに間合いを詰めてくる。流石にコウタも息を呑んだ。

 ――ギィンッ!

 再び斬撃。それも断界の剣(ワールドリッパー)で凌いだ。

 だが、やはり重い。狭い寝室から廊下へと吹き飛ばされる。コウタは転がるように回転して立ち上がると、その勢いのまま廊下を駆け出した。リーゼも追ってくる。


(――く!)


 ちらりと後ろを見て、コウタは眉をしかめた。

 リーゼの追跡方法が異常だった。走るのではなく床を始め、天井、壁を連続で蹴りつけて追ってくるのだ。


(……リーゼ)


 コウタは走りながら、険しい表情を浮かべる。

 明らかに普段のリーゼではなかった。

 彼女の剣はもっと洗練されている。体捌きにしてもあんな獣じみた動きはしない。

 そもそもあれは人間に出来るような動きではない。身体能力に優れたアヤメや、焔魔堂の戦士たちでも難しいだろう。

 リーゼに何かしらの異常が起きているのは明白だった。


(それにあんな動きをしてリーゼは大丈夫なのか?)


 そこが一番心配だった。

 リーゼの瞳には敵意しかない。どこか追い込まれたような敵意だ。

 時折、咆哮まで上げて、普段は可憐な口元に今は唾液も垂らしている。

 コウタは、ギリと歯を軋ませた。


(……あいつは!)


 リーゼに毒を盛ったという女山賊を思い浮かべる。


(一体、リーゼに何をしたんだ!)


 苛立ちを抱く。が、そうこうしている内にリーゼに追いつかれた。

 刃が奔る! それも縦横無尽にだ。

 天井、床、壁。狭い通路を十全に利用してリーゼが襲い掛かってくる!

 コウタも足を止めて、斬撃の嵐を凌いでいた。

 その間も苛立ちは消えない。

 ただ、


(……ああ)


 コウタはこうも思った。

 凄く綺麗だと。表情こそ獣のようだったが、リーゼの動きは煌めくようだった。凄まじい速度で跳躍する姿は、黄金に似た蜂蜜色の髪が残像を残して輝いている。それは美しいとさえ思えるものだった。


(リーゼはやっぱり綺麗だ)


 コウタは、改めてそう思った。

 ――ギィン!

 彼女の斬撃を払いつつ。

 コウタは再び走り出す。狭い空間ではジリ貧となると判断したからだ。

 彼女の追撃を凌ぎながら、コウタは最も広い場所を目指した。

 そうして解放された大きな門をくぐって、その場所へと到着した。

 そこはこの異界でもコウタが最もよく利用した部屋。天井も高く、鎧機兵さえも召喚できる広い修練場だった。ここならば彼女も充分には動けないはずだ。

 リーゼも遅れて修練場に到着した。


「―――――ッ!」


 声も出さず、コウタを睨みつけている。

 かああ、と口を開き、重心を低く構える。ポタポタと唾液を床に落としていた。


「……リーゼ」


 コウタは断界の剣(ワールドリッパー)を、ヒュンと一振りして彼女を見据えた。


「ここなら広さは充分だよ。リーゼ」


 コウタは告げる。


「君はどんな状況になっても本当に綺麗だ。初めて見せたその姿さえも」


「…………」


 リーゼは無言だ。

 切っ先を床に降ろして敵意を剥き出しにコウタを睨みつけている。

 コウタはふっと苦笑を浮かべた。


「ボクは悪竜だ。強欲な悪竜なんだ。君のすべてを手に入れると宣言した。そう覚悟したんだ。だから」


 コウタは改めて、断界の剣(ワールドリッパー)を構えた。


「今の君も例外じゃない。今から君のすべてを喰らい尽くす。全力で来なよ。リーゼ」


 そう告げた。リーゼは一拍の間を空けて、咆哮を上げた。

 ただの一歩で間合いを詰める。

 ――ギィン!

 剣戟音が響く。

 銀の刃と黒い刀身が交差した。さらに幾度も交わる。終わる様子は見せない。

 煌めく怪物と、悪竜の騎士の剣舞は始まったばかりだった。








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