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悪竜の騎士とゴーレム姫【第16部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第15部

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第六章 暗闇に潜む女獅子④

 コウタとリーゼ。

 二人は森の中を散策していた。

 森と言っても、ここはまだ街道に近い場所だ。

 木々の間隔もそこまで狭くなく、散策程度には問題なかった。


「「…………」」


 二人とも無言で歩き続けている。

 夜の森。

 差し込む月光も明るく、実に幻想的な光景である。

 まるでリーゼが天に愛されてるかのような舞台(シチュエーション)だった。


 ただ、あまりにも幻想的すぎて。

 二人は却って無言になってしまっていたが。


 だが、いつまでもこのままではいけない。

 ややあって、リーゼは足を止めた。

 コウタは遅れて止まり、リーゼの方に振り返った。


「……コウタさま」


 リーゼは不安を抱いた眼差しを見せていた。

 コウタはグッと手を強く固めた。

 コウタは鈍感王だ。

 女性の心情にはとにかく疎い。

 けれど、すでに愛する事と、愛される事を知っている。

 それを深く理解している。


「……リーゼ」


 コウタはリーゼを見つめた。

 同じ学び舎で共に過ごした彼女との思い出は多い。

 この旅での思い出もだ。

 それは心に残るモノばかりだった。


 しかし、最も心に深く刻まれたのはアティス王国での事件だ。

 コウタが最も憎む男の謀略――と言うよりも、もはやただの嫌がらせとしか呼べない理由で彼女は危うく命を落とすところだった。

 いや、もし兄と義姉がいなければ、絶対に助からなかっただろう。

 あの時の恐怖は、決して忘れることはない。


 兄と義姉には、どれほど感謝してもしきれなかった。

 同時にリーゼが自分にとってどれほど大切なのかも自覚した日だった。

 ただ、それが異性に対する愛情だと理解するには、さらに二年間の精神修行が必要だった訳でコウタとしては自分の鈍さにうんざりすることだった。


(……ボクって奴は)


 内心で深々と溜息をつく。

 ともあれ、二人で散策に出る前、


『…………』


 メルティアは上目遣いにコウタを見やる。

 視線が重なると、コウタの袖の裾を掴み、ややあってこくんと頷いた。


『……まあ、覚悟には覚悟で応えてやることじゃな』


 少し不満そうに顔を逸らしつつも、リノはそう言った。

 態度は違えど、二人には背中を押された。

 二人とも、この状況もリーゼの気持ちも理解していた。


(一番、覚悟がないのはボクなのか)


 コウタは一度瞳を閉じて、


「リーゼ」


 再び彼女の名を呼んだ。

 リーゼは、ビクッと肩を震わせた。


「ボクはまだ君に伝えていないことがあるんだ」


「…………」


 リーゼは言葉もなく、ただコウタを見つめていた。


「君はもうすでにメルやリノから話を聞いているかもしれない。ボクが身勝手なぐらい最低で強欲なことを」


 一拍おいて、息を吐くコウタ。

 リーゼは沈黙を続ける。

 そして、


「ボクは君が好きだ。誰にも渡したくない。離したくないんだ」


 コウタは緊張しつつも、はっきりと告げた。

 リーゼは口元を両手で抑えて目を見開いた。


「だけど、本当に最低な台詞を言うよ。ボクの好きな人は君だけじゃないんだ」


 本気で自分でもへこむ台詞を言う。


「メルとリノも大切だ。エルもアヤちゃんも、リッカとジェシカさんも……特にメルとリノとはもう……」


 流石に言葉が詰まってしまう。

 こんな台詞は告白と呼べるのだろうか……。

 そんな自問をする。と、


「……ふふ」


 不意にリーゼが笑みを零した。


「気付いておられましたか? わたくしにとってあなたは初恋でした」


「………え」


 コウタは目を丸くした。

 リーゼは言葉を続ける。


「ですが、あの新徒祭の日。わたくしはこの恋を諦めることにしました。あなたの本質がわたくしの矜持と相入られないモノだと、はっきりと感じたからです」


「……そう」


 コウタは神妙な顔で眉を落とした。

 それに対し、リーゼは瞳を細めて、


「……ですが」


 両手の指先を重ねて視線を落とす。


「あなたはそれを許してくれなかった」


「………え?」


 これにもコウタは目を丸くした。

 リーゼは「ふふ」と笑う。


「やはりご自覚はなかったのですね。あなたはもっと前から強欲でしたのよ。わたくしはそれを誰よりも早く……それこそメルティアよりも早く気付いていました」


「え? どういう……?」


 全く自覚がなかっただけにコウタは困惑する。


「新徒祭で? え? そんな前から……」


 やはり思い当たる記憶がなかった。

 あの時、どこぞの放牧騎士がリーゼに酷いことをして憤慨した記憶はあるが。


「わたくしは……『リーゼ=レイハート』という存在は」


 リーゼは優しく微笑む。


「とうにあなたのモノなのです。あの日、全部を捧げると宣誓いたしましたから」


「………え?」


 三度(みたび)、コウタは目を丸くした。


「いや待って!? それ知らない!? ボクってそんな前からロクでなしだったの!?」


「ええ。ロクでなしでしたわ」


 リーゼは容赦ない。


「わたくしの技も、責務も、矜持も。全部喰らい尽くしてしまうのですから。本当に酷い殿方ですわ。けれど……」


 一呼吸入れて、彼女は微笑む。


「それでも、わたくしはあなたを愛しています。あなたの強欲さも含めてです」


「……リーゼ」


 コウタは少し驚いた顔をした。


「本当にいいの? 君はレイハート家の……」


 リーゼはレイハート公爵家の後継ぎだ。

 その責務の重さは誰よりも彼女自身が理解し、それを担う誇りを抱いている。


「その矜持も残らず食べてしまったのが、あなたなのですわ」


 リーゼは嘆息して言う。

 まあ、難題ではあるが、まだ方法はあると考えている。後継ぎに関しても、コウタと自分の間の子にレイハートの名を継がせるという方法もあった。


「いずれにせよ、わたくしはあなたと共にあることをすでに決断していますわ。ああ。それと、先程のメンバーですが、いずれはアイリも含めてあげてくださいまし」


 リーゼは悪戯っぽい笑顔で言う。


「あの子はまだ幼いだけで、その覚悟はわたくしたちにも劣りませんから」


「い、いや……」


 幼い妹分の話に、コウタは困惑して言葉を詰まらせた。


「ともあれですわ」


 リーゼは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「『好きだ。渡したくない。離したくない』の問いかけならば、わたくしは『YES』とお答えします。そしてコウタさま……」


 そこでリーゼは緊張した面持ちで制服の一部、腰に巻いた白いケープの中からあるモノを取り出した。そしてそれを両手で掴んで前に差し出した。

 コウタは小さな声で「う」と呻く。

 見覚えのあるそれは異界の宝珠だった。

 リーゼは一度小さく息を吐き、


「……コウタさま」


 コウタを見つめた。


「わたくしの心はすでにあなたと共にあります。ですから……」


 彼女の黄金色に似た蜂蜜色の瞳が潤んでいく。

 彼女が何を望んでいるかは一目瞭然だった。


(……リーゼ)


 コウタは強く拳を固めた。

 ここから先を彼女に言わせるのはあまりにも情けないことだ。

 これはコウタ自身が望んだことなのだから。

 コウタは、異界の宝珠をリーゼから受け取った。


「……リーゼ」


 コウタは彼女を見つめた。


「君が好きだ。ボクも覚悟を決めたよ。だけど」


 一拍おいて、


「……ごめん」


 コウタは宝珠を強く握りしめて嘆息した。


「それはもう少しだけ後になるかな。もしかしたらと思ってたけど、まさか、こんな状況でこんなタイミングで登場してくるなんて思ってなかったよ」


 そう言って、鋭い眼差しで森の奥を見やる。

 一瞬の沈黙。

 そうして、ぞろぞろと男たちが木々の間から現れてきた。

 リーゼも表情を険しくした。

 二十人ほどか。それぞれ短剣を手にしている。


「……無粋ですわね」不満げにリーゼが呟く。「山賊ですの?」


「ああ。そうさ」


 その声に一人の人物が答えた。

 意外にも女性だ。この中ではかなり若い。二十代後半だろうか。軽装すぎる衣服の代わりに見事な筋肉の鎧を纏う女獅子のような山賊だった。


 その傍らにも女性が一人いる。

 サラリとした紺色の長い髪を持つ二十歳ほどの人物だ。

 腰に短剣を差し、髪と同色の制服に似た服を着た彼女は、山賊と言うよりも、その凛々しさから、まるで騎士のように見える。


「すまないね。坊やにお嬢ちゃん」


 女獅子のような山賊は言う。


「いやはや青春だねえ。甘酸っぱくって流石に野暮だとは思ったんだが、まあ、こっちもこれからの生活がかかっているんでね」


 ゴキンと拳を鳴らす。


「悪いが、あんたらの青春に割りこまらせてもらうよ」


 凄惨な笑みと共にそう告げるのだった。



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