第四章 再びあの都市へ①
朝早く。
アルフレッドは一人、目覚めていた。
コテージのウッドデッキで愛用の機械槍を使い、鍛錬をしていた。
いつもよりも早い時間だ。
同室のジェイクとコウタはまだ眠っている。
コウタは就寝時には部屋にいなかったのだが、明け方近くに戻って来たようだ。
昨夜、メルティアに呼び出されて、そのまま戻って来たのは明け方。
……何をしていたのかを尋ねるのは野暮なような気がする。
ジェイクに触発されて、コウタも遂に覚悟を決めたのだろうなと勝手に想像する。
いずれにせよ、アルフレッドとしては悶々として落ち着かず、普段よりもかなり早く目が覚めたのである。
「……ふう」
鋭い刺突を繰り出して、くるくると槍を脇に構える。
アルフレッドは一息ついた。
普段に比べると、鍛錬に身が入らない。
やはり、普段よりも雑念が多々に入っているように思える。
まあ、友人たちが次々と大人の階段を昇っては動揺も仕方がないのかも知れない。
「…………」
アルフレッドは渋面を浮かべつつ、機械槍を短くして腰に納めた。
それから、ウッドデッキの柵に手を置いて、
「……はあああ」
深々と嘆息した。
「二人とも怒涛の進展じゃないか」
友人たちが愛する人と結ばれたことは純粋に祝福する。
しかしながら、アルフレッドの方といえば全く進展がないのだ。
なにせ、彼の想い人は遠い異国の地にいる。
進展がありようもない。
そして、そんな状況のせいなのか、どうも最近のアルフレッドには、彼女以外に気になる少女がいるのだ。
「…………」
アルフレッドは無言で視線を落とした。
いや、状況のせいにするのはよくない。
元々彼女には好意を抱いていたのである。
少なくとも幼い頃は。
ただ、彼女は成長するにつれて、どんどんキツくなっていった。
生来の勝気な性格もあるのだろうが、それが全く容赦ない。
何をしても否定される。
彼女の出会うたびに、アルフレッドの胃はキリキリと痛んだものだ。
だがしかし。
それが最近になって、彼女は昔のように笑ってくれるようになったのだ。
態度が目に見えて穏やかになっていた。
アルフレッドを昔の愛称で呼ぶようになり、成長してからは怒った顔か、事務的な冷たい表情ぐらいしか見たことがなったのに、今は、はにかむような笑顔も見せてくれる。
その笑顔は、正直に言えば可愛かった。
――そう。凄く可愛かった。
実のところ、彼女の容姿はアルフレッドのどストライクなのだ。
大人びた顔立ちに凛とした佇まい。赤い髪も凄く綺麗だ。
そして……その豊かな胸も。
容姿においてはそれこそ想い人以上に。
成長するごとに、それはより強く感じていた。
しかしながら、性格の相性の悪さからその認識は抑えられていたが、こうして笑顔を見せられると……。
(……可愛い)
素直にそう感じていた。
彼女の手に触れるだけでドキドキする自分がいる。
(いやいや! 落ち着け! 相手はあの彼女なんだぞ! それに僕の好きな人は――)
と、考え込んでいたら、
「……アル君?」
不意に後ろから声を掛けられた。
アルフレッドは跳ね上がるように顔を上げて振り返った。
そこにはアノースログ学園の制服を着た赤毛の少女がいた。
アルフレッドの幼馴染。
アンジェリカ=コースウッドである。
「お、おはよう」
彼女はオドオドと視線を泳がせつつ、
「早いわね。訓練してたの?」
「う、うん」アルフレッドはコクコクと頷いた。
「に、日課でね。今日はいつもより少し早いけど……」
「そ、そうなんだ……」
アンジェリカは自分の指先を絡めて上目遣いに言う。
(うわあ……)
アルフレッドの鼓動が跳ね上がる。
(やっぱり、やっぱりアンジュって可愛い……)
改めて思う。
胃を攻撃してこないアンジェリカは本当に可愛かった。
「私もいつもより早く目が覚めちゃって……」
アンジェリカは頬を少し朱に染めて、森の方へ目をやった。
「ここは街道沿いだし、魔獣も出てこないだろうから少し散策しない?」
そう告げる。
アルフレッドは動揺しつつも「う、うん」と答えた。
と、その時だった。
――バサバサバサッ。
突然、背後から羽ばたく音がしたのだ。
二人が音の方に目をやると、そこには柵にとまる一羽の鳩がいた。
脚に筒を括りつけた白い鳩である。
「アル君? それって?」
「うん」アルフレッドは鳩の脚に手をやった。
「ハウル家の鳩だよ。白狼兵団で使っている子だ」
アルフレッドは筒から小さな書簡を取り出した。
視線を文字に落とす。
その表情は徐々に強張っていった。
「……緊急連絡なの?」
アンジェリカが眉をひそめる。
それに対して、アルフレッドはかぶりを振った。
「いや、違うよ。定期連絡みたいなもの。だけど……」
そこでアルフレッドは心底困ったような表情を見せた。
そして、
「これはちょっとまずいかも。相談した方がいいかもしれない」
そう告げた。




