第二章 魔窟館のお姫さま②
魔窟館の二階。
コウタはケーキの箱を片手に、軍靴を鳴らして廊下を進んでいた。
右側に大きな窓。左側には部屋が並ぶ細長い廊下だ。
時節は初夏。『七の月』に入ったばかり。
この時間帯ならまだ日は高いのだが、鬱蒼と生い茂る周辺の木々のせいで太陽の光があまり差し込まない。薄暗い廊下だった。
その上、この廊下にもホール同様に道具やら本が散乱している。
それらをうっかり蹴らないように避けつつ、コウタは眉根を寄せた。
「さて、と。メルは、今日はどこにいるのかな」
コウタが訪ねようとしている少女は、この魔窟館のどこかにいる。
それは間違いないのだが、なにしろこの館は無駄に広い。
部屋の数は百にも及び、その中から一人の少女を見つけ出すのはかなり億劫だ。
「普段なら寝室にいることが多いんだけど……」
コウタは空いている手で頭をかいた。
あくまで七年間の統計的な結果だ。寝室にいないこともある。
一応寝室に向かいつつ、彼らに居場所を聞いてみるのが一番だろう。
コウタはキョロキョロと視線を動かすが、
「けど、今日は中々見つからないな……っと、見つけた」
目的の物体を見つけ、コウタは口元を綻ばせた。
すっとケーキの箱を一旦床に置き、ゆっくりとそれに忍び寄る。
そして背後から一気に持ち上げた。
いきなり両手で掴まれ、ジタバタと足を動かす物体。
「ははっ、暴れないで。ボクだよ。訊きたいことがあるんだ」
言って、コウタは手に抱えた紫色の物体に話しかける。
するとその物体は、コウタの声を聞き入れたかのように足を動かすのをやめた。
ずっしりとした重量を持つそれは、とても小さな鎧機兵だった。
短い手足に尾まである。
ただ背丈は幼児並みしかなく、通常の鎧機兵よりも丸々としている機体だ。
剣の代わりに箒を装備したこの鎧機兵の名前は『ゴーレム』。
この館の主人たる少女が使用人に介入されるのを嫌い、ただ自分の世話をさせるためだけに開発した自律型鎧機兵なのだ。世界でも類を見ない技術だ。
彼らはこの玩具の騎士のような体で器用に炊事洗濯までテキパキとこなす。
ちなみに、『ゴーレム』という名前は一般的な鎧機兵と区別するため、開発者の少女が適当につけた総称だった。
この館にはお化けはいないが、こんなのが何十機も闊歩しているのである。
(メルの人嫌いは筋金入りだからなあ……)
とは言え、これでは『魔窟館』と呼ばれても仕方がないのかもしれない。
コウタは手に持ったゴーレムを、ぐるりと反転させて苦笑を浮かべる。
何度見ても凄い技術だ。このサイズでどうして動くのか。
彼女が昔から人嫌いなのはよく知っているが、自分の我儘のためにこんな技術まで開発するとはとんでもない話だ。
しかも人が乗らないのに動くという時点でも目を瞠ることなのだが、驚くべき事にこのゴーレム達は片言ながらも言葉をしゃべり、意志の疎通まで出来る。
例えばコウタが「メルはどこ?」と訊けば「……トショシツ」と答え、機体の損耗度が大きくなれば「……ツカレタ」と自己申告するのだ。
本当に中身がどうなっているのか常々不思議に思うのだが、考えてもコウタの頭では分からないので、結局彼はそういうものだと受け入れた。
「ねえ、メルはどこ?」
とりあえず、今の目的は彼女の居場所を訊くことだ。
完全に大人しくなったゴーレムに、コウタがそう尋ねると、
「……ツカレタ」
何故か自己申告してきた。
コウタは一瞬キョトンとしたが、
「え、あ、うん。分かったよ。君のメンテナンスは後でメルに頼むから。だから先に彼女の居場所を教えてくれないかな?」
と、気を取り直して再度尋ねてみるが、ゴーレムは円らな瞳を上げて――。
「……イッソ、コロセ」
「……………」
コウタは沈黙した。
……これは、流石に初めて見る反応だ。
この個体は一体どれぐらいの間、働き続けたのだろうか?
コウタは無言のまま、ゴーレムを廊下に下ろした。
するとゴーレムは、コウタには見向きもせず黙々と箒を掃き始めた。
そして、ゆっくりと廊下の奥へと消えていった……。
「ま、まあ、たまにはあんな個体もいるよね」
コウタは頬を引きつらせてそう呟くと、ケーキの箱を片手で拾い上げ、他のゴーレムを探して歩き始めた。
そうして廊下を進む内に、何機かとは遭遇したのだが、どの個体も「……シラナイ」と答えるだけだった。
「知らないと言うことは、逆に寝室から出てないってことなのかな?」
コウタはそう推測し、寝室に向かうことにした。
彼女の寝室は最上階である四階の奥にある。コウタは階段を上がると、本の山を持って移動するゴーレムを避けたりしながら、目的の部屋に辿り着いた。
ここまでの部屋の中でも一番重厚そうなドアだ。
コウタはコンコンとノックする。が、応答はない。
「メル~。ここにいるの?」
今度はドアに声をかけてみるが、部屋は沈黙を続けるだけだった。
ドアノブに触れると、どうやら鍵は開いているようだ。
(……う~ん)
コウタは少し迷った。
この中に彼女がいる可能性は高い。返事がないのは寝ているのかもしれない。
だからといって、コウタはこのまま帰るつもりはなかった。
と言うより、夕方に近いこの時間帯に惰眠を貪っているようなら、少しお説教しなければならない。彼女の不規則ぶりは時々目に余るものがある。
しかし、女の子の寝室に勝手に入るのは、根が真面目なコウタには憚れた。
コウタはしばし悩み続けるが……。
(まあ、いいや)
今までも同じようなことは何度もあった。
特別、今回だけ気遣うようなことでもないか。
そもそも彼女とは七年の付き合い。人生の半分を共に過ごした仲だ。
これぐらいなら、彼女は笑って許してくれるだろう。
と、判断しコウタは部屋を開けた。
そしてそっと覗き込み、再び声をかける。
「ねえ、メル。ここにいるの?」
が、またしても返事はない。
コウタは部屋の中を見渡した。
この部屋は寝室ではあるが、実質的には彼女の研究室でもある。
五十人ぐらいは入れそうな広い室内には所狭しと本の山や図面、スパナ等の工具や怪しげな道具が散乱しており、中には鎧機兵の巨大な腕まであった。
そして、それらを必死に整理しようとするゴーレム達の姿も見える。
「ははっ、御苦労さま」
と、労いの言葉をかけてから、コウタは部屋の中央に目をやった。
そこには、天蓋付きの巨大なベッドがあった。
まるで宮殿のような丸いベッドである。その上にも道具や本が散乱していた。
が、コウタの視線は、それらよりもベッドの中央に向いていた。
「なんだ。やっぱりいるじゃないか」
コウタはふっと笑みをこぼした。
そのベッドの上に探し続けていた少女の姿があったからだ。
コウタはドアを閉め、部屋の中に入る。
こうして、少年はようやく彼女と会えた。
この魔窟館の主人――メルティア=アシュレイと。




