第三章 光と闇をその腕に①
いよいよ出立の時がきた。
焔魔堂の一族に見送られて、コウタたち一行は里を出た。
焔魔堂の里は周囲が森に覆われているため、大きな馬車は使えない。
着装型鎧機兵を着て巨人と化したメルティアを除き、全員が馬に乗っている。
ちなみにサザンXはリノの後ろに相乗りし、零号は鞍を装着した頭部に兜のような外皮をもつ巨大な兎――エルが捕まえてそのまま居ついた《滅兎》に騎乗していた。群れに戻るよりもゴーレムの愛騎になる方が安泰だと判断したのかもしれない。
名前はボエトロンと名付けられた。
余談だがこの兜兎、跳ねるだけでなく、馬のように歩くことも可能だった。
意外と乗り心地がいいと零号とサザンXからは好評なのである。
閑話休題。
皇国まで二日から三日かかる道程。
街道沿いにあるコテージには、アルフレッドが依頼した大型馬車が待機しているはずなのでそこで乗り換える予定だった。馬は焔魔堂の一族が後で回収してくれるそうだ。
コウタたちはアヤメの先導に従って、迷いの森を進んだ。
特に獣や魔獣で遭遇することもなく順調な道程だった。
半日ほど経って森を抜けた。
そこからは街道だ。
少し皇国行きから外れることになるが、最寄りのコテージに向かう。
そこまでは三時間ほどかかる。
今日はそのコテージで一泊する予定だった。
そうして――。
◆
「ここまでは順調だったね」
コテージの一室。
ベッドが三つだけ置かれた簡素なログハウス。
今日は男性三人で休憩するその部屋でアルフレッドが言う。
大型馬車もすでに到着していた。
明日からはそちらに乗り換える予定だ。
それからあごに手をやって、
「たぶん一日だと微妙に皇国までの到着は無理そうだから、明日は馬車の中でもう一泊することになるかな」
「そんなに離れてたんだ」
コウタがベッドの縁に腰を下ろして言う。
「連れてこられた時はまったく分からなかったよ」
「あはは……」
アルフレッドは苦笑を零した。
「まあ、あんな移動の仕方をしたらね……」
異空間経由などしては距離間が分かるはずもない。
「本当にごめん」コウタは頭を下げた。「ボクが油断していた」
「それは仕方がないよ」
アルフレッドも自分のベッドに腰を掛けて言う。
「彼女には殺気も敵意もなかったからね。それにコウタは彼女を助けようとして反射的に動いたんだし、僕も同じ状況ならやられていたと思う」
「そう言ってくれると少し気が楽になるけど……」
そこでコウタは三つ目のベッドに顔を向けた。
アルフレッドも同じくそちらを見やる。
「ジェイク。どうしたの?」
そこにはベッドの上で胡坐と指を組む焔魔堂で教わった精神修行――『座禅』をするジェイク=オルバンの姿があった。
巨漢でもある彼が双眸を閉じて座禅を組むと、武の求道者のように見える。
いつもよりも険しく見える精悍な顔も、それに拍車をかけていた。
「今日はやけに緊張している様子だったね」
と、アルフレッドも言う。
今日の道中。
ジェイクは無言でいることが多かった。
「やっぱり」コウタはふっと笑う。「ソルバさんのことが気になるの?」
コウタは気付いていた。
時折、ジェイクがアンジェリカと楽しそうに話すフランを見ていたことを。
それはアルフレッドも同様だ。
「そっちの方も仕方のない話だね」
肩を竦めてアルフレッドが言う。
「もう一緒にいられる時間も少ないから。これから少し話に行く?」
「……いや。その必要はねえ」
ジェイクはゆっくりと瞼を上げてかぶりを振った。
「あいつとはもう充分に一緒に過ごした。そりゃあ離れちまうと寂しいって気持ちは当然あるが、そこは慣れておかねえといけねえしな」
「「………え?」」
コウタとアルフレッドは目を瞬かせた。
ジェイクの台詞が予想外のモノだったからだ。
「ああ。言い忘れてたな」
すると、ジェイクは振り向いて、
「実はな。オレっちとフランはもう恋人同士なんだ」
そう告げた。
部屋に沈黙が降りる。
そして、
「「―――えええッ!?」」
コウタたちは思わず立ち上がった。
二人してジェイクの方へと駆け寄った。
「ど、どういうこと!? いや、言葉通りの意味なんだろうけどいつの間に!?」
と、動揺するコウタに、
「そうだったんだ。驚いたよ。うん。おめでとう」
驚きつつも祝福するアルフレッド。
が、続くジェイクの言葉に二人はさらなる衝撃を受ける。
「ありがとな。結婚の約束もしたんだ。学校を卒業したら式を挙げるつもりだ」
「「……………え」」
一拍おいて、
「「―――えええええッ!?」」
隣室に迷惑がかかるほどの大音量で声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! ジェイク!」
コウタがジェイクの肩を掴んだ。
「いくら何でも急展開すぎるよ! いや、ジェイクが幸せになるのは嬉しいけど、ソルバさんと付き合ってまだ一日ぐらいなんでしょう!?」
「う、うん。確かにその決断は早すぎるね」
初めて彼女が出来て浮かれてしまっているのでは……?
コウタもアルフレッドもそう考えたが、
「ああ。これも言ってねえな」
ジェイクはボリボリと頭をかいた。
「実はな。フランとはもう三ヶ月間ぐらい二人だけで過ごしてたんだ。ほら。コウタが捕まった謎の宝珠があんだろ。フランが何故かそれを持ってたんだ」
「え?」
コウタは目を丸くした。ジェイクは言葉を続ける。
「そこで一緒に暮らした。告白したのオレっちの方からだ。いや……」
そこで少し言い淀むが、ややあって嘆息し、
「告白する前からあいつのことは大切に思ってた。本当に、本当に大切にするつもりだったんだ。告白もあんな形でするつもりはなかった。けど、あいつを抱きしめちまったらもうどうしようもなくなっちまってな」
その独白のような台詞に、コウタたちは一瞬キョトンとしたが、
「「――お、大人の階段昇ったの!?」」
愕然として叫んだ。
動揺する二人に、ジェイクは「ああ」と頷いた。
それからとても真剣な顔で、
「あいつを抱いて、あいつを愛して思った。オレっちにはあいつが必要なんだって。フランの笑う顔をもっと見たかった。フランが愛しくて仕方がねえんだ。だから、結ばれてすぐに結婚を申し込んだんだ」
――ジェイクさん、迷いねえ……。
コウタとアルフレッドはそう思った。
「けど、まあ」
そこで、ジェイクは苦笑を零した。
「コウタはマジですげえよ。オレっちはフランのことをあんなに大切に思ってたのに二ヶ月も持たなかった。前にコウタの言った通りだった。二人きりてのはマジで歯止めが効かねえよ。なのに、コウタは姫さんと二年間も過ごしたんだろ?」
(うぐっ!)
内心で胸を抑えるコウタ。
それは逆にヘタレだと言われている気がした。
それに実はリッカとも二人きりで八ヶ月間も過ごしたとは言えないコウタだった。
一方、ジェイクは真剣な顔に戻って、
「けど、結婚を約束したといっても、オレっちは今はまだ何者でもねえんだ。結婚式代はおろか、指輪さえも自分で用意できねえ。早くフランお親父さんたちを納得させられる男にならなきゃなんねえのにな」
「えっと、じゃあ、ずっと将来のことを考えてたってことかい?」
眉根を寄せて、アルフレッドが尋ねる。
ジェイクは「ああ」と頷いた。
「まあ、こうして座禅ってのを組んでんのは、せめて精神だけでも鍛えようって意図なんだけどな。けどダメだ。色んなことを考えちまうよ」
一呼吸入れて、
「互いの家を考えると、オレっちがソルバ家に婿入りする方がいいとかな。だが、フランの家は伯爵家でフランは一人娘だ。問題は山積みだよ。とにかく、オレっちはマジで頑張らねえといけねえ」
――ジェイクさん、真面目だ……。
コウタとアルフレッドはそう思った。
そうしてジェイクは再び座禅を組むのであった。
何はともあれ。
ジェイクとフラン。二人の未来に幸あれ。




