第二章 花嫁の決意③
一時間後。ムラサメ邸の一室にて。
エリーズ国の騎士学校の制服に着替えた少年は黙々と手を動かしていた。
黒髪で黒い瞳の十六歳の少年。
コウタ=ヒラサカである。
彼は出立のための荷物を確認していた。
と言っても、元々拉致されてこの里に来たコウタの私物などほとんどない。
確認はすぐに終わって、コウタは手持ち無沙汰になった。
途端、コウタは深々と溜息をついた。
「……ム。ドウシタ。コウタ」
と、そこに声を掛ける者が現れる。
紫色の鎧にヘルムの上に乗った金の冠。
幼児並みに小さな騎士。自律型鎧機兵である零号だ。
がしゅん、がしゅんと近づいて来る零号の隣には、同型だが目も冴えるような蒼色のゴーレム――コウタお手製の悪竜のお面を付けたサザンXの姿もあった。
「……ナンデ、タメイキ?」
サザンXが小首を傾げて尋ねてくる。
コウタは二機に目をやった。
「……いや、自分に少しうんざりして……」
「……リッカモ、嫁二、シタコトカ?」
と、零号がずばり突いてくる。
コウタは胸を抑えて「うぐっ!」と呻いた。
「……コレデ、コウタノヨメハ、八ニン二、ナッタナ」
と、指を両手で八本立ててサザンXも言う。
コウタはさらに呻いた。ただ、すでに「あれ?」と眉をひそめて、
「メルにリノ。リーゼにエル。アヤちゃんにジェシカさん。そしてリッカ。七人だよ。ボクの好きな人は」
「……アイリヲ、カウント、シテナイゾ」
零号がそう指摘すると、
「いや、アイリも大切だけど、あの子はボクにとっては妹だよ」
コウタはそう告げる。これは紛れもなくコウタの本心だった。
「……フクチョウガ、イチバン、タナン」
と、サザンXが気の毒そうに呟いた。
「……トモアレダ」
零号は言う。
「……ソコハモウ、覚悟ヲ決メロ。誰モ離シタクハナイノダロウ?」
「……うん」
零号の問いかけに、コウタは少し躊躇しつつも頷く。
「そこは自分でも覚悟しているよ。あの世界で何度も考えた結果だし」
なにせ、あの二年間の過酷な精神修行の果てに至った結論である。
何気にリッカと過ごすことで八ヶ月間も上乗せされていた。
それも踏まえて改めて自覚する。
きっと、この結論はもう変わらないと。
「嫌われるかもしれないけど、皆には本心を告げようと思ってる」
実際に、エルとリッカには本心をすでに告げている。
彼女たちはコウタのロクでもない強欲を受け入れてくれていた。
アヤメに関しては本人の方から提案していた。
まだ面と向かって話していないが、リノとジェシカも受け入れてくれると思う。
問題は、メルティアとリーゼだった。
「ううゥ……」
コウタは頭を抱えた。
「メルもリーゼも大切なんだ。けど、二人は公爵家の令嬢なんだよ?」
「……ソレヲイウノナラ、エルハ、オウゾクダ」
「うぐっ」
サザンXのツッコミに呻くコウタ。
「い、いや、そうだけど、メルとリーゼは凄く身近っていうか、特にメルはボクの幼馴染で恩人のご当主さまの一人娘なんだし……」
「……ソレヲ気ニスルナラ」
零号は肩を竦めて告げる。
「……コウタガ、大成スレバイイ。コウシャク令嬢モ、異国ノヒメモ、嫁二シテモ、ダレモガ納得スルヨウニ」
「……ウム。ソレガイイ」
サザンXも頷く。
「……コウタ、オウニナレ。『クラインオウコク』ヲ、サイケンシテ、オウ二ナルノダ」
「ボクの村を勝手に王国にしないでよ!?」
愕然とした様子でコウタは叫ぶ。
「兄さんなら出来そうだけど、ボクにはとても無理だよ……」
「……コウタハ、才ハアルガ、自信ガナイ」
零号が厳しいことを言う。
「……シカシ、奪ウト、キメタノナラ、テッテイシテ、強欲ヲ貫ケ。躊躇ハ、相手ヲ不安二サセルダケダ。何ヨリ失礼ダ」
「……………」
コウタは無言だった。
「……ワガ御子ヨ」
零号は破壊の魔竜として告げる。
「……アマスコトナク喰ライツクセ。贄ナル花嫁タチガ、コウタニ、スベテヲ望マレテ、幸セダト思ウヨウニ」
「……やっぱり零号って邪悪寄りな気がする」
コウタはそう呟きながらも、
「けど、努力はするよ。彼女たちがボクを受けれてくれるように。彼女たちの家族も納得できるように」
と、決意を告げる。
すると、その時だった。
「……コウタ? もう起きてるかい?」
そんな声が部屋の外から掛けられた。
知っている少年の声だ。
「あ。うん。起きているよ。入っていいよ」
コウタはそう告げた。
「うん。じゃあ入るよ」と答えて入ってきたのは真紅の髪の少年だった。
年の頃はコウタと同じ。皇国騎士団の黒い騎士服を纏う人物。
コウタの友人であるアルフレッド=ハウルだ。
「おはよう。アルフ」
「うん。おはよう。コウタ」
二人は挨拶を交わす。
それからアルフレッドは室内を見渡した。
「コウタも出立の準備が出来てるみたいだね。けど」
そこで眉根を寄せる。
「ここにもジェイクはいないんだ?」
「ジェイク?」
コウタはもう一人の巨漢の友人、ジェイクの顔を思い浮かべる。
「いや来てないよ。ジェイクがどうしたの?」
「いや、僕とジェイクは同室なんだけど、ジェイクは朝一で出立の準備をした後、最後に少し散策してくるって言って出て行ったまま、まだ戻ってきてないんだ」
「へえ~」
そこでコウタはピンとくる。
「あ。もしかして」
「うん。そうかもね」
コウタの勘に気付き、アルフレッドも苦笑を零す。
そして、
「「きっとソルバさんに会いに行ったんだ」」
二人は声を揃えて言った。
「二人って最近、結構いい雰囲気だったからね」
「うん。確かにね」
アルフレッドの感想にコウタも同意する。
痛い失恋を経験したジェイクだが、そろそろ新しい恋を初めてもいい頃だ。
そして、あの二人はとてもよく似合っていると思う。
二人で初々しく手を繋いでるところも見たことがあるし、ジェイクが彼女に愛称で呼ばれていることも知っていた。
「けど、この旅が終わると」
アルフレッドは腕を組んで神妙な顔を見せた。
「しばらくソルバさんとも会えなくなるからね」
「うん。そうだね」
フランは皇国。ジェイクはエリーズ国に帰国することになる。
会う機会はほとんどなくなることだろう。
きっとジェイクも寂しさを感じているに違いない。
「少し離れてしまうけど、二人の仲が上手く行くといいね」
「うん。そうだね」
コウタたちは朗らかに笑った。
(まあ、まだ少しシャルロットさんのことを引きずっているみたいだけど)
だが、それも時間が解決してくれるはずだ。
そして、穏やかなソルバさんならジェイクに相応しいと感じていた。
(本当に上手くいったらいいな)
もしかしたら文通の約束でもしにいったのかも。
そんなことを思うコウタだった。




