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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第2部

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第六章 闇の中で……。①

 暗い暗い、執務室にて。

 ――カラン、と。

 ハワード=サザンは、ワイングラスを傾けていた。

 眼前には開けた大きな窓があり、わずかに風が吹き込んでいる。

 外には明るい月と瞬く星。そして街明かりが輝いていた。



「……ふん」



 紅いワインを一口呑み、ハワードは目を細めた。

 彼はこの景色が好きだった。

 わざわざ照明を落としているのも、この景色を楽しむためだ。

 光とは、闇の中でこそ映えるモノ。

 ハワードの美学の一つである。

 そして彼が再びワイングラスに口をつけた時。


 ――コンコン、と。


 執務室のドアが鳴った。

 ハワードはドアを一瞥して「開いている」と告げた。

 するとドアの向こうにいる人物は「失礼いたします」と返答し、入室してきた。

 入ってきたのは、四十代後半ほどの体格のいい男だった。



「……ルッソか」



 ハワードが壮年の男を見やり、ワインを少し揺らした。

 男の名前はベン=ルッソ。先代からサザン家に仕える執事長である。



「旦那さま」



 ルッソは深々と一礼すると、主人に報告する。



「ワイズが動き出したようです」


「……そうか」



 ハワードは、執務机の近くまで歩み寄ると、グラスをコツンと置いた。



「ワイズめ。相変わらず行動が速い奴だ」



 そう言って、ハワードは昔を懐かしむように苦笑をこぼした。

 五年ほど前に気まぐれで拾った男だが、その部下も含めてかなり重宝した。

 恐らく、今回もハワードの望む結果を出してくれるだろう。

 本当に役に立つ人材だった。



「……ふん。さて」



 ハワードは、ルッソを一瞥して告げる。



「では、我々も準備をすることにしようか」



       ◆



「……ふう」



 夜風が心地良い三階のバルコニーにて、コウタは小さな溜息をついた。

 時刻は夜の十時頃。コウタは、つい先程まで泣きじゃくるメルティアを、必死に宥めていたのだ。この上なく骨の折れる仕事だった。



「はあ……プレゼント、か」



 バルコニーの手すりに両腕を置き、コウタは再び溜息をついた。

 彼女の話と様子からすると、リーゼにはプレゼントを贈ったのに、自分には贈られなかったことが、とてもショックだったらしい。



『コ、コウタは、私のことは嫌いなのですか?』


『そ、そんなことないよ!』



 金色の瞳に涙を溜めるメルティアに、コウタは本当に慌てたものだった。

 結局、パドロに戻り次第、メルティアにも、何かプレゼントを贈るということで決着したのだが、そこまで至るのに二時間も要したのだ。



「けど、考えてみれば、メルにプレゼントなんてしたことがなかったな」



 コウタは、少し反省した。

 恩という意味では、メルティアにこそ真っ先に感謝の証を贈るべきなのだ。あまりに近くにいたため、その発想を失念していたのは迂闊だった。



『なあ、コウタ。言葉で感謝を伝えるのもいいが、機会があんなら、感謝を形にして贈んのも大切なことなんだぞ』



 村にいた頃の兄の言葉が蘇る。今回、リーゼにプレゼントを贈ったのも、兄の言葉が脳裏に浮かんだことが、理由の一つだった。

 だというのに、最も感謝を贈るべき相手のことを忘れるとは。



「はあ……ボクはやっぱりまだまだだよ、兄さん」



 夜空の星を眺めて、コウタは呟く。

 そこでは、兄が呆れ果てた笑顔を浮かべているような気がした。

 コウタはそんな自分の妄想に苦笑を浮かべつつ、



「けど何を贈ろうかな? まあ、メルなら何でも似合うだろうけど……」



 と、贈るべきプレゼントを今から考えていたら、



「……ヒラサカさま。宜しいでしょうか?」



 唐突に、後ろから声をかけられた。

 コウタが驚いて振り向くと、そこには恭しく頭を下げる女性がいた。

 レイハート家のメイドであるシャルロットだ。



「あ、シャルロットさん。こんばんは。何かご用ですか」



 と、コウタが頭を下げて尋ねると、



「はい。実は先程、オルバンさまからお話をお聞きしました」



 シャルロットは、表情を変えずにそう答えた。

 コウタは「ああ、なるほど」と納得した。

 そう言えば、コウタがメルティアを宥めるのに必死な時に、ジェイクは先にシャルロットの所へ行くと言っていた。



「……例の襲撃の件ですか」


「はい。オルバンさまはご自身の推測と共に――」



 そこで、シャルロットは少しだけ困惑するような表情を浮かべるが、



「とても詳しくお教え下さいました」



 と、すぐに平静を装って言葉を続けた。

 コウタは訝しげに眉根を寄せる。



「あの、シャルロットさん? ジェイクと何かあったんですか?」


「……いえ」



 シャルロットは、かぶりを振り、



「ただ……オルバンさまは、その、襲撃の件以外にもとても熱心に語られまして、少々驚いただけです。饒舌な方であるイメージがありませんでしたので」


「……は、はあ、そうですか」



 コウタは何となく察した。

 確か、ジェイクはこの目の前の女性が想い人だと言っていた。きっと普段は豪胆なジェイクでも流石に緊張して、必要以上に饒舌になってしまったのだろう。



「今時の学生は、いきなり『結婚して下さい』という冗談を言うのですね」


(ジェ、ジェイク……)



 どうやら、ジェイクは相当テンパったらしい。

 時に老獪な雰囲気を放つジェイクも、やはり十四歳の少年なのである。

 ともあれ、コウタは気を持ち直し、



「そ、それで、シャルロットさん。襲撃の件ですが……」


「はい。ヒラサカさまとオルバンさまの推測は正しいと私も思います。リーゼお嬢さまは今も狙われている可能性があります。ですが――」



 シャルロットは渋面を浮かべた。



「現状、護衛を呼ぶにも夜間伝達用の梟がいません。かと言って、今からパドロに戻るのも危険です」


「そうですね。夜間に移動するのは相手にとっては襲撃の絶好の機会ですし、朝一に出立するのが無難ですよね。けど……」



 そこでコウタは、真剣な顔つきを浮かべて。



「一応、他の対策も考えています。聞いてくれますか」



 そう切り出して、シャルロットに説明をし始めた。

 彼女が真剣な面持ちで、話に耳を傾けて数分後。



「……なるほど。分かりました。その対策をお願いします」



 と、シャルロットは首肯した。コウタも「はい」と頷き返す。



「けど、充分気をつけ下さい。一応みんなにもこのことを」


「はい。お伝えしておきます」



 シャルロットは、そう答えると、「では、まだ仕事がありますので失礼します」と言葉を続けて一礼の後に踵を返した。

 コウタは彼女の後ろ姿を眺めて――ふと、あることを思いつき、声をかけた。



「ああ、そうだ。シャルロットさん。素朴な疑問なんですが……その、シャルロットさんには、意中の方とかはいらっしゃらないんですか?」



 シャルロットはピタリと足を止めて。



「ヒラサカさま? その質問には、どういう意図があるのでしょうか?」



 振り返って眉根を寄せる。



「え? あ、いえ、昨日、サザン伯爵がいらっしゃったじゃないですか。シャルロットさんはサザン伯爵と同級生だったそうですし、その……」



 と、言葉を詰まらせるコウタに、シャルロットは納得した。



「ああ、そういうことですか。私とサザン伯爵が恋仲だったのではないかと」


「い、いえ、まあ、そこまでは……」



 コウタはボリボリと頭をかいた。シャルロットは口元を綻ばせる。



「私とサザン伯爵が、恋仲だったことはありません」


「あっ、そうなんですか」



 と、内心でホッとするコウタだったが、



「ですが意中の男性ならいますよ」


「………え?」



 コウタは目を丸くした。



「え、も、もしかして、恋人がいらっしゃるんですか?」



 と、コウタが少し動揺して尋ね返す。

 ジェイクのために、それとなく情報を探ってみようかと思っただけなのだが、下手すると親友を地獄に突き落とすような行為だったのか。

 そんな後悔を抱くコウタだったが、シャルロットの返答は少し違っていた。



「恋人ではありません。私が『彼』と会ったのは四年前の一度だけ。それも少々厄介な事件に巻き込まれていたため、ゆっくりと会話をした記憶もありません」



 と、自分の台詞に苦笑を浮かべるシャルロット。

 彼女はさらに言葉を続けた。



「ですが、『彼』との出会いが今もずっと心に残っているのです。変ですよね。『彼』は私よりもかなり年下なのに」


「そ、そうなんですか」



 少し唖然としてコウタは呟く。シャルロットの想い人が、歳の離れた年下というのは朗報かもしれないが、やはりジェイクとってはかなりの悲報のようだ。



「そ、その、シャルロットさんは年下が好みなんですか?」



 せめて一つだけでも前向きな情報が欲しい。

 そう思い、コウタが尋ねると、シャルロットは小首を傾げた。



「いえ、特に意識したことはありませんね。そもそも『彼』は子持ちで、そんなことに気を回す余裕もありませんでしたし」


「え? ええっ!? こ、子持ち!?」



 まさか、シャルロットの想い人とは既婚者なのだろうか。

 予想外の情報に、ただただ愕然とするコウタ。

 一方、シャルロットは、もう会話は終わりとばかりに沈黙する。

 そしてしばしの間、コウタを吟味するように見据えつつ。

 シャルロットは、小声でポツリと呟いた。



「襲撃を防いでくれた件。次に備えた対策。お嬢さまを大切に思っていることは良く分かります。どことなく『彼』にも似ていますし、まあ、仮合格としておきますか」


「……? シャ、シャルロットさん?」



 コウタは眉を寄せる。小声すぎて聞こえなかったのだ。



「どうかしたんですか?」



 と、尋ねたら、シャルロットは「いえ」と呟き、



「では、失礼します」



 シャルロットはそう告げて一礼すると、今度こそ立ち去って行った。

 残されたコウタはしばらく唖然としていたが、不意に大きく息を吐いて脱力すると、再びバルコニーの手すりに両腕を乗せて体重をかけた。


 そして一人空を見上げる。

 夜空は、月と星のおかげで明るい。

 実に活動し(・・・・・)やすい夜だった(・・・・・・・)



「まあ、賑やかな夜にならなければいいんだけど」



 そう言って、コウタは皮肉気に笑った。

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