第八章 緋はまた昇る⑥
「……ありゃりゃ」
ステラクラウン。
雲に覆われた迷い森の遥か上空にて。
椅子に座るように足を組み、双眸を閉じていた黄金の少年は苦笑を零した。
「ダイアン君。凄い末路を迎えたね」
救ってやることは出来た。
しかし、あえて彼は手を出さなかった。
観客が舞台に割り込むなど、マナー違反もよいところだからだ。
「これも彼女の執念の勝利か」
まさかダイアンに引導を渡すのが彼女になるとは思わなかった。
「彼女の心まで堕としきれなかったダイアン君の詰めの甘さが招いた結末か」
少年はクツクツと笑う。
まあ、予定通りに行かなかったことは不満ではあるが、なかなかに良いモノが見れたのでこれはこれで愉しかった。
「どの世界でも人間とは面白いものだ」
双眸を細めてそう呟く。
「けど、ダイアン君が死んじゃったから、新しい手駒が必要になるな」
ダイアンは、あれはあれで面白い人間だった。
彼の代わりとなると、選出に悩むところだった。
「次はどんな人間がいいかな?」
おもむろに、あごに手をやった。
と、その時だった。
「……優雅ナモノダナ」
不意に。
天上にいる彼に声を掛ける者がいた。
足を組んだまま少年が見やると、そこには――。
「……へえ」
興味深そうに双眸を細めた。
「わざわざ顔を見せに来てくれたんだ」
そう離れていない白雲の一つ。
そこに巨大な影が映っていた。
まるで雲の中に潜んでいるように三つ首の魔竜の影があった。
「こうして話をするのは初めてだね。煉獄王」
少年は影の名を呼んだ。
対し、竜の影は瞳を赤く輝かせる。
「……ソウダナ」
竜の影は答える。
「……ダガ、ワレハ、対話二キタ訳デハナイ」
「……ふ~ん」
手の甲にあごを置く少年。
「まさか僕と戦いに来たの?」一拍おいて、小馬鹿にするように笑う。「そんな不完全な姿で?」
「……フン」
少年の挑発――いや、侮蔑に竜の影は鼻を鳴らす。
「……確カニ、今ノワレハ不完全ダ。ダガ小僧」
ゴゴゴゴ……。
雲が流動して大気が震える。
三つ首の竜頭がそれぞれアギトを開く。
「……ワレヲ、侮ルナ」
一気に威圧が増大した。
流石に少年も表情を改めた。
「……そう」
足を組むのを止めて宙空に立つ。
「君のことは他の神からの見聞でしか知らないけど、そんな姿であっても、神々を震え上がらせた煉獄の魔王は健在ってことか」
言って、指先を向ける。
「人間相手に僕が直接手を下すのは大人げないと思ってたけど、同じ超越者である魔王相手なら仕方がないね」
そうして、穏やかな微笑を見せて告げる。
「じゃあ、殺し合おうか。煉獄王」
一方、竜の影は、
「……断ル」
そう答えた。
少年は「え?」と目を瞬かせる。
「……ワレガ、手ヲクダシタイトコロダガ、ココハ、ヤハリ彼女ノ世界」
一拍おいて、
「……懲罰ハ、彼女二任セルコトニシヨウ」
「……何を言って……」
少年が訝し気に眉根を寄せた、その時だった。
――ギュボッッ!
それは唐突に現れた。
空を裂き、雲さえも貫いて。
黄金の閃光が、背後から少年の心臓に突き刺さった。
「………は?」
少年は唖然として、自分の胸板に目をやった。
そこには黄金に輝く槍が突き刺さっていた。
「……黄金ノ神槍」
その傍らで竜の影が告げる。
「……戦女神ノ、槍ノ威力ハ、知ッテイヨウ」
――ゴフッ!
少年は吐血した。
直後、絶叫が響く。
黄金の槍の柄を掴み、血を撒き散らせて天を見上げる少年の絶叫だ。
「……ワレモ、経験シタガ、ソレハ、痛烈二、キツイゾ」
そんなことを竜の影は告げるが、少年は聞いていない。
ひたすらに絶叫を上げ続ける。
同時に槍を引き抜こうとするが、ビクともしないようだ。
そして――。
ボロボロ、と。
少年の顔色が土色――否、土そのものと化して全身が崩れ落ちていく。
「……痛ミニ、耐エカネタカ」
竜の影が呟く。
あまりの痛みに、この世界での依り代を破棄したのである。
少年だった土塊はもはや人型も保っていられず、地面へと落ちていった。
黄金の少年は土塊で造られた人形。
俗にいうアバターである。
神々が好んで使う手法だった。
だが、アバターであっても、神槍で貫かれたダメージは凄まじい。
本体も数十年は苦痛でのたうち回ることになるだろう。
「……安全ナ場所デ、調子二、乗ルカラダ」
鼻を鳴らして竜の影は前を見やる。
土塊はすでにない。
そこにあるのは、宙で停止する黄金の神槍だけだ。
竜の影と神槍は、しばし対峙する。
――と。
――ヒュン。
何の前触れもなく黄金の神槍は姿を消した。
「……ドウヤラ、ワレノホウハ、見逃シテクレタカ」
苦笑混じりに竜の影は呟く。
まだ様子見なのかもしれないが、今は害なしと判断されたということか。
いずれにせよ、招かざる者はこれで退場した。
「……サテ」
雲に映る竜は、遥か地表に目をやった。
超越者の眼差しは、そこにいる存在を見つける。
自分の代行者たる悪竜の騎士の姿である。
「…………」
代行者は森の中を疾走していた。
だが、その先に待つのは――。
「……コウタ」
破壊の魔竜は、辛そうに三対の双眸を細める。
「……ワガ御子ヨ。コレモマタ運命カ」
そう呟いた。




