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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第14部

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第八章 緋はまた昇る➄

「………は?」


 気付いた時。

 ダイアンは遥か上空にいた。

 異界の空だ。

 横には雲。眼下には森に覆われた大地が見える。


「―――はあッ!?」


 思わず目を見開いた。


「待て待て待てェ!?」


 ジダバタと四肢を動かすが、空中では掴めるモノなどない。

 強風を受けつつ、ダイアンは落下した。


「あのクソ女アアアアアッ!」


 よりにもよって。

 あの女は、こんな場所にダイアンを転移させたのだ。

 ダイアンを異界に閉じ込めるのではなく、確実に殺すために。

 高さ的には五百セージルほどか。

 人間が落下して助かるような高さではない。


「ふざけんなあああああああ――ッッ!」


 ダイアンは絶叫した。

 時間停止を使ってみるが、それでダイアン自身が停まる訳でもない。

 死のダイブは続行された。


「クソオオオオオオオオオオオオ――ッッ!」


 声が枯れんばかりに絶叫を続ける。

 地表は凄い勢いで近づいてくる。

 このままでは助からない。

 もし、助かる可能性があるとすれば――。


(木だ!)


 このまま落下すればまず木にぶつかる。

 その際に枝を掴むのだ。

 こんな高さからの落下である。ただでは済まないだろうが、木の枝と自分の手足を緩衝材にすれば、どうにか即死だけは免れるかもしれない。


 一縷の希望を抱いてダイアンは身構えた。

 そして、


「ぎゃあああああああああ――ッッ!」


 悲鳴と共に大樹にぶつかった。

 無数の木の葉に視界を覆われる。顔や腕が枝で切り裂かれる。それにも構わず手を伸ばすと、太い枝で腕がへし折られた。


「ひぎゃあああ――ッッ!」


 激痛を堪えて四肢を伸ばす。枝によって四肢は次々とへし折られる。それも一度だけではなく何度もだ。ダイアンは口元から泡を吹いた。

 だが、その甲斐あってか、


 ――ザザザザザ……ドンッ!

 落下の衝撃は大幅に減衰されていた。

 地面に叩きつけられても即死しないほどにはだ。


「ひ、ひぎ、が……」


 だが、それでもダメージは凄まじい。

 四肢は粉砕されて、最後の衝撃で内臓もやられたようだ。

 口元から涎と混じった吐血もしていた。

 しかし、それでも、


(い、生き延びてやったぜ……)


 あの女の最期の悪足掻きを乗り越えた。

 この異界には館がある。ダイアンにとっての拠点だ。

 そこに辿り着けば治療も可能なはずだ。


「は、あ、はあ……」


 ダイアンは芋虫のように這いずって前に進もうとした。

 その時だった。


「……グルルゥ」


 ダイアンは、ゾッとした。

 どこからか唸り声が聞こえたのだ。

 この異界には、独自の生物も存在している。

 面白半分の狩りでよく遊んだものだ。

 それを思い出して、ますます血の気が引いた。

 すると、


「……グルルゥ」


 再び唸り声が響く。

 それも一つや二つではない。

 周囲の茂みの至るところから聞こえてきたのだ。

 そして、それらは姿を現す。


「う、あア……」


 ダイアンは茫然とした。

 それらは灰色の毛並みの狼だった。

 正確には狼に似た生物だ。

 しかし、鋭い牙と爪。

 そして獰猛さは狼と何ら変わらないケダモノどもである。

 狼どもは警戒しつつも、ダイアンに近づいてくる。


「く、来るんじゃ、ねええ!」


 ダイアンは時間を停めた。

 狼どもは動きを止める。

 しかし、三秒もしない内に再び動き出した。


「く、くそッ!」


 ダイアンは、青ざめて再び時間を停める。

 狼どもは止まる――が、今度は二秒と停止しなかった。

 ダイアンは必死になって時間を何度も停める。

 しかし、停止できる時間はみるみる短くなっていった。

 それに合わせて鼻血も止まらなくなる。


 狼どもは目前にまで迫っていた。

 まるで命を懸けた子供の遊戯のようだった。


「――旦那ああああ!」


 ダイアンは、空に向かって絶叫した。


「助けてくれええェ! 助けてくださいいいイィ!」


 助けを求めるが、何の反応もない。

 ただ近くの鳥が驚いて羽ばたいていくだけだ。

 そうしている内に、狼の一頭がダイアンの折れた右腕に喰らいついた。


「ぎゃあああああああああ――ッッ!」


 ここまで酷く負傷していても痛覚だけはまだあった。

 激痛に、ダイアンは叫び続ける。


「やめろおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」


 絶叫と共に狼を見やると、ダイアンの右腕に牙を突き立てていた狼は、何故か離れて行こうとしていた。ダイアンが「はあ?」と唖然とすると、


「う、あ……」


 思わず言葉を失った。

 狼は、食い千切ったダイアンの右腕を咥えていたのである。


「か、返せえええ! 俺の腕ええええ!」


 そう叫ぶが、今度は大腿部に痛みが奔る。別の狼が喰らいついたのだ。

 ダイアンは激痛に悲鳴を上げた。

 それを切っ掛けに狼どもが一気に襲い掛かってきた!

 ダイアンの目には、闇が覆いかぶさってくるように映った。

 そして――。


 ガツンッ! ガツガツ、ゴリッ、バキンッ……。

 恐ろしい音だけが響いた。


(やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ、やめてやめてやめてごめん、ごめんなさい。ごめんなさい。おれがわるかった。ゆるして、くうな、おれをくうな、くうな! やろめやめろやめろやめろおおおおおおお)


 もう声も出せない。

 牙は血に塗れていく。

 そうして、


(うあ、うああぁ……やめ、て………)


 いつしか。

 ダイアンの意識は、闇の底へと消えていったのであった。






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