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悪竜の騎士とゴーレム姫【第16部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第14部

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第八章 緋はまた昇る②

 そうして。

 ズズズ、と。

 胴体が斜めにずれ落ちる鎧機兵。

 それを見やり、


(……これは)


 コウタは、強い違和感を覚えた。

 どうにも手応えがない。

 まるで何も入っていない抜け殻でも切り裂いたような感触だ。

 愛機を通じて奇妙な気持ち悪さが伝わってくる。

 そして、


 ――ゴドンッ!

《ガガリア》の胴体より上が、完全に地面に落ちた。


(やっぱり!)


 コウタは表情を険しくする。

 見事な切断面を見せて大破した敵機。

 しかし、剥き出しになった操縦席には、あの男の姿がなかった。

 それどころか誰もいない。空席だった。

 やはりすでに抜け殻だったのだ。


『――エル! 気を付けて!』


 コウタは、エルに向けて叫ぶ!


『奴が逃げた! たぶん異界に避難したんだ!』


 刃が届く寸前。

 咄嗟にあの男は異界へと転移したのだ。

 緊急避難と同時に仕切り直しを狙ってか。


(狙うとしたら)


 コウタは、表情を鋭くしてエルの方を見やる。


『気を付けて! どこかで君を狙っているかもしれない!』


「分かった!」


 コウタの警告にエルは頷いた。

 周囲を警戒しつつ、命綱とも言える兜兎をより強く抱きしめる。

 胃と背中を圧迫された兎は「ボエェェ!」と鳴いた。

 今ここで兜兎を逃がしてしまうか、または殺されでもすれば、エルも異界に連れ込まれてしまう危険性がある。

 コウタも《ディノス》を身構えさせて周囲を警戒する。


 十秒、二十秒と沈黙が続く。

 ――と、


(……え?)


 眉をひそめた。

 ふと《万天図》に視線を向けた時だった。

 一つだけ光点が映っっていた。

 ここから百セージルほど離れた位置か。

 そこに、八百程度の恒力値が記されていたのである。

 戦闘用の数値ではない。

 農作業用の鎧機兵よりも低い値だ。


 いや、そもそもこれは鎧機兵なのだろうか?

 どうしてこんなモノが急に現れたのか?


「何だ? これ?」


 コウタが眉根を寄せて疑問を抱いた時。


『……コウタ!』


 不意に声が聞こえた。

 脳に直接響く声。零号の声である。


『……マズイ! 外道ガ、逃ゲル!』


 遠話でそう警告する。

 コウタはハッとして《万天図》の光点を凝視した。

 光点は、今もかなりの速度で遠ざかっている。

 まるでここから逃げるかのように。


「これがそうなのか!」


『……外道ノ匂イガ、ドンドンコウタカラ、遠ザカッテイル!』


 零号がそう告げる。

 もはや疑いようもない。

 恐らくは、移動だけに特化した鎧機兵か。

 この恒力値の低さからすると、従来の機体系統とは全く違う、メルティアの着装型鎧機兵のようなモノなのかもしれない。

 いずれにせよ、逃走時のための機体も用意していたということだ。


(本当に抜け目のない!)


 コウタは歯を軋ませる。

 醜態を見せつつも、逃走の算段をつけているとは……。


(けど、ここで逃がす訳にはいかない!)


 コウタは表情を引き締めた。

 戦闘力こそ、これまでの強敵に比べれば格段に低い。

 弱いとまでは思わないが、《九妖星》には遥かに及ばない。

 と言うよりも、比べること自体が、おこがましいレベルである。戦闘時には何やら不思議な技を使っていたようだが、それも障害というほどでもない。

 今のコウタにしてみれば、苦戦することもない相手だろう。


 だが、あの男の危険度は群を抜いている。

 その精神性が、あまりにも歪んでいた。

 静かに這いよって絡んでくる蛇のような男。

 断じて、ここでみすみす逃がしてはいけない相手だった。


『――エル!』


 コウタは険しい表情でエルを一瞥した。


『奴はすでに逃げている! ここから離れた場所だ!』


「――え」


 エルは目を見開いた。

 コウタは、さらに続ける。


『君の拉致から逃走に切り替えたんだ! ボクはあの男を追う! 君はアルフやジェイクたちと合流しておいて!』


「分かった!」


 エルは即答した。


「コウタ! 最後まで気をつけろ! 奴は狡猾だ!」


 そう叫んで返す。

 腕の力が入ってか、兜兎も「ボエェェ!」と鳴いた。


『――うん』


 コウタの操る《ディノス》が首肯する。


『油断はしない』


 そう答えて、コウタは《ディノス》を走らせた。

 邪魔な木々を縫うように疾走する。


(くそ!)


 しかし、全力疾走には程遠い。

 鎧機兵で走るには、木々の間隔が狭すぎる。

 跳躍して距離を詰めたくとも、それも木々が邪魔で出来なかった。


(……あの男)


 この状況にもコウタは歯を軋ませる。

《万天図》の光点の移動速度が落ちる様子はない。

 あの男は、最初からこの地形も想定に入れている。

 森の中でこの速さ。

 推測だが、この光点はそもそも鎧機兵ではないような気がした。

 逃走用なら別に人型にする必要もない。

 この地形でも素早く移動できる専用の道具。

 背に乗るような獣型か、もしくは車輪でも着けた馬車のようなモノ……。

 そんな感じの道具を用意したのではないのだろうか。

 自作したのか、それともコウタの知らない乗り物でもあるのか。


(詳細は見るまで分からないけど……)


 いずれにせよ、この現状は非常にまずかった。

 距離を詰めるどころか、少しずつ開いていっているのである。

 明らかに小回りが向こうの方が上のようだ。


(……くッ)


 ギリ、と再び歯を軋ませる。


(まずい。このままじゃあ追いつけない)


 どうすればいい――。

 焦燥と共に、コウタは強く操縦棍を握りしめた。




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