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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第14部

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第七章 悪竜の逆鱗②

「――ぷはあ」


 その時、エルは水面から顔を出した。

 突如、放たれた洪水。

 槍を構えていたアルフレッドも、エルの肩を掴んでいたジェイクも含めて、ほとんどの者は水流に流されてしまった。

 当然ながら、エル自身も含まれる。

 水流に呑み込まれてもがいていたところで木にぶつかり、どうにか水面に顔をだすことが出来た。ケホケホと水を吐き出しながら周囲を見やると、徐々に水流は収まっており、水かさは腰辺りにまでなっていた。

 全身の痺れは、すでに動ける程度には回復していた。

 背後には木もあるため、水流に捕らえられることもない。

 だが、周囲には人の気配はなかった。アルフレッドもジェイクの姿もない。代わりに兎のような小動物がもがきながら流されていた。


「……く」


 エルは顔の水を拭った。

 恐らくこの水攻めで死者までは出ないだろう。

 しかし、完全に孤立してしまった。


(あの男……)


 異界の宝珠の使い方を熟知している。

 この膨大な水は、異界の湖か海にでも繋げたのだろう。

 そして自身は異界に避難しているはずだ。


(このまま逃げる気か? いや……)


 あの男は、エルに執着していた。

 自分の本性が、すでに見抜かれている可能性を知りながらも、エルの拉致を強行しようとしていた。

 その上で最後の台詞。

 恐らくまだ諦めていないはずだ。


(一人はまずい。せめて鎧機兵を……)


 そう考えて、腰の短剣に手を掛けるが、「く」と呻く。

 そこには短剣がなかった。

 どうやら水流に巻き込まれた時に流されてしまったようだ。

 探そうにもまだ一面は水だらけだ。

 どうすれば――。

 と、迷った時だった。


(え?)


 エルは目を瞬かせた。

 周囲を窺っていたら、突如、白い物体が目の前に現れたのである。

 水流に流れてきたそれは、エルの腹部に直撃する。

 相当に重かった。

 思わずエルは「ゴフッ!」と息を吐いた。

 ただ、反射的に、その白い物体を両腕で掴んでいた。

 重くはあるが、同時に凄く柔らかい物体だった。


「な、なんだ?」


 エルが見やると、それは巨大な兎だった。

 ――いや、厳密にいえば兎によく似た生物である。

 垂れた長い両耳に、今は水に濡れているが本来はふわふわとした体躯。柔らかな体に比べて、頭部だけはまるで兜をかぶったような外皮で守られている。

 いわゆる魔獣の一種である。名前は《滅兎(メット)》といった。

 背後から抱えられた兜兎は顔を上げて、円らな眼差しを向けていた。


「これは《滅兎(メット)》か?」


 エルは、まじまじと腕の中の兜兎を見つめた。

 そう言えば、先程、兎らしきものが流されていた。

 流されていたのは《滅兎(メット)》の群れだったのだ。

 この一体は、たまたまエルの方に流されたのだろう。


「すまないことをしたな」


 エルは兜兎に謝罪した。 

 魔獣といっても《滅兎(メット)》はほとんど危険視されていない。

 戦闘能力が著しく低いからだ。

 大きさはエルが抱えてる通り、幼児ほどの大きさだ。この個体は少し大きくゴーレムより一回り大きいぐらいか。けれど、その大きさのため、本物の兎よりも俊敏さは劣る。

 主な攻撃方法は突進。頑強な頭部で体当たりをするのだ。


 しかし、よほど追い込まれない限り、それをしない。

 魔獣らしくない温厚な性格もあるが、やったところで勝てないからである。

 足の速度は成人男性ほどの速さだが、その程度の速さと、人の半分にも届かない体重を乗せたところで、その威力はたかだか知れている。

 少なくとも、他の魔獣にとっては脅威でもないだろう。


 結果、《滅兎(メット)》は最弱の魔獣となった。

 明らかな生存競争の弱者。しかしながら、それでもまだ《滅兎(メット)》が種族として生き残っているのは、《滅兎(メット)》が非常に珍しい草食型の魔獣だったからだ。

 群れを成すことで襲われても全滅はしない。

 その上、《滅兎(メット)》の肉は人間が調理してもなお非常に不味く、魔獣にしてみれば、硬い上に量も少ないため、一度捕食したことのある魔獣はあまり狙いたがらない。

 言わば、彼らは生存競争の枠外にて平穏に生きる種族なのである。


「本当にすまないな」


 エルは苦笑を零した。

 そんな彼らの平穏を壊してしまったことは申し訳なく思う。

 すると、


「ボエェェ」


 兜兎が鳴いた。

 愛らしい見た目と反した鳴き声である。


「お前、そんな声で鳴く奴だったのか」


「ボエェェ」


 エルは目を細めて笑う。

 水流はすでに膝以下になっていた。

 この水かさならば、この兜兎を解放しても問題ないだろう。

 そう思った瞬間だ。




『お、見つけたぜ。姫さん』




 いきなりそんな声が聞こえた。

 ギョッとして、エルが顔を上げると、そこには鋼の巨人がいた。

 右手にノコギリ状の鈍器を構えた騎士型の機体である。

 見たことのない鎧機兵だった。

 何より一体いつ現れたのか。エルは全く気付けなかったことに愕然とする。


「貴様! ホロットか!」


 先程の声もある。察するには充分だった。

 エルはブルブルと震え始めた兜兎を強く抱きしめて、鎧機兵を睨み据える。

 一方、鎧機兵――ダイアンは、


『おう。そうさ』


 陽気な声で答える。

 そして、


『お前のご主人さまさ。迎えに来てやったぜ』


 そう宣告した。




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