第六章 極致の剣①
エルの元に現れたダイアン=ホロット。
その話はこうだった。
――ホラン=ベース殿を見つけた、と。
しかし、彼女には深い悩みがあるらしく、出来れば殿下に相談したいと。
誰にも知られたくない。
どうか、自分に会いに来て頂きたいと。
「私が、ベース殿が隠れられている場所にまでご案内いたします」
頭を垂れて、ダイアンがそう告げる。
要は一人で自分についてきて欲しいという話だった。
「…………」
エルは、無言でダイアンを見据えた。
(いけしゃあしゃあとよく言う)
そう思う。
この男の口からホランの名が出た時点で、もはやこの男は今回の騒動の黒幕として確定したようなものだ。
内心で強い怒りを抱く。
可能ならば、この場で即座に斬り捨てたいぐらいだ。
だが、それも出来ない。
それにここまでは予測通りの流れでもある。
この男は、行方不明中のホランをダシにして、自分を誘い出す可能性が高いとコウタたちは言っていた。
この状況を利用しない訳がない、と。
そしてエルには断れない。
この男が、ホランの命運を握っているのは間違いない上に、ホランの居場所を知っていると言われれば、もはや乗る以外にない。
「……分かった」
エルは立ち上がって頷く。
「ホランは無事なのだな?」
「は。大きな負傷はされておりませんでした」
膝をついたままダイアンは言う。
恐らく、その言葉に嘘はないだろう。
だが、ホランの心においては――。
(……苛立つな。私……)
必死に怒りを抑え込む。
二年間のコウタとの修行では、未熟な精神も鍛えた。
二年前なら表情に出たかもしれないが、今のエルは心を隠す。
「そうか。安心したぞ。ではホランの元へ案内してくれ。ホロット騎士」
平然とした声でそう告げる。
ダイアンは「は」と頭を垂れた。
エルは眠り続けるガンダルフ司教へと目をやり、「お休みください」と一礼した。
そして静かに廊下に出る。
ダイアンもその後に続いた。
「では頼む」
「は。では、こちらに」
森の奥ゆえに多少遠出になります。
そう続けた。
ダイアンが先導する形でエルが続く。
エルは左目の異能を使用した。
ダイアンに気付かれない背後で、その左目が黄金に輝く。
(……なるほどな)
エルは双眸を細めた。
(……確かに強いな。負ける相手ではないが)
ダイアンの戦闘力は上級騎士に相応しいものだ。
だが、恐らくエルよりは弱い。
試合を行えば、百戦中九十戦は勝利できる相手だろう。
とは言え、実力差がそのまま勝敗に繋がるとは限らない。
様々な状況。戦術においても変わってくる。
ましてや実戦となれば尚更である。
(……ふむ)
エルはその瞳のまま、周囲も見渡した。
強力な光が幾つも映る。
これらは、コウタが用意したエルの護衛たちの光だった。
その中でも、エルを大きく凌ぐほどに強力な光はアルフレッドだろう。
彼は、かの皇国でも名高き騎士とのことだ。
これだけの布陣だ。
敗北はまずあり得ない。
だがしかし、
(異界の宝珠。あれを使われたらこの護衛も意味を失う)
エルは警戒を強くする。
それ以外にも、どんな力を与えられているのか分からない。
油断だけは決してしてはいけなかった。
そうこうしている内に屋敷を出た。
里を通り抜けて、森へと向かう。
ダイアンとて一流の実力者だ。気配を察せられないように、アルフレッドたちはある程度の距離をとって尾行をしていた。
森の中に入った。
十五分ほど進んでいく。
「……ホロット騎士」
エルはダイアンに声を掛けた。
「ホランはどこにいるんだ? ここは迷いの森だと聞く。あまり深く入りこむと迷うことになるぞ」
「承知しております。もうじきです。五分もすれば到着いたします」
ダイアンはそう答えた。
そうしてさらに五分進むと、そこは木々の開いた広場だった。
中央には大きな岩がある。
そこに一人の女性が座っていた。
黄色い髪の女性。ホランである。
彼女は、両手を重ねて淑女のように岩に腰を掛けていた。
しかし、表情が虚ろだ。生気が全く感じられない。
「……ベース殿。殿下がお出で下さりました」
ダイアンがそう声を掛けるが、彼女は返答しない。
「……殿下」
視線をエルに移すダイアン。
自分の出番はここまでだと目で語っているようだった。
エルは警戒しつつも、ホランの元に向かう。
ホラン自身がここにいるとは想定外だったが、彼女をこのままにしておけない。
ゆっくりと近づき、
「……ホラン」
彼女の名を呼ぶ。
だが、ここまで近づいても彼女は返答しない。
エルは彼女の肩に触れた。
その瞬間だった。
――バチィッ!
「――ッ!?」
エルは大きく仰け反った。
ホランの肩に触れた瞬間、雷撃が全身に奔ったのだ。
立っていられないほどの衝撃に、エルは背中から倒れ込んだ。
同時にホランも倒れ込む。
頭から倒れて、偶然にもエルの近くに顔を落とす。
(―――な)
エルは目を見開いた。
それはホランではなかった。
皮膚や血管。髪やまつ毛、瞳などすべてが恐ろしく精巧に造られているが、それはホランを模した人形だった。
「……いやあ、あの世界ってマジで便利だよな」
ダイアンが近づいてくる。
そして、倒れ伏すエルの前でしゃがみ込む。
「姫さんも経験してんだろ? あの世界は望んだものを何でも生み出してくれる。強力な兵器とか無理だとしても」
言って、ホランの人形の髪を掴んで持ち上げる。
「人形ならここまで精巧に造ってくれんだぜ? まあ、俺がホランの体を隅々まで知り尽くしてるおかげかもしんねえがな」
クツクツと笑う。
エルは、ギリと歯を軋ませた。
「き、さま……ホ、ラン、を、どこに、やった……」
「あいつは今お仕事中さ」
ダイアンは言う。
「つうか、あんたのその形相からして、やっぱ俺のことは気付いてたみてえだな」
ホランの人形を地に落として呟く。
「まあ、あんたはあの怪物小僧の女だしな。あの世界のことも経験した上で知っている。流石にバレてるとは思っていたが……」
周囲に目をやった。
「多分この近くに護衛もいるんだよな。急ぐか」
言って、ダイアンは懐に手を入れた。
エルは目を見開く。
ダイアンが取り出したモノ。
それは異界の宝珠だった。
「こいつの説明は、あんたにはする必要もねえよな」
ダイアンは嗤う。
そして宝珠を覗き込むようにして、エルへとかざして、
「そんじゃあ、ようやくあんたを拉致るとすっか。ははっ、覚悟すんだな。俺の調教はあんな小僧とはレベルが違うからさ」
そう告げるのだった。




