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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第14部

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幕間二 その声は……。

 激痛が奔る。

 痛みの原因は背中だ。

 あの男の話では、この痛みは一日ほど続くそうだ。


「……ぐ、う」


 ベッドの上で呻く。

 シーツを掴んで歯を食い縛る。

 彼女は今、全裸だった。

 あの男に施術された時の姿のままだ。


『今後、俺の女たちには全員彫るのも悪くねえな』


 そんなことを嘯きながら、あの男は彼女の背中に蛇を彫った。

 昔取った杵柄とか言って。

 だが、その施術は悪夢のようだった。

 経験があると言っても、所詮は素人に毛が生えた程度の技量だ。

 あまりの激痛に涙を零した。堪らず悲鳴を上げると「うるせえな」の一言で、即興に作った布の猿ぐつわをはめられた。暴れないように手錠で施術台に拘束もされた。


『~~~~~ッッ』


 彼女に出来たのは、目を見開くことだけだった。

 それが三時間以上も続いた。ようやく施術が終わった時、彼女は完全に血の気が引いた状態でピクリとも動かなかった。

 いつもなら、そこから奉仕を求める男なのだが、流石にこれ以上は命に関わると思ったのか、彼女は自室で休むことを許された。

 そうして、このベッドの上にいるのだが――。


 ズキン、ズキン、ズキン……。

 背中の痛みが一向に消えない。

 ――いや、これは背中の痛みなのか。


「…………」


 彼女は虚ろな瞳で自分の手のひらを見つめた。

 かつては常に豆があった、女としては武骨な手だった。

 しかし、今はそれもない。


「……私の、手……」


 彼女はグッと唇を噛んだ。

 再びこの異界に拉致されて一年。あの男に施されたのは、毎日のようなあの男の奴隷(おんな)としての徹底した調教だった。

 男の悦ばせ方も改めて徹底的に仕込まれた。

 彼女の体に対してもだ。

 もはや、自分の体であの男が知らないことなどない。

 あの男自身が、子供が出来ることを嫌って避妊薬の服用を許可してくれてなければ、とっくに妊娠していたことだろう。


 特に、あの男は心を弄ぶことを愉しむ。

 彼女を嬲り追い詰めて、いつも最後は彼女自身に求めさせることを好んでいた。

 それを屈服と考えているのかも知れない。


 ただ、彼女は快楽に負けて、あの男を求めたことは一度もなかった。

 いっそ快楽も受け入れてしまえば楽になれるのだろうが、ここまでされてもなお、あの男に嫌悪を抱き続ける自分は、やはり相当な頑固者なのだろう。


 しかし、歯向かう気概だけは完全に折れていた。

 彼女にとって、あの男は支配者であり、恐怖でしかなかった。

 このような醜悪な刺青を背中に刻まれることにも拒絶できなかった。


 そしてもう一つ。

 この異界にて、あの男に施されたことがある。


 それは暗殺者としての訓練だった。

 暗殺者は武骨な手などしていない。

 彼女は、まず剣を振ることを禁じられた。

 彼女にとっては調教よりも辛いことだった。

 教えられたことも最悪だった。

 気配の断ち方。忍び寄って喉元を掻っ切る。

 相手の物を盗み取る技法――俗にいうスリ。

 他にも女であることを利用して色仕掛けなども教わった。

 心に反する行いに、彼女の表情は徐々に消えていった。

 あの男はそれを悦んでいた。


『なかなか様になってきたじゃねえか』


 そんなことを言った。

 腕は徐々に細くなり、手の平の豆も消えていく。

 ――グッと。

 彼女は手を固めた。


「……私は」


 もはや、涙が零れることもない。

 すでに自分は騎士でない。

 それを自覚するのに充分すぎる一年だった。


「……私は……」


 父は勇敢な騎士だった。

 庭園で日々剣を振る父の姿に憧れて、彼女自身も剣を振るようになった。

 剣技だけではない。

 父のように自分も誇り高く生きようと誓っていた。


「……父さま……」


 彼女は強く瞳を閉じる。

 今の自分を知れば父はどう思うだろうか。

 助けを求めれば助けてくれるだろうか。


(……いや、ダメだ……)


 あの男は異常だ。

 あの男は情事の後、楽し気に語ったことがあった。


 ――自分は時を停められるのだと。

 馬鹿なことを言うとその時は思ったが、そうとしか思えない現象を彼女は何度も見せつけられることになった。信じ難いが事実らしい。

 父は強いが只人に過ぎない。

 歯向かえば、父は確実に殺されてしまうだろう。

 そもそも、今の自分の姿を父には見られたくなかった。

 ならば、誰に助けを求めればいいのか……。


 ――同僚の騎士たちか?

 ――ベルニカ隊長にか?

 ――それとも姫さまにか?

 いや、姫さまも同じ境遇だ。

 それどころか、姫さまはすでに心まで堕とされている。

 それに加えて、あの男の次のターゲットでもある。

 助けを求めても意味はないだろう。

 何より、ここまで穢れた自分が誰かに助けを求めるなど……。


「……私は……」


 もう助けを求める資格などない。

 後は、あの男にさらに深い闇の底へと沈められていくだけだ。

 だが、それでも一人きりの今だけは……。

 彼女はベッドの上で丸まって、小さく呟いた。


「……誰か、助けて……」


 果たして。

 彼女の声は届くのだろうか。

 届くとすれば、それは女神なのか。

 それとも――……。












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