第二章 御子の凱旋➄
《ディノ=バロウス》。
それは《悪竜》の名で知られる神話の中の存在だ。
山脈よりも巨大だったと伝わる三つ首の魔竜である。
かつて創生時代。
煉獄より現れた三つ首の魔竜は、ステラクラウンを灼き尽くそうと猛威を振るった。そのあまりの力に人々は絶望することしか出来なかった。
だが、その暴挙は降臨した《夜の女神》と七人の聖者によって阻止された。
女神の黄金の神槍によって魔竜の心臓を射抜いたのである。
女神の自らの手によって世界は救われたのだ。
しかしながら、女神の力のみで魔竜を屠った訳ではない。
多大な犠牲を払って、ようやく撃退したのである。
すなわち、三つ首の魔竜は独力で女神と聖者たちを相手に渡り合ったのである。
単独ではまさしく最強の存在。
だからこそ、コウタの愛機にその名を付けたのである。
なので、
………………………………………。
…………………………………。
…………………………。
「…………え?」
長い沈黙の後、コウタは思わず目を点にした。
次いで目を瞬かせて。
「え? 《ディノ=バロウス》って、あの?」
「……ウム。コウタノ知ル、ソレダ」
竜の影は答える。
コウタは頬を引きつらせた。
「え? 冗談? ちょっとビッグネームすぎない?」
「……ウム。悪名デモ、ビッグネームト言ワレルト、照レルナ」
三つ首の影がウネウネと動いた。
「いや、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って!」
コウタは両手を突き出してブンブンと振った。
「君って本当に神話の中の《悪竜》なの!? というより神話って事実なの!?」
そう尋ねるコウタに、三つ首の影はそれぞれ首肯して、
「……ウム。神話ハ、大体アッテルゾ」
と、平然と言う。
コウタは口をパクパクと動かすだけだった。
「……シカシダナ」
竜の影は構わず説明を続ける。
「……本来ナラ、ワレハ死ンデモ、煉獄二帰還シテ、復活スルハズダッタノダガ、思ワヌ妨害ニアッテ、狭間ノ回廊二、堕トサレテシマッタノダ」
「………あ」
コウタは不意に焔魔堂の長老たちの話を思い出した。
「そっか。『御方』さんはどこかに閉じ込められてるって話だったっけ。じゃあ、君の本体ってその狭間の回廊ってところに……」
「……ソノ通リダ」
三つの竜頭が頷く。
「……正直、何モナイ場所ダカラナ。退屈デシカタナカッタ。ダガ、冷静ニナルノニモ、充分ナ時間デモアッタ」
一拍おいて、
「……モハヤ、怒リハナイ。コウシテ、零号ノオカゲデ、退屈モナクナッタシナ」
「……脱出とかは考えてないの?」
コウタがそう尋ねると、三つ首の竜頭は双眸を細めた。
「……脱出ハ、シタイナ。ダガ、帰還ハ、ステラクラウンデハナク、煉獄デダ。マタ彼女二シンゾウヲ射抜カレテハ困ル。イタイノダ。アノ槍ハ」
「いや。心臓を射抜かれた感想が痛いって……」
と、コウタが手をパタパタと振ってツッコむ。
「……トモアレダ」
竜頭たちは笑った。
「……ステラクラウン二、災厄ヲモタラスキハナイ。コウタニハ、ワレガ煉獄二帰還デキルヨウニ、ガンバッテモライタイ」
「いや。そこってやっぱりボクが頑張ることになっているの?」
コウタは腕を組んで嘆息した。
「君とは付き合いも長いし、いつもお世話にもなっている。何度も助けてもらっているから助けてあげたいけど、それって無茶くちゃ難度が高くない?」
「……ウム。高イナ」
竜頭たちは肯定する。
「……ワレモ、ドウスレバイイノカ、ワカラヌ。マア、四方天ヤ、ソノ眷族トモ相談シテ、ガンバッテミテクレ。無理ナラシカタガナイ」
「いやいや」
コウタは目を丸くする。
「いいの? 無理でも?」
「……マア、零号機ガ、アルカラナ。ブッチャケ、精神ハスデニ解放サレテイル」
そんなことを竜の影は言う。
「……ユエニ、ワレハ、メルサマニ恩義ヲイダキ、彼女ガ愛シク、守リタイノダ」
「そういうことかぁ」
コウタは「う~ん」と腕を組んだ。
「なら、ボクも君の友達として努力してみるけど、『御子』の件は何とかならない? 正直、あの扱いは気が重いよ」
「……フム。キングオブ平民ノ、コウタノキモチハ、ヨクワカルガ、『御子』ノタチバハ、アッタ方ガ、オ得ダゾ」
「……お得って?」
「……マズ四方天ガ、全面的二協力シテクレル。ソシテ、ワレトノ正式ナ契約デ、ワレトイツデモ遠話ガデキル」
「遠話って?」コウタが眉根を寄せた。
「……遠クハナレテイテモ、ワレト意思疎通ガ出来ルノダ。神託トモイウ」
「あ。それはちょっと便利かも」
コウタは少し乗り気になった。
「確かに君の望みを叶えるのなら、君といつでも会話できる方がいいか。う~ん……」
コウタは再び腕を組んだ。
ややあって、
「分かったよ。とりあえず『御子』っていうのは引き受けるよ。ただあの仰々しい対応だけはもう少し抑えて欲しいって君の方から言ってくれるかな?」
「……ウム。承知シタ。感謝スルゾ。コウタ」
三つ首の竜の影は満足そうに頷いた。
「ああ。けど、それなら」
コウタは目の前に置いた短剣サイズの断界の剣に目をやった。
「この剣もボクが持っていた方がいいのかな?」
「……ウム。ソノ剣ハ、スデニ、コウタノモノダシナ」
「そっかあ。けど、だとしても一つ問題があるんだ」
断界の剣を手に取って、刀身を見上げる。
「この剣って切っ先が結構変わってるでしょう? サイズは自在だけど、短剣よりは小さくは出来ないし、丁度いい鞘がないんだ」
断界の剣の切っ先は小さな手斧のような形状をしている。
そのため、切っ先の方が大きく、それに合う鞘を用意しても、根本の方がグラグラと隙間が出来てしまうのだ。
「鍔の形状を利用して固定できる鞘を用意すればいいんだけど、やっぱりかなり大きな鞘になってしまうと思うんだ」
見た目的には、分厚い肉斬り包丁を納める鞘のようになるだろう。
持ち歩くには結構不便な気がした。
「どうにか出来ないかな? この剣って呼んだら召喚できるのも知っているけど、呼んでもどこに置けばいいのか悩むし、普段の保管場所にも困っちゃって」
と、結構真剣な悩みとして聞く。
すると、竜の影は、
「……アア。ソレナラ、護剣獣ヲ作レバ解決ダ」
「護剣獣?」コウタは首を傾げた。「何それ?」
「……ソノ剣ヲ納メル生キタ鞘ダ」
竜の影は答える。
「コウタニハ絶対服従。ツネニ主ノカタワラニ控エテ、ソノ体内二テ、異相空間ヲ創リダシ、主ノ剣ヲ納メル獣ダ」
一拍おいて、
「……既存ノ生物ヲベース二シテ、生ミダセル。イワユル転生ダ。転生後ハ、大キサモ自由自在ダ。天ヲ制スル大怪鳥ガ、小鳥サイズニモナレル」
「へえ~」
コウタは興味深そうに身を乗り出した。
少し……いや、かなり少年心がくすぐられた。
「……オススメノベースハ、固有種ダナ」
竜の影も意気揚々に伝える。
「……トリアエズ、ギリギリデモ、死ンデナカッタラ転生ハデキル。ヨサゲナ固有種ヲ見ツケテ、フルボッコダ。戦闘モデキル護剣獣ハ頼モシイゾ」
そこで竜の影が小さくなり、零号機の元に戻る。
同時に零号が動き出した。
そうして親指をピンと立てて。
「……ヒトカリ、イコウゼ!」
「おお~」
コウタは目を輝かせた。
「護剣獣かぁ」
そして少しワクワクしながら言った。
「まあ、流石に固有種討伐は難しいかもしないけど、うん。分かった。どんな魔獣がいいのか考えておくよ」
こうして、伝説の《悪竜》との何ともフレンドリーな雰囲気の中。
正式に《悪竜の御子》となったコウタであった。




