第二章 御子の凱旋④
その頃。
謁見を終えたコウタは、とある部屋に向かっていた。
エルの部屋ではない。
まだ会議中の可能性もあるので、先に会うべき相手の方に向かっていた。
渡り廊下を歩く。
その手には、短剣化した断界の剣を携えている。
そうして、その部屋の襖の前で止まった。
「コウタだけど、入っていい?」
そう尋ねると、「……ウム。入ルガイイゾ」と声が返ってきた。
「じゃあ入るよ」
コウタは襖を開けた。
小さな和室。そこには小さな人影があった。
紫色の鎧と短い竜尾。ちょこんと乗った小さな王冠。
自律型鎧機兵たちのリーダー機。零号である。
「おはよう。零号」
「……ウム。オハヨウ」
互いに挨拶して、コウタは零号の前まで進むと、そこで胡坐をかいた。
そして断界の剣を零号の前に置いた。
「アドバイスありがとう。この剣には本当に助けられたよ」
「……ウム」
零号は満足そうに頷く。
「……脱出、見事ダッタゾ」
「うん。ありがとう。けど、零号。単刀直入に聞くね」
コウタは真剣な眼差しで零号を見据えた。
「ボクを『御子』に指名した人。焔魔堂の里の人たちが言う『勇猛なる御方』って零号のことなんでしょう?」
そう尋ねる。
これは、あの異世界に囚われた時からずっと考えていたことだ。
――あの異世界についても。
――この剣に関しても。
零号はあまりにも知っていることが多すぎる。
そして、それは適当な出まかせではなく真実ばかりだった。
「……君は何者なんだ? 零号?」
コウタは、静かな眼差しを見せる。
「……いや、もしかしてゴーレムたち全機が……」
「……ソレハ違ウゾ。コウタ」
零号は言う。
「……弟タチハ、紛レモナク、メルサマノ愛シ子タチダ。違ウノハ、ワレダケダ」
そう告げると、同時に零号の影が大きく伸びた。
コウタが瞠目する中、影は壁にまで伸びて三つに分かれる。
それは一つ一つが竜頭を象っていた。
「……ワレダケハ……」
竜頭の一つが、アギトを開いた。
「……零号機ヲ、ヨリシロ二シテイル」
「……依り代」
コウタは反芻した。
「ライガさんが会話した相手ってやっぱり君なんだ」
「……ウム」
三つの竜頭が首肯した。
「……アレハ偶然ダッタ。懐シサモアリ、声ヲカケタ」
「……そう」
コウタは、視線を零号機の方へと向けた。
小さなゴーレムは完全に沈黙していた。
「零号の本来の人格はどうなっているの?」
「……零号ハ、最初カラ眠ッテイタ」
竜の影が答える。
「……意図シタ訳デハナイガ、ウマレタ直後二、ワレノ意識ト一体化シタノダ。ソノタメ上手ク起動デキナカッタノダロウ。今モ眠ッテイル」
「……そっか」
コウタは竜の影に目をやった。
「じゃあ、君がボクやメルと一緒に過ごした零号なんだ」
「……ウム」
竜頭たちが頷いた。
「……ソレハ、間違イナイ」
「……なら」
コウタは瞳を閉じた。
「ボクは君を疑わない。君がメルを傷つけないことは誰よりもボクが知っている」
「……感謝スル」
竜頭たちは双眸を細めた。
「……ワガ誇リニカケテ、誓オウ。ワレハ、メルサマヲ必ズ守ルト」
「……うん」
コウタは少し表情を和らげた。
「それを聞けたら充分だ。けど、やっぱり気になるからもう一ついいかな」
「……ナンダ?」
竜頭が問う。
「……ナニヲ、キキタイ?」
「君がゴーレムじゃないのは分かったよ。メルの味方をしてくれることも信じている。けど、君は一体何者なんだ?」
「…………」
「君が焔魔堂の主であることも分かっている。けど、君の名前を、長老さんたちは一度も口にしなかった」
「……ウム。ソウダナ」
竜頭たちが首肯した。
「……コウタハ、ワガ御子ダ。ワガ名ヲ伝エテモ、ヨカロウ」
「……いやいや。その御子っていうのも君と相談したいんだけどさ」
コウタは頬を引きつらせてそう言うが、竜の影は構わず続ける。
「……焔魔ハ、名二重キヲオク戦士ダッタ。ソノ子ラガ、ワガ名ヲ、伏セルコトモ分カルガ、ソレ以前二――」
そこで竜の影たちは器用に苦笑をして見せた。
「……有名スギルノダ。悪名デハアルガ」
「へ? そうなんだ?」
コウタが少し驚いた顔をした。
「それって君の世界でのこと?」
コウタは、何となくだが、零号を依り代にする『御方』が、ステラクラウンの住人ではないと察していた。
異世界の存在などいうとリアリティが全くないが、なにせ、閉じ込められていた二年間といい、ここ最近は超常現象の体験が多すぎた。
異世界という言葉にも、違和感を覚えなくなっていた。
すると、竜の影は――。
「……確カニ、ソコデモ有名デハアルガ、実ハソノムカシ、コノ、ステラクラウンデ、カナリノ迷惑ヲカケタコトガアル」
一拍おいて、
「……ワガ名ハ、コウタモ、知ッテイルハズダ」
「え? そうなの?」
コウタは目を瞬かせた。
竜頭たちは「……ウム」と頷き、
「……デハ、改メテ名乗ロウ」
同時にアギトを動かした。
そして――。
「……ワガ名ハ、煉獄王」
初めてコウタの前で、彼は名を名乗った。
「……煉獄ヲ統ベル魔王。ワガ名ハ《煉獄ノ覇竜》デアル」
――と。




