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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第2部

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第四章 越境都市「サザン」③

 越境都市「サザン」。

 エリーズ国の王都パドロの隣町であり、グレイシア皇国領との国境近くに位置するため互いの国から人々が行き交う、賑やかな大都市。それが「サザン」だ。

 そんな大都市に、コウタとリーゼの二人は訪れていた。



「けど、本当に賑やかな街だね」



 と、店舗の並ぶ大通りを歩きながら、コウタが言う。

 見渡す限り周囲には常に人の姿があった。商人風の者から普通の主婦。たまに衛兵らしき騎士の姿も通りすぎた。何とも忙しい景観だ。



「すっごい人だかりだ。流石はエリーズ国でも一、二を争う大きな都市だ」



 コウタが、そう感嘆の声をこぼすと、



「え、ええ、そうですわね」



 ドレスから動きやすい乗馬服姿に着替えたリーゼが、少し緊張気味に答えた。

 彼らは今、二人で並んで歩いていた。腰に護身用の短剣は差しているが、リーゼは基本的に手ぶら。コウタは短剣に加え、肩に大きなサックを担いでいた。

 二人はここまで馬で来たのだが、このサザンでは混雑を避けるため、事前に申請していない馬や馬車は、外壁の門前にある馬舎に預けることになっている。

 そのため、二人は徒歩で、サザンの街中を巡っているのだ。



「それにしても」



 コウタはまだ中身が空のサックを肩にかけ直し、苦笑を浮かべた。



「ボクは田舎育ちだから、こういう大都市には面を喰らっちゃうな。パドロでも未だに道に迷う時があるし」


「あら、コウタさまは、パドロ出身ではないのですの?」



 リーゼは少し目を丸くした。

 実は、彼女はコウタの出身については、ほとんど知らなかった。

 彼がアシュレイ家の住み込みの使用人である事は知っているが、出自に関しては、エリーズ国の貴族の家系ではないことぐらいしか知らなかった。



「うん。そうだよ。ボクの故郷は皇国にあるんだ。パドロに来たのは七年ぐらい前だよ」



 と、コウタがあっけらんに言う。

 リーゼは少年の顔を覗き込み、わずかに首を傾げた。



「コウタさまは皇国出身だったのですか? ならどうしてこの国に?」



 それは素朴な質問だったのだが、コウタは微かに表情を曇らせた。

 そして、心なしか足取りを重くして、躊躇うように口を開く。



「うん。その、ボクの故郷の村は盗賊に襲われたんだ。運よく生き残ったボクは、たまたまアシュレイ家のご当主さまに助けてもらって、そのまま使用人になったんだ」


「………え」



 リーゼの顔色が青ざめる。

 続けて強く後悔した。これは明らかに失言だった。



「も、申し訳ありません!」



 リーゼは足を止めて、コウタに深々と頭を下げて謝罪した。

 コウタはギョッとして、周囲の人間も何事かと視線を向ける。

 リーゼは構わず言葉を続けた。



「不躾な質問でしたわ。少し考えれば、何か理由があることなど明白でしたのに。本当に申し訳ありません!」


「い、いや、リーゼさん! 別に構わないから! もう七年も前のことだし! それより頭下げるのはやめて! みんな見てるから!」



 と、コウタがあたふたと告げる。

 慌てる少年と、泣き出しそうな顔で頭を下げる少女。

 傍から見ていると、まるで痴話げんかのようにも見えるのだろう。興味深そうに注目している野次馬がちょろちょろといた。



「と、とにかく!」



 コウタはリーゼの両肩を強く掴んだ。



「今は早く買い物を済ませよう! いいね! リーゼさん!」


「は、はい……」



 少年の気迫に圧され、コクコクと頷くリーゼ。

 そしてコウタは、リーゼの手をギュッと掴んで、足早にその場を後にした。






 そうして四十分後。



「……っと、これで最後かな?」



 野菜、穀物、ベーコンなどの大量の食材を買い込み、大きく膨れ上がったサックを背負って、コウタはメモを持った少女に尋ねる。



「……はい。それで最後ですわ」



 しかし、答えるリーゼはまだ気落ちしているのか、まるで覇気がない。

 コウタは、そんな儚げな少女の様子を見やり、



(……ごめん、リーゼさん)



 先程の自分の行いを猛省した。

 馬鹿正直に答えるべきではなかった。リーゼは思いやりのある優しい少女だ。

 あんな内容を告げれば、気落ちするに決まっているではないか。



(本当にごめん)



 と、内心で反省を繰り返すが、それだけでは意味がない。

 どうにかして、落ち込むリーゼを励まさなければ。



(けど、どうすればいいんだろう……)



 コウタは、落ち込んでいてなお美麗な彼女の顔を一瞥し、考える。

 こんな時はジェイクに相談するのが一番なのだが、頼れる友人はこの場にいない。

 かと言って、別荘に帰るまで、彼女をこんな状態にしておくなど論外だ。

 リーゼをいつまでも辛い目に遭わせたくないし、そんな彼女を見る自分も辛い。

 ならば、どうすればいいのか――。



(……う~ん、確か兄さんは……)



 ふと、村にいた頃の情景が思い浮かぶ。

 コウタの兄も、ごく稀に恋人である姉を怒らせていた。

 そんな時、兄はどんな事をして姉の機嫌を取っていたのか。

 その幾つかの手法を思い出す。



(ギュッと抱きしめて頭を撫でる……のは無理。兄さんの場合は相手が恋人(ねえさん)だったし、リーゼさんは、メルじゃないから犯罪だ)



 と、腕を組んで唸るコウタ。

 ……メルティアだったら、抱きしめても問題ないのか?

 ジェイクやアイリがいれば、そうツッコみそうだが、コウタの中では幼馴染は兄妹みたいなものだからギリギリOKという理屈があった。



(う~ん、どうしよっか)



 ともあれ、幼馴染ではないリーゼに使える手法ではない。

 コウタは、ゆっくりと門の方面へ向かって歩きながら考える。



(女の子の機嫌を良くする方法か。他には――――あっ)



 その時、大通り横の店舗の一つに目がいった。

 そこは装飾品も扱う洋服店のようだった。ショーウインドウに飾られた紅いリボンがコウタの眼を強く惹きつける。



(そっか! 一番シンプルな方法があったんだ!)



 コウタは思わずポンと手を打った。

 よく、兄も推奨していた事。

 どうして、こんな有効的な方法を失念していたのか。



(――うん。よし!)



 そして、コウタは隣をトボトボと歩くリーゼに声をかけた。



「ねえ、リーゼさん」


「……え、あ、はい。何でしょうか」



 相変わらず声に覇気はないが、リーゼは頭を上げてコウタを見つめた。

 そんな少女に、コウタは務めて明るい声で告げる。



「あのね。ちょっとこの店に寄らない?」



 そして洋服店を指差した。



「………え」



 リーゼは、コウタが指差す店に目をやった。

 そこは、中々お洒落な洋服店だった。

 彼女も年頃の少女。普段なら興味を惹く店だが、今はどうにも気が進まない。

 リーゼは、コウタに断りを入れようとした。が、



「リーゼさん。ボクは君にとても感謝しているんだ」



 不意にコウタが、そんなことを言い出した。

 少年は足を止め、真剣な眼差しでリーゼに語りかける。



「前回の《黒陽社》の事件も、今回の件も君には本当に感謝している。君は間違いなくメルの一番の友達だ」


「…………」



 リーゼは、無言で少年の声に耳を傾けていた。

 コウタは柔らかな表情を浮かべて、言葉を続ける。



「だから、ボクに感謝の証を、プレゼントさせて欲しいんだ」


「……そんな、わたくしは感謝されることなど……」



 リーゼは微かにうな垂れてそう呟く。と、



「リーゼさん」



 コウタは、片手をリーゼの肩に乗せた。



「さっきの事は気にしないで。ボクは君がどれだけ優しい女の子なのかを知っている。そんな君の沈んだ顔を見るのは正直辛いよ。だから、もうそんな顔をしないで」



 そう言って、コウタは優しげな笑みを浮かべた。

 リーゼは、しばしの間、呆然と少年の顔を見つめて……。



「コ、コウタさま……」



 一気に頬がバラ色に染まった。

 それから、胸元を押さえて「うう」と呻く。

 実のところ、この時点で九割がたコウタの目的は達成されている。

 結局、彼は笑顔一つで彼女の重い心を(ほぐ)したのだ。

 コウタは全く自覚しないまま、ダメ押しの笑みを見せた。



「ボクにプレゼントをさせてくれるかな?」



 と、願うように尋ねる少年。

 リーゼに「NO」と言えるはずもなかった。






 ――カラン、カランと。

 およそ二十分後。

 二人は、洋服店を後にした。コウタの姿は変わっていないが、リーゼの手元にはベージュ色の小さな紙袋が握られている。

 店内でコウタがリーゼにプレゼントした、金の刺繍の入った大きな紅いリボンだ。

 本当は洋服の一着でもプレゼントしたかったのだが、荷物になる事と、リーゼの強い要望もあり、装飾品にしたのだ。



(ふふ、良かった。元気になってくれたみたいだ)



 コウタは、リーゼの横顔を見て笑みをこぼす。

 彼女の顔には、先程までの暗い影は消えていた。

 メルティアもそうだが、やはり女の子には笑顔が一番いい。

 しみじみとそう思うコウタだった。



「コウタさま」



 と、その時、ご機嫌だったリーゼが口を開いた。



「少々予定より遅れましたわ。そろそろ館へ戻りますか?」



 言われ、コウタは空を見上げた。

 太陽の高さからいって、恐らく十一時近くか。初めての街だったこともあって少々手間がかかってしまったのもあり、結構時間をくっている。

 そろそろ帰らなければ、メルティア達――特にシャルロットが心配するだろう。



「そうだね。じゃあ、門の所に戻って――」



 と、コウタが言いかけた時だった。

 いきなり大きな帽子を深々と被った男が、後ろからリーゼに体当たりをしたのだ。



「きゃあっ!?」



 リーゼが目を丸くして前のめりに倒れかける。



「うわ!? リーゼさん、危ない!?」



 隣に立っていたコウタは、倒れそうになった彼女の腕を咄嗟に掴んだ。

 そのおかげで、リーゼはどうにか踏み留まった。



「よ、良かった。怪我はない? リーゼさん?」


「は、はい。ありがとう……」



 と、コウタに礼を告げようとしたリーゼだったが、すぐに顔色を変えた。

 気付いたのだ。大切な、とても大切な彼からのプレゼントが、手の中にないことに。



「――なっ!? い、一体どこに!?」



 リーゼは慌てて周囲に目をやり――見つけた。

 少し離れた場所。路地裏へと続く道に、ベージュ色の小さな紙袋を持って逃げ込む男がいる。恐らく先程ぶつかって来た帽子の男だ。

 リーゼは即座に状況を理解した。



「ひったくりですの!? お待ちなさい!」



 青ざめたリーゼはコウタの手さえ振り払い、ひったくり犯を追った。

 その表情は非常に焦っている。それも当然だ。あのリボンは愛しい人が贈ってくれた初めてのプレゼントだ。それをひったくられるなど冗談ではない。



「リ、リーゼさん!? ちょっと待って!」



 コウタも慌てて少女の後を追った。

 少年の顔にも焦りが浮かぶ。



「リーゼさん! 落ち着いて!」



 ひったくり犯とはいえ犯罪者。どんな武器を隠し持っているか分からない。

 いくらなんでも、一人で追うのは危険すぎた。

 だが、焦燥感に駆られたリーゼには、コウタの声も届かない。

 彼女は狭い路地裏に入り、帽子の男を追った。その後にはコウタも続く。



「お待ちなさい!」



 リーゼは男の背中にそう呼び掛けるが、帽子の男は見向きもしなかった。

 ただ、無言のまま、複雑な路地を右に左に曲がって逃走する。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 四方を大きな建物の壁に囲まれた袋小路に、男が入り込んだからだ。



「追いつめましたわよ」



 徐々に速度を落とし、リーゼは宣告する。

 その後ろには、少し遅れてやってきたコウタの姿もある。

 リーゼは男に手を向け、苛立ちと共に告げる。



「さあ、それを返しなさい」


「……くそ。分かったよ。しつこいガキめ」



 帽子の男は初めて言葉を発した。

 それから、口元を苦渋に歪めてリーゼに近付いてくる。



「大人しく返すさ。けど、今回だけは衛兵に突き出すのは勘弁してくれ」



 そう言って、紙袋を差し出す男。

 リーゼは不愉快そうに紙袋を奪い返した。

 続けて、顔の見えない帽子の男を睨みつけ、



「犯罪をしておいて衛兵に突き出すなとは随分と――」



 と、告げようとした、その瞬間だった。



「リーゼッ!」



 突如、後方から鋭い叱責が飛ぶ。

 そして彼女が驚きの声を上げる前に、グイッと強引に手を引っ張られた。

 リーゼは為す術なく後方にたたらを踏む――が、そのまま倒れたりはしない。

 ドン、と力強く受け止められたのだ。

 リーゼはキョトンとした表情で後ろを見ると、そこにはコウタの顔があった。

 察するに、彼女は後ろから、コウタに抱き寄せられたようだ。



「コ、コウタさま? な、なな何を……」



 いきなり少年に抱きしめられ、リーゼは顔を真っ赤にするが、



「……何の真似だ、お前」



 コウタの眼差しは前方だけを見ていた。

「え?」と呟き、リーゼもつられて前を見る。

 すると、そこには左手を突き出した帽子の男の姿があった。

 その手には、銀色の針のようなモノが握られている。



「その針って……暗器だよね。少し濡れている。毒――いや、痺れ薬か?」



 と、指摘するコウタに男は舌打ちし、少し間合いを外した。

 それと同時に、後方の路地から複数名の覆面をした男達が現れる。

 そして二名ほどが路地の前に立ち塞がり、残りがコウタ達を囲い込む。

 全員が手に鋭利なナイフを身構えていた。



「えっ、な、なんですの? あなた達は?」



 いきなり緊迫した状況に、路地裏は静寂に包まれた。



「コ、コウタさま? これは……?」



 少年の腕の中で、リーゼは呟く。

 彼女は、未だ事態が掴めていなかった。

 一方、コウタは、大体の状況を理解していた。



(これはまずいな)



 目的までは分からないが、これは完全に謀られている。

 帽子の男は、最初からここに自分達を誘い込む気だったのだ。

 敵の人数は帽子の男を含めて七人。かなり不利な状況だった。



(強盗……いや、違うか)



 全員が、相当訓練されているのが分かる。

 とてもじゃないが、物盗りのレベルとは思えない。

 この男達は間違いなくプロだ。内心でかなりの焦りを抱く。が、



「う~ん。そうだね」



 それでもコウタは、傍にいる少女を不安にさせないために、不敵に笑った。



「すっごく歓迎されているのは確かかな」

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