第八章 魔王降臨⑧
光の斬閃が奔る!
空を裂くような一撃だ。
それを空高く上昇して《ディノス》は回避した。
光の騎士はさらに追撃する。上段からの振り下ろしだ。
《ディノス》はそれもかわすが、操手のコウタは舌を巻いていた。
(話に聞いてた通りのまるで人間みたいなスムーズな動きだ)
三十セージルを超す巨体でありながら、その動きは実に滑らかだった。
同じ巨人でも鎧機兵が持つようなぎこちなさもない。
(油断は出来ないな)
コウタは双眸を細める。
「エル」
後ろの少女に声を掛ける。
「先に荷物を降ろすよ。ちょっと乱暴になるかも」
「それは仕方がないな。戦闘中だしな。鎧とかは不安だけど、《星導石》は多少の衝撃ぐらいなら大丈夫だろう」
そう答えるエルに、コウタは「うん」と頷いた。
そして《ディノス》が光の十翼を羽ばたかせて下降する。
地上すれすれにまで近づき、森の中でも木々が比較的少ない場所へと担いでいたコンテナを落とすと、《ディノス》は再び上昇する。
その間、光の騎士も傍観していた訳ではない。
背の光輪から、無数の光線を撃ち出してきたのだ。
光線は大気を灼き、森や地上に突き刺さる。爆発が次々と起きた。
その中を《ディノス》は高速で飛翔する。
光線の嵐はなお続く。
「遠距離戦も可能なのか」
「うん。相当な破壊力だ。当たったらかなり危険だな」
コウタの呟きに、エルが答える。
同時に《ディノス》の速度が上がった。
砲弾のような速度まで加速。大きく旋回して光の騎士へと接近する。
(けど!)
コウタは操縦棍を強く握りしめた。
(今のボクと《ディノス》の敵じゃない!)
悪竜の騎士が黒い大剣――断界の剣の柄に力を込めた。
対する巨大な騎士も、光の剣を振りかぶった。
グンッと急上昇する《ディノス》。
そして――。
(斬り裂け!)
コウタの意志に呼応して断界の剣が振り上げられた!
まるで大きさが違う黒剣と光の刃が交差した。
――ザンッ!
軍配は断界の剣に上がった。
大きさの差など歯牙にもかけず、光の刃を両断する。
その上、黒き刃は光の騎士の肩にまで届き、大気ごと見事に切断した。
「―――――――ッッ」
光の騎士は声なき悲鳴を上げた。
巨大な腕が地に落ちるが、それは地面に着く前に霧散した。
失った肩を押さえる光の騎士をよそに、《ディノス》はそのまま上昇した。
――五十セージル、百セージル。
グングンと上昇し、二百セージルに届いた時、その場に滞空した。
天上にて、光の十翼を広げる悪竜の騎士。
コウタは眼下を見やる。
そうして、
(……嗚呼)
喜びに笑みを零した。
「エル」
少女に呼び掛ける。
「見てごらん。あそこ」
コウタは指差した。エルは目をやった。
「あれは村? いや街か?」
彼女の視線の先には小さな街があった。
森の中にポツンとある街だ。
「あれは焔魔の里だよ」
コウタが答える。エルが「あれが?」と呟くが、そこでハッとする。
「なら、ここは! この世界は!」
「……うん」
万感の想いを込めて、コウタは頷く。
「ボクらは帰ってきたんだ。ステラクラウンに!」
エルの知り合いがいる時点でそう思っていた。
だが、彼もまた異界に閉じ込められていた可能性がまだあった。
けれど、今ここに。
確かなる確証を得て喜びが溢れ出そうになった。
(近くにはメルもいるはずだ)
そう思うと、無性に彼女に逢いたくなる。
今すぐにでも彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
(だけど)
コウタは再び眼下に目をやった。
そこには光の騎士がいる。あの巨人も飛行能力は有していないようだ。
代わりに光輪が輝き始めているのを確認した。
遥か上空にいる《ディノス》を光線で撃ち落とすつもりなのだろう。
(メルが近くにいるのなら、なおさらあれを放置できない)
中核になっている人間を助けたいという意志には変わりないが、放置していていたはメルティアを巻き込む心配がある。
――いや、メルティアだけではない。
リノも、リーゼも、近くにいるはずだ。
そして焔魔の里にはアヤメとアイリも。
自分の背中にはエルもいる。
コウタにとって大切な人たちが、この近くに沢山いるのだ。
これ以上、光の騎士の暴虐は放置できない。
――一撃で仕留める。
「エル」
コウタは告げる。
「これから全力で攻撃する。熱くなるから気を付けて」
「……全力?」
エルは一瞬キョトンとするが、すぐに言葉の意味を理解した。
「あれか! あの世界では一度も見せることのなかった、この機体の!」
「うん」
コウタは頷いた。
「《三竜頭》モードだよ。使うのは久しぶりだけど……」
コウタは操縦棍から片手を離し、掌を見つめた。
「きっと、これまでにないぐらい巧く扱えると思う」
言って、拳を固めた。
再び操縦棍を握り直す。
「それじゃあ始めるよ。エル」
「うん。分かった」
より強くコウタに抱き着き、エルが頷いた。
そして愛機・《ディノス》――《ディノ=バロウス》の双眸と、両腕に着けられた竜頭の籠手の瞳が赤く輝く。
直後、《ディノ=バロウス》の機体の色が変化していく。
まずは両の掌から紅く輝き、次いで頭部も発光し始める。紅き光は瞬く間に全身へと伝わっていく。数秒後、《ディノ=バロウス》の全身は真紅に染まっていた。
全身が赤熱発光しているのである。
第三の竜頭まで解放した姿。《ディノ=バロウス》最強の姿だ。
さらに高熱は断界の剣にも伝わっていく。
黒き刀身は紅き刃へと変わった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
真紅に輝く悪竜の騎士が咆哮を上げる。
(……よし)
コウタは手応えを感じていた。
やはり、今の自分ならこのモードさえも使いこなせると。
二年の修行は、ここにも成果として表れているのだと。
そう確信した。
しかし、
「……ん。熱い」
エルが少し辛そうな声を上げた。
現在、操縦席の気温はすさまじい勢いで上昇している。
機体への負担も尋常ではない。
たとえ使えこなせても、やはり諸刃の剣のようだ。
「エル。少しだけ我慢して」
「うん」
エルは朦朧とするのか、少し甘えモードで頷いた。
「頑張る」
「ありがとう」
湧き上がってくる彼女への愛情をはっきり自覚しつつ、コウタは微笑んだ。
そうして、《ディノ=バロウス》は光の十翼をさらに広げた。
――下降する。
一気に下降する。
夜空を渡るその姿は、まるで燃え盛る隕石のようだった。
それを無数の光線が迎え撃つが、紅い流星はそのすべてを回避した。
さらに加速する《ディノ=バロウス》。グングンと光の巨人の姿が近づいてく。
その中核には、男性の姿が見える。
かなり消耗しているようで、もはや老人のようにも見える。
(あなたが誰なのかは知らない)
コウタは双眸を細めた。
(何か信念があるのかも知れない。けれど、これで終わりだ)
操縦棍を強く握った。
光の十翼が大きく広がった。
そして、世界を断つ剣は。
巨大なる光の騎士を両断するのであった。




