幕間一 目覚める心
(………これは)
そこは、鎧機兵の操縦席。胸部装甲の内部。
馬の早駆けのような姿勢で操縦シートに座り、機体を操る操縦棍を両手で握りしめたその少女は、露骨に眉をしかめていた。
彼女の名はリーゼ=レイハート。
エリーズ国騎士学校に入学したばかりの一回生だ。
彼女は、とても優秀な人間だった。
優れた頭脳に、卓越した運動能力。思考の速度もずば抜けている。それに加え、公爵家という家柄にも恵まれ、その財力を以て万全の英才教育を施されていた。
まさしく生まれながらの女王。
それが、リーゼ=レイハートという少女だった。
だが、天才と謳われていた彼女は、この騎士学校に入っていきなり挫折した。
騎士学校の入学試験。本来、貴族ならば自動的に免除されるその試験を、リーゼは不公平だと考えて受験したのだ。
当然、自信はあった。彼女は首席で入学するつもりだった。
しかし結果は次席。リーゼは思わぬところで初めての敗北を味わった。
しかも、彼女に勝利した人間は、貴族ですらない平民の少年だと聞く。
(まさか、わたくしが平民に負けるとは……)
リーゼは実に不満だった。だからこそ、今日の実技を密かに楽しみにしていたのだ。
敗北は敗北。それは仕方がない。
だが、負けっぱなしでは、レイハート家の名がすたる。
リーゼは、この初めての実技でリベンジマッチを行うつもりだったのだ。
そしてその計画は上手くいっていた。
担任教師を説得し、首席と次席で模擬戦闘をすることに持ち込めたのだ。
後は勝利するのみ。リーゼはそう考えていた……のだが、
「……おいおい。何だよあの機体」「やだ。ちょっと悪趣味じゃない?」「ただのハッタリじゃねえの? 見た目すげえし」
――ザワザワ、と。
エリーズ国騎士学校のグラウンドは、生徒達の喧騒に包まれていた。
しかし、それも当然だろう。他人の趣味を尊重するリーゼでさえ、この機体の造形には思わず眉をしかめてしまう。
『コウタ=ヒラサカ』
リーゼは機体の拡声器を用いて敵機に語りかける。同時に、長剣と盾を構える白銀色の鎧機兵――彼女の愛機・《ステラ》が、ズシンと一歩前に踏み出した。
『その悪趣味な機体はなんですの?』
そして、はっきりと言い放つ。
――そう。眼の前の機体はあまりにも悪趣味だったのだ。
その姿の特徴を挙げると、雄牛のように天を突く多関節の巨大な角。鋭い牙が並ぶ獣のような風貌の鎧機兵。
機体の基本的な色は赤であり、その上に甲鱗のような黒い鎧装と、竜頭を象った手甲を装着している。元々すべての鎧機兵は、バランサーとして背中から竜のような尾が生えているので、頭部と手甲を含めると、まるで伝説の三つ首の魔竜のようだった。
しかも右手に握りしめるのは、切っ先が扇状の黒い処刑刀である。
どう見ても、真っ当な造形ではない。
『あなたは噂に聞く《ディノ=バロウス教団》の信者ですの?』
思わずそう訊いてしまう。
三つ首の魔竜とは女神の敵。《悪竜》ディノ=バロウスのことを示す。そして《ディノ=バロウス教団》とは、そんな滅びの魔竜を信奉する終末主義者の集団だった。
このクラスメートの愛機は、その危険な《教団》を連想させたのだが、
『いや、違うよ』
悪趣味極まる機体を操る少年は、気負うこともなくそう答えた。
『別にボクは《悪竜》の信奉者じゃないよ。この《ディノス》はボクの幼馴染が「とにかく強そうでしょう」ってことで造った機体だし』
続けて、そんなことを言う。
リーゼは、少しだけ眉根を寄せた。彼の声色に嘘をついている気配はない。どうやらこの機体は、特に彼の嗜好が反映されたモノではないらしい。
『……なるほど』
リーゼはとりあえず納得した。
『まあ、いいでしょう。鎧機兵の造形は人それぞれですし』
重要なのは勝負の方だ。
リーゼは《万天図》――敵機の位置と恒力値を精査する機能――を起動させた。
ブンと音を立て、外部の景色を映し出す胸部装甲の内側、その右側面部に円形図が表示される。そこには数字付きの光点が記されていた。
この数字が敵機の恒力値だ。
当然だが、この数字が高いほど出力に優れるという事になる。
ちらりと確認すると、目の前の機体の恒力値は、六千四百ジン程度。かなりの出力ではあるが、七千三百ジンの恒力値を誇る《ステラ》ほどではない。
『おしゃべりはもういいでしょう』
白銀色の鎧機兵は、長剣をすっと横に薙いだ。
『そろそろ試合と参りましょうか』
『うん。そうだね』
竜装の機体に乗る少年はそう応えると、グラウンドの一角に立つ担任教師のアイザック=ハリーの方へと目をやった。
『先生。それではお願いします』
「ああ、いいだろう」
アイザックは一歩前に出る。そして手を振り上げ、
「では、始め!」
その合図と同時に、二機はそれぞれ武器を動かす。
《ステラ》は左手の盾を前に、右手の剣を脇に構え、《ディノス》の方は処刑刀を上段に移動させた。互いにジリジリと間合いを詰める。そして――。
『――ふっ!』
短い呼気を吐いて先に動いたのは、リーゼの《ステラ》だった。
わずか数歩で間合いを詰めると、勢いよく袈裟切りを繰り出す――が、それは処刑刀で易々と払われた。
(まだまだですわ!)
リーゼは眼光を鋭くする。その直後、彼女の愛機は横薙ぎを放った。
――が、これも処刑刀に防がれる。
(クッ! 中々ガードが固い!)
リーゼは戦術を変え、今度は盾で殴りつけるが、それは《ディノス》が後方に跳んで回避された。リーゼは舌打ちする。
二機は大きく間合いを取って対峙した。
「「「おおー……」」」
新入生とは思えない予想以上に鋭い攻防に、周囲から感嘆の声が上がった。
それを背に、リーゼは敵機に語りかける。
『なるほど。確かに実力はあるようですわね。コウタ=ヒラサカ』
すると、《ディノス》に乗るコウタは苦笑を浮かべた。
『はは、褒めてくれてありがとう。レイハートさん』
と、嬉しそうに返答するが、少年はすぐに表情を真剣なモノにして。
『だけど、ボクも《ディノス》を使う以上、誰にも負けたくないんだ。負けたらこの機体を造った彼女が拗ねちゃうし』
と、リーゼにはよく分からない言葉を呟いた。
『ともあれ、戦う以上、ボクも本気だ。今度はボクから行くよ』
そう宣言するなり、彼の愛機が処刑刀を水平に構えた。
そして、
『――じゃあ、行くよ。レイハートさん』
少年がそう告げた途端、《ディノス》が跳躍した!
リーゼは大きく目を瞠った。凄まじい速さだ。かろうじて盾を構えるが、
――ズドンッ!
盾越しに感じる刺突の重さに思わず息を呑む。
その上、リーゼの愛機は衝撃を支えきれず、後方に押しやられたではないか。
(う、うそ……恒力値は《ステラ》の方が上ですのよ!?)
しかし、ここで動揺するのはまずい。
両足で地面を削りながらも体勢を整え直す《ステラ》。
――が、そこへ追撃が襲い掛かる!
下段から斬り上げられた黒い処刑刀が、《ステラ》の長剣を打ちつけたのだ。
『――ぐッ!』
まるで右腕ごともっていかれそうな衝撃にリーゼは歯を喰いしばるが、大きく弾かれた長剣の勢いを抑えることは出来ず、長剣は遥か後方に飛ばされてしまった。
だが、剣を失った程度で戦闘を諦めるリーゼではなかった。
まだ愛機の左手には盾がある。これは鈍器としても使える武器だ。
主人の闘志を受け取り、《ステラ》は盾を強く握りしめた。
『まだですわ! わたくしは――――えっ』
リーゼは唖然とした声を上げた。
何故なら、いつの間にか敵機が大きく処刑刀を振り上げていたからだ。
そして――。
――ズンッッ!!
黒い斬撃が白銀の機体を両断する!
あまりにも鋭い刃は盾を、腕を、そして左足をも切り裂いた。
左腕と左足を失った《ステラ》は大きくバランスを崩した。グラリと大きく傾き、地面に倒れ込もうとする。リーゼはただ操縦席で唖然としていた――が、
(……ひっ!)
思わず体を硬直させた。
もはや戦闘不能になった《ステラ》に対し、竜装の鎧機兵が処刑刀を持っていない右腕を伸ばしてきたのだ。その姿は竜頭の手甲も相まって、まるで竜がアギトを開いて襲ってくるようだった。リーゼは恐怖からギュッと目を瞑る。
そして次の瞬間、ガクンッと軽い衝撃が走るが――それだけだった。
(……?)
不思議に思い、恐る恐る目を開くリーゼ。
すると、そこには《ステラ》の肩を右手で支える《ディノス》の姿があった。
どうやら、先程の動きは《ステラ》の転倒を防ぐためのようだった。
目まぐるしく変わる事態に、リーゼは少し茫然自失になっていた。
と、その時、
『……大丈夫? レイハートさん』
穏やかで優しい声が、怖ろしい姿の鎧機兵から発せられた。
確認するまでもなく操手の少年の声だ。
「………あ」
ポツリと呟くリーゼ。この時、彼女は思わずホッとしてしまった。
少年の優しい声に、この上なく安堵して――。
トクン、と微かに鼓動が鳴った。
「……え?」
リーゼは目を見開いて、自分の胸元に手を当てた。
戦闘は終わったというのに、心臓は先程以上に早鐘を打っていた。
まさか、これは……。
「え? う、うそ、これって……」
自分の状態に動揺するリーゼ。すると、
『ご、ごめん。ちょっとやりすぎた』
彼女の変化を知る由もなく、コウタがあたふたと声をかけてきた。
『で、でも、手加減するのは君に失礼だし、本気でやったんだけど、想像よりも威力があって……そ、その、怪我とかない? 痛いところは?』
少年の声は、本気でリーゼを心配するモノだった。
今、彼はさぞかし困り果てたような顔をしているに違いない。
これほどまでに強いのに、まるで子供のような動揺っぷりだった。
『あ、あの、ごめん。本当に大丈夫? レイハートさん』
今度の声は、少し泣き出しそうな雰囲気だった。
そんな少年の様子が、おかしくて――。
「ふふ、あなたという人は……」
高鳴る胸を押さえつつ、リーゼは柔らかな笑みを浮かべるのだった。
勝敗が決し、周囲から「うおおおおお!」と歓声が上がった。
これが、リーゼとコウタの初対決の結末だった。
ちなみにこれを機に、リーゼはより積極的かつ情熱的にコウタへと関わっていくことになるのだが、それはまた別の話である。




