第四章 剣王の目覚め④
(……な、何があったの?)
ミュリエルは、少しの間、気を失っていた。
操縦シートの上でうつ伏せに倒れ込んでいた。
体が痛いが、負傷はしていない。
奇しくも、全身甲冑のおかげとも言える。
(……私は?)
一体、何があったのか?
頭も打ったのか、朦朧としている。
すると、
――姫さまを守れ!
――この化け物め!
――きゃあああああッ!
どこか遠くから、怒声や悲鳴が聞こえてくる。
ミュリエルは、ぐぐぐっと顔を上げた。
そこには、巨大な怪物がいた。
三つ首の岩の怪物。それが鎧機兵たちを蹴散らしていた。
後退して控えてきた騎士たちも、狭い森の中で次々と自機を召喚して、大渋滞のまま混戦になっている。特に親衛隊が混乱しているようだ。無理に鎧機兵を召喚しようとするところを、ベテランの騎士に「落ち着かんか!」と抑えられている隊士もいる。
(……こ、これは……)
痛む頭を片手で押さえて、ミュリエルは凝視する。
そこで信じ難いモノを目撃する。
「いやあああああ――ッ!」
親衛隊の一人が、岩の怪物に喰われたのだ。
巨大なアギトに丸呑みにされたのだ。
――そう。あの怪物は人を喰らうのである。
ベテラン騎士たちはまだいい。
混戦のせいで鎧機兵が召喚する隙とスペースがなく、事態を好転させることが出来ずにいたが、蛇の攻撃の気配を察して見事に回避している。
だが、新兵ばかりの親衛隊はそうはいかない。
――パニックを起こす者。
――ただただ茫然とする者。
――怒りを露にして鎧機兵で挑む者。
巨岩の蛇は、鎧機兵は弾き飛ばし、生身の者は次々と呑み込んでいった。
親衛隊の半数の姿はすでにない。
数人はベテランの騎士が気絶させ、森の奥へと無理やり避難させたようだが、鎧機兵に乗っていない者は、ほとんどが喰われてしまった。
そして――。
「きゃああああああ―――ッ!」
親しき者の声が聞こえる。
ミュリエルは、ハッとして声の方に視線を向けた。
そこには、必死の形相で森へと走るサリーヌの姿があった。
「いかん!」
ベテラン騎士の一人が気付き、彼女を救おうと駆け出すが、
――バクンッ!
彼女もまた、三つ首の蛇に丸呑みされてしまった。
(………あ……)
ミュリエルは、茫然と目を見開いた。
サリーヌ。
ベルニカよりも、さらに子供の頃からずっと傍にいてくれた人。
ホランと違って戦闘訓練も受けていないのに。騎士でもないのに今回の遠征にも心配して付いてきてくれた姉のように優しい人。
その人がたった今――。
――ドクン、と。
心臓が強く鼓動を打つ。
痛いほどの鼓動だ。
……ギリ。
歯を軋ませた。
(……私の、せいだ!)
自身に対する怒気が全身を駈け廻る。
血が沸騰しそうだった。
操縦棍を強く握った。ブンと《ザフィーリス》が双眸を輝かせる。
主の意志に、《ザフィーリス》が、ゆっくりと立ち上がった。
(……許さない)
ヘルムの奥で、双眸を光らせる。
怒りの眼差しで三つ首の岩蛇を睨み据えた。
(お前も、無力な私も!)
――ドンッッ!
長剣を振りかぶり、《ザフィーリス》が跳躍した!
ただの一撃ではダメだ。
もっと強く。
もっと大きく。
それだけを願う。
すると、奇妙なことが起こった。
長剣を持つ愛機の腕が途方もなく巨大化したような気がした。
そして三つ首の岩蛇の動きが、とても緩慢に見えたのだ。
(お前は、殺す!)
生まれて初めて殺意を抱いて剣を振り抜く!
直後、
――ガゴンッッ!
巨大な三つ首の一つが粉砕された。
切っ先すら届いていない。だというのに首が粉砕されたのだ。
騎士たちも鎧機兵たちも、唖然として動きを止めた。
――剣圧ではない。常人では扱いきれないほどの膨大な恒力を長剣に纏わせて、それを叩きつけたのである。
ミュリエルの愛機・《ザフィーリス》は、二万八千ジンもの高出力を誇るが、そのほとんどを攻撃に回した恐るべき剣撃だった。
ミュリエルは、さらに追撃を加えようとするが、
――ドンッ!
驚くべきことに巨岩の蛇は大跳躍をした。
後方に高々と跳ぶと、頭部を地に打ち付け、凄まじい速度で地中に潜っていった。
その時間はわずか数秒だ。
――地中から攻撃が来る!
騎士たちはそう警戒したが、ミュリエルの鋭敏な感覚は事実を掴んでいた。
地中に潜む振動が、凄まじい速さで離れていっていることを。
『――逃げるなあッ!』
ミュリエルが叫び、騎士たちはギョッとした。
そんな部下には構わず、ミュリエルは、サリーヌを、仲間たちを喰らった蛇を追おうとした――その瞬間。
不意に、ミュリエルの左目から光景が消えた。
左目に何も映らなくなったのだ。
彼女の左目は今、金色に輝いていた。
流石にミュリエルもギョッとするが、
(……え?)
代わりに、左目に奇妙なモノが見え始めていた。
――光だ。強い光だ。
正常な右目と合わせてその光を追うと、それは森の中から輝いていた。
ミュリエルは直感で悟った。
この光こそが、あの蛇の黒幕なのだと。
傀儡の蛇を暴れさせて、自分はこそこそと隠れていた訳だ。
(卑怯者め!)
《ザフィーリス》が長剣を振りかぶる。
森ごと吹き飛ばしてやるつもりだったが、不意に気付く。
光は一つではない。高台だ。
少し離れた場所に高台が見える。
その高台にさらに二つ、森の奥よりも強い輝きがあった。
(そっちが本隊か!)
ミュリエルはそう考えた。
そして剣王は、切っ先を変えた。
――森の奥から高台へと。
莫大な恒力を乗せた斬撃は解き放たれた。




