第三章 湖畔の別荘③
――こそこそ、と。
その時、コウタ、ジェイク、零号の三人(?)と、フードを深く被ったメルティアは、忍び足で屋敷の裏側を進んでいた。
目的地は一階にある応接間に隣接する裏庭。窓のある場所だ。
コウタ達は、そこから応接室の様子を見るつもりだった。急すぎる訪問。そして明らかに訪問者に対して警戒しているシャルロットの様子が気になったからだ。
何やらキナ臭い。そう感じて彼らは行動を起こしていた。
応接室では今、リーゼとシャルロットが客人を出迎えているはずだった。
と、そうこうしている内に、三人と零号は応接室の窓に辿り着いた。
「さて、と」
そう呟いて、まずコウタが室内を覗き込んだ。
室内には四人の人間がいた。向かい合わせのソファーにそれぞれ座るリーゼと、訪問者であるサザン伯爵。そして互いの主人の後ろに控える二人の従者――シャルロットと、黒い執事服を着た、右目に深い刀傷を持つ三十代後半の男性である。
予想通りの構図だ。コウタは続けて部屋の端を見た。
そこには、装飾品として壁際に並ぶ甲冑騎士の姿があった。
一体、二体、三体と並び、四体目にゴーレムの一機が静かに直立している。
明らかに一体だけ大きさが違うのだが、意外と違和感がない景観だ。
「うん。二十三号は上手く忍びこめたみたいだね」
そう言って、コウタは視線をメルティアとジェイクに向けた。
二十三号とは、室内で甲冑騎士のフリをしているゴーレムの機体番号だ。
「そうですか。では零号」
メルティアはゴーレムの長兄に命じる。
「二十三号とリンクして室内の音を拾って下さい」
「……了解。リンクスル」
そう応えて、零号はその場でドスンと座り込んだ。
そしてしばらくすると、零号の内蔵されたマイクから室内の音、要するにリーゼ達の会話が聞こえて来た――。
「お久しぶりです。サザン伯爵」
ソファーに座るリーゼは、微笑を浮かべてハワードを歓迎した。
「お会いするのは一年ぶりでしょうか」
「ええ、そうですね」
ハワードもにこやかに笑って応える。
「ふふっ、しばらくお会いしなかっただけだというのに、リーゼさまはまた一段とお美しくなられましたね」
「あら。お世辞がお上手ですわね。サザン伯爵」
言って、口元を片手で押さえてリーゼは笑う。
差し出された紅茶の香りが漂う応接室に、和やかな空気が流れる。
そうしてしばらく、二人は他愛もない会話を交わしていた。が、
「ところでサザン伯爵」
リーゼは、おもむろに表情を改めた。
「今日はどのようなご用なのでしょうか?」
いよいよ本題に入る。
すると、ハワードはふふっと口角を崩した。
「いえ、実はあなたの顔をどうしても拝見したくなりまして」
ハワードは紅茶を一口飲んだ後、言葉を続ける。
「――なにせ、あなたは私と人生を共にするかもしれない女性ですからね」
「……なんですって?」
リーゼは失礼と思いつつも眉根を寄せた。
「どういう意味でしょうか。サザン伯爵」
続けてそう尋ねると、ハワードは少し驚いたような顔を浮かべた。
「お父上からお聞きになっておられないのですか? 私とあなたの縁談の話を」
リーゼは軽く目を瞠った。
「初耳ですわ」
そして後ろに控えるシャルロットに視線をやった。
「あなたは知っていましたか? シャルロット」
「……ええ、存じ上げております」
シャルロットは表情を変えずに主人に答える。
「旦那さまよりご相談をお受けしました。私はサザン伯爵とは学生時代に交流がありましたから。伯爵の学生時代のご様子などをお伝えしたことがあります」
「ふふっ、それは怖いな。少しは加減してくれたんだろうね? スコラ君」
と、苦笑を見せるハワードに、
「私は客観的な事実しか申して上げておりません」
シャルロットは淡々と答えた。
一方、リーゼは顔にこそ出さないが、内心ではかなり不愉快だった。
公爵家の娘である以上、縁談話が挙がることは別にいい。
しかし、当人である自分に、何の話もないのはいかがなものか。
この場にいない父に憤りを感じた。が、
(どうしてお父さまは、お話してくれなかったのかしら?)
その感情は、すぐに疑問へと変わった。
リーゼの父は放任主義ではあるが、こういった彼女の人生に関わるような事柄は必ず連絡する。リーゼ本人に是非を判断させるためにだ。
(……何か理由があると考えるべきですわね)
リーゼはハワードに視線を戻し、心の中で情報を整理する。
この詳細は、後でシャルロットから聞くことに決めた。
今はとりあえず、目の前の縁談相手の対応だ。
リーゼは、サザン伯爵に好意的な笑みを浮かべて会話に戻った。
「まさか縁談とは。光栄な話ですわ」
本音としては、相手が誰であろうと縁談など御免だ。
しかし、彼女はそんな心情は微塵も出さず、社交辞令としてそう告げる。
「ははっ、そう仰っていただけると嬉しいですね」
対するハワードも破顔した。
が、内心では目を細め、少女の心情を探っている。
そうして二人は、互いに真意を隠しつつ見せかけだけの談話に戻った――。
「……へえ。お嬢の奴。縁談話なんかが来てんのかよ」
場所は変わって、応接室に隣接する裏庭。
そこで室内を盗聴していたジェイクは、両腕を組んで嘆息した。
中級貴族の次男坊であるジェイクにはまずない話だ。
「まあ、彼女は公爵家だしね。縁談話は珍しくないかもね」
と、零号の前で片膝をつくコウタが告げる。
このエリーズ国や隣国のグレイシア皇国では、上級貴族ともなると、許嫁がいるのは当然であり、早ければ十代で結婚することもよくある話だ。
とは言え、クラスメートのこういう話を聞くと、どうも複雑な気分だった。
本人も気付かないレベルで、コウタは肩を落とした。
そして、
「……そっかぁ、リーゼさんが結婚するのか」
ポツリと呟くのだった。
(………コウタ?)
その声を聞いたメルティアが、わずかに眉をひそめた。
しばらく彼女は、訝しげな表情を浮かべていたが、
(……そういうことですか)
不意に、メルティアの表情はむすっとしたモノに変わる。
恐らく無意識だとは思うが、ほんの少しだけ、コウタが不愉快に感じていることを察したからだ。
メルティアは、後ろからコウタの首を抱きしめて自分の存在をアピールする。
「――えっ?」
いきなりの抱擁に、コウタはギョッとした。
「メ、メル!? どうしたのいきなり!?」
「……コウタ」
メルティアは、ぎゅうっとコウタを拘束しながら尋ね始めた。
「ところで、私にはそういう縁談話がない事には気付いていますか?」
「え、そ、そう言えばそうだね……」
コウタは彼女の柔らかさにドギマギしながら答えた。
そして、とりあえず落ち着かないこの姿勢を解除してコウタは立ち上がった。
「ま、まあ、メルはこないだまで病弱だったことで通しているしね。アシュレイ家は四大公爵家の中でも特殊だし、縁談話を持ち出す貴族もいないんじゃないかな」
と、しどろもどろに説明するコウタに対し、彼女は深々と嘆息した。
やはりコウタは分かっていない。
メルティアに縁談話が出ないのは、すでに相手が決まっているからだ。
父の忙しさのため、あまり接する機会はないが、それでも父娘だ。
メルティアは父の意図など見抜いていたし、彼女自身それを望んでいた。
だというのに、その相手が他の女の子に目を向けるのは面白くない。
「……コウタ」
「な、なに? なんで少し怒っているの?」
コウタは完全に困惑していた。
どうして幼馴染は、いきなり不機嫌になったのだろうか。
「……まったく」
すると、メルティアは疲れ果てたように、かぶりを振った。
「もういいです。どうやら無自覚のようですし、今はリーゼのことです。それとオルバンさんもあまりニマニマしないでください」
「おう、悪りい悪りい。正直見ていて面白かったからな」
と、いきなり話を振られたジェイクが、楽しげに謝罪した。コウタの性格もメルティアの心情もよく知っているジェイクにとって、今のやり取りの事情は一目瞭然だった。
「……私達は見世物ではありません」
むすっと告げるメルティアに、ジェイクは「ははっ、悪りい」と再度謝罪し、
「まあ、ともあれ。今はお嬢の方だよな」
そう言って、ジェイクは室内の様子に目をやった。
そこでは、サザン伯爵がおもむろに立ち上がっているところだった。どうやら帰り支度のようだ。今日は本当に挨拶のためだけに訪問したらしい。
ジェイクはあごに手をやり、コウタに告げる。
「どうやら伯爵はお帰りのようだぞ。詳しい事はお嬢に訊いてみるか?」
レイハート家のお家事情なら口出しすべきではないが、リーゼ本人が望むのならば何か相談に乗れるかもしれない。
そう思い、ジェイクはコウタに尋ねてみたが、
「いや、その前にやっておきたいことがあるんだ」
ジェイクの相棒はそう答えた。
「やっておきたいことですか?」
メルティアが首を傾げてそう尋ねると、コウタは「うん」と頷いた。
そしてメルティアとジェイク。それから零号を順に見やり、
「少しだけ」
一拍置いて、コウタは真剣な顔つきで告げた。
「少しだけ、サザン伯爵の人柄を確認しておきたいんだ」




