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第二章 魔窟館のお姫さま①

「…………ん」 



 どこか薄暗い部屋の中。

 巨大な天蓋付きのベッドの上でその少女は目を覚ました。

 芋虫のようにうつ伏せになって寝ていた少女は金色の瞳をしばし瞬かせると、ベッドの上に両手をつき、むくりと上半身を立ち上げた。

 その勢いで年齢に不相応な大きな胸が、たゆんっと揺れた。

 そこで少女は自分が寝間着(ネグリジェ)姿であることに気付く。

 上には下着もつけていない。重い胸が大きく揺れたのはそのためだ。



「…………」



 起きてなお眠そうな瞳をしている少女は、無言のままベッドの上を這うようにして移動した。そして、ベッドの端に落ちていた目覚まし時計を拾い上げる。

 すると、少女は眉をしかめた。



「……これはまずいです」



 少女は目覚まし時計を放り捨てると、再び這うようにベッドの上を移動する。

 そうして辿り着いたのは、別の一角に積み立てられた用途不明の道具の山。

 彼女はポイポイと道具を投げ捨てて目的の品を探した。

 そうやって、ようやく探し物を見つけると、



「ででーん」



 と、謎の言葉を口走り、そのノートほどの大きさの四角い道具を天に掲げた。

 続けて、両手で掴んだその石板のような道具をじいっと見つめた。

 そして十数秒後。



「……やはりこちらに向かっているみたいですね」



 そう呟くと、少女は初めて立ち上がった。

 このままでいけない。早く戦闘準備をしなければ……。

 少女は自分の寝間着(ネグリジェ)姿に目をやった。

 戦術としてはこれもありかもしれないが、流石に少しだけ恥ずかしい。



「ここはいつもの格好の方がいいですね」



 そう判断すると、少女は寝間着(ネグリジェ)をすっと脱ぎ捨てる。

 華奢な両腕と豊かな双丘。それから白磁のような肌が露わになった。

 そして、少女はポツリと呟く。



「さて。今日も罠を仕掛けましょうか」



       ◆



「ありがとうございました。またのご来店を」



 ――カラン、カラン、と。


 ドアのベルと店員の挨拶を背に、少年はその店を後にした。

 年齢は十四歳。黒い髪と同色の瞳が印象的な少年だ。

 彼は襟まで締めるタイプの黒を基調にした制服を着ていた。

 そして足には軍靴を履き、腰の後ろには短剣を差して白い布を纏っている。ポケットが多数あるこの布は一種の道具袋だ。これも制服の一部である。



「この白布(ケープって意外と便利なんだよな。おかげで普段は手ぶらだし」



 そう呟き、少年は手に持ったケーキの箱を見つめて笑った。

 彼の名前は、コウタ=ヒラサカ。

 エリーズ国騎士学校に通う一回生である。

 彼は学校からの帰宅の途中だった。

 そのついでに、もはや常連となったケーキ屋に寄り『お土産』を購入したのだ。



「さて。少し遅くなったし急ごうかな」



 コウタは足を速めた。石畳の道にコツコツと軍靴の音が響く。

 時刻は午後五時頃。雑多な店が並ぶこの大通りには大勢の人の姿があった。

 そんな街並みに目をやり、コウタはわずかに目を細めた。



(やっぱりクライン村とはまるで違うな)



 ここはエリーズ国。

 南方の大陸セラに位置するこの国は、国土の半分を森林が占め、通称『森の国』とも呼ばれている。擁する町村は百を超え、隣国であるグレイシア皇国には及ばないが、間違いなく大国に分類される王国である。

 その首都であるこの街――王都パドロの人口は八十万人を超えるらしく、百人足らずの村で育ったコウタにとっては天文学的な数字だった。



(……はあ)



 コウタは歩きながら思わず溜息をついた。



(七年も暮らしているのに、未だ慣れないなんて)



 どうも自分は骨の髄まで田舎者らしい。

 もしここに兄がいれば、弟の小心ぶりに呆れ果てるに違いない。



(ボクはまだまだな。兄さんのようにはまだなれない)



 八歳年上の兄の顔を思い出し、コウタはふっと笑った。

 何事にも大らかだった兄ならば、こんなつまらない事で悩んだりしないはずだ。



(……兄さんか。今、どこにいるんだろう……)



 コウタはふと足を止めて空を仰いだ。


 ――七年前。


 コウタは故郷を失った。

 あの日、突如村を襲撃してきた黒づくめの集団。連中の正体も目的もコウタには分からないが、その結果、家族も村人も全員が殺されてしまった。

 ただ一人、コウタだけは運よく保護された。そして衰弱から回復したコウタは襲撃から三週間後、命を救ってくれた恩人と共に故郷である村へと訪れた。

 恩人は何度も止めたが、どうしても村の状況をその目で確認したかったのだ。


 そして、故郷の惨状に絶叫し――絶望した。


 それは七歳の少年には、あまりにも辛い現実だった。

 一時期は食事も取らなくなり、このまま死ぬのではないかと心配されたほどだ。


 しかし、そんなコウタを救ってくれたのは、一つの事実だった。

 それは村人の遺体が二人分足りなかったこと。


 コウタは直感した。

 足りないのは、きっと兄と姉――正確には兄の恋人――の分だ。村一番頭の切れる兄のことだ。あの混乱と惨劇の中、どうにか姉を連れて逃げ切ったに違いない。


 家族が生きている。


 その事実は、コウタに希望を与えてくれた。

 そして彼にとってもう一つ、生きる意欲となったのは――。



「……ふふっ、急がないと」



 コウタは再びケーキの箱に目をやり笑った。

 止めていた足取りも急がせる。

 この王都は広大だ。騎士学校の生徒の多くは乗合馬車を使って移動する。

 事実、コウタのクラスメートであるジェイクは乗合馬車を使っているし、リーゼも実家の送迎馬車を使用している。

 が、幸いにもコウタが現在お世話になっているアシュレイ家は、学校から徒歩二十分ほどの距離にあった。従ってコウタは徒歩で学校に通っていた。

 コウタは大通りを通り抜けると、徐々に森林が多い場所に近付いていった。

 そして十分後。

 大きな正門の前に辿り着いた。

 四大公爵家の一つ、アシュレイ家の本邸だ。

 鉄格子の門の先には広大な庭園。その奥には城さえ連想させる館の影が見える。



「う~ん、やっぱり凄い家だよな……」



 ケーキの箱を片手に苦笑を浮かべるコウタ。

 この光景にもまた、彼は未だ慣れていなかった。

 しかし、七年も暮らしている家に尻込みするのも馬鹿らしい。

 巨大な門格子を支える石柱。そこに設置された使用人のための勝手口を開けると、コウタはおもむろに屋敷の敷地内に入った。


 そして向かうのは本邸……ではなく、庭園の右側にある暗い森の方だ。


 少し早い足取りで庭園の道を進むコウタ。

 すると、途中で使用人の一人である庭師のセルジオに出会った。

 剪定を行っていたセルジオは近付いてくるコウタに気付き、手を止めた。



「おや。コウタ坊ちゃん。お帰りなさい」



 と、にこやかな笑みで迎えてくれるセルジオに、コウタも笑みを返す。



「うん。ただいま。セルジオさん」



 が、その後に少しだけ眉を曇らせて。



「けど、その『坊ちゃん』はやめてよ。ボクも同じ使用人なんだしさ」


「ははっ、まあ、これも習慣でさあ。気にせんで下せえ。ところで坊ちゃん」



 セルジオは、ちらりとコウタが向かおうとしている先に目をやった。



「こっちの道に来たってことは、今日もお嬢さまの所に?」


「うん。そうだよ。今日はお土産も用意したんだ」



 言って、コウタは手に持つケーキの箱を持ちあげ、笑みを見せた。

 対し、セルジオは破顔する。



「ははっ、そいつはお嬢さまの喜ぶ顔が目に浮かぶ……って、まあ、あっしはまだお嬢さまのご尊顔を拝見したことはねえんですが……」



 セルジオはこの屋敷に来てまだ二年。

 噂に聞く『お嬢さま』を一度も見たことがなかった。

 それには、コウタも苦笑するしかない。



「……う~ん、彼女は少しだけ変わっているからね」



 彼女の性格を知る者としても、そんな言葉しか出てこなかった。

 ともあれ、コウタはセルジオにぺこりと頭を下げると、



「まあ、ともかく。ボクはこれから彼女の所に行って来るよ」


「へい。お気をつけて」



 と、やり取りし、コウタは再び歩き出した。

 庭園の道を通り抜け、そのまま薄暗い森の中へと進んでいく。

 わずかに木漏れ日こそ差し込んでいるが、鬱蒼とした森だ。とても街中の光景とは思えない。普通に獣や魔獣が潜んでいそうな雰囲気である。

 しかし、もはや通い慣れている上に、山林育ちのコウタにとっては大して気にかけるようなことでもない。むしろ街中より落ち着く感じだ。


 そうして、十分ほど森の中を進み……。


 ようやくコウタは目的地に辿り着いた。

 そこは森の中を切り拓いて建てた四階建の館。アシュレイ家の別館だった。

 大きさこそ本邸よりも劣るが、建物そのものは豪勢な作りな屋敷だ。

 だが、荘厳な趣がある本邸に対し、こちらは森の中にあるせいかどうにも暗い。

 はっきり言えば、辛気臭いのだ。

 子供なら、きっと『お化け屋敷』とでも呼ぶに違いない。



(――いや、そう言えば……)



 コウタはふと思い出した。

 確か使用人の間ではもっと酷いあだ名が付いていた。



「……『魔窟館(まくつかん)』、か」



 コウタは苦笑する。それは一体どこのダンジョンなのだろうか。

 まあ、いずれにせよここで立ちぼうけしていても仕方がない。

 コウタは館の扉の前に移動すると、腰の白布(ケープ)から黄金色の鍵を取り出した。

 アシュレイ家においても、当主であるアベル=アシュレイと、コウタ、そしてこの館に住む少女の、たった三人しか所有していない魔窟館の鍵だ。


 コウタはガチャリと鍵を開けると、両手でドアを押し開いた。

 すると、そこはホールだった。目の前には左右へと分かれる大きな階段があり、少し上を見上げればシャンデリアもある。一般的なホールの様相だ。

 しかし、廊下のそこら中には怪しげな道具やら古びた本が散乱し、しかも全体的に薄暗い。初めて訪れる人間ならば、あまりの不気味さに尻込みすることだろう。


 実にいかにも(・・・・)といった館だった。

 が、そんなホールを前にしてもコウタに動揺する様子はなく、



「メル~! 遊びに来たよォ!」



 屋敷全体に響くような一際大きな声で。

 どこか嬉しそうに叫ぶのだった。

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