第八章 御子の使命①
ガラガラガラ、と。
荒れた地面が、馬車の車輪を鳴らす。
上級の大型馬車ではあるが、皇都からかなり離れたこの道はさほど整地されておらず、振動も大きかった。
「さて。少し状況を整理しようぜ」
と、ジェイクが言う。
現在、この馬車の中には、かなりの大人数がいた。
まずは長椅子の一つに、ジェイク、アルフレッド、リノ、零号が腰を降ろしている。
次に、その迎え側になる長椅子に、メルティア、リーゼ、アンジェリカ、フランが座っていた。無人の着装型鎧機兵も壁際に待機していた。
この並びは、比較的に冷静組と、あまりそうでない組で何となく分かれているのだが、その結果、現役 《七星》であるアルフレッドと、元 《九妖星》のリノが並んで座るという奇妙な画にもなっていた。
「まず、ダラーズ家なんだが」
ジェイクは、アンジェリカとフランに視線を向けた。
「結局、もぬけの殻だったんだよな」
「ええ」
アンジェリカが頷く。
「ジーン=ダラーズは校内にいなかった。彼の家の方にも行ってみたけど、そこにも誰もいなかったわ」
こうして、零号に案内されて出立したジェイクたちだが、情報は多い方がいい。
出立前にアンジェリカとフランがダラーズ家を調べたのだが、結果は空振りだった。
「思いたくはないけど……」
アンジェリカは、眉をひそめて嘆息する。
「ダラーズ家もアヤメの協力者。今回の件の関係者なんでしょうね」
「まあ、そうだろうね」
アルフレッドが言う。
「僕も調べたけど、ダラーズ家って、実は随分と前に没落しているみたいなんだ。多分、シキモリさんが行動しやすいように用意された偽装の家だと思う」
「「…………」」
アンジェリカとフランは沈黙する。
二人とも、沈痛な面持ちをしていた。
二人こそが、アヤメと最も親しい友人だったのだ。
秘密にされていたことはショックだったし、気付けなかったことにもショックを受けている。こればかりは流石に気落ちしてしまう。
すると、
「アンジュ」
アルフレッドが、優しく微笑む。
「気にしちゃダメだよ。君だって何でも知っておくことなんて出来ないんだから」
「アルく……アルフレッド」
アンジェリカは顔を上げて、自分を励ましてくれる幼馴染に微笑もうとした。
まあ、緊張したため、どちらかと言えば怒ったような顔にも見えたが。
(し、失言しちゃった?)
と、反射的に顔を強張らせるアルフレッドをよそに、
「まあ、ソルバさんもだぜ」
ジェイクが言う。
「確かにあの嬢ちゃんは隠し事をしていた。けど、隠し事なんて誰もがするもんだぜ。それをしてたからってあの嬢ちゃんが、ソルバさんと友達でなくなる訳じゃねえしな」
「オルバン君……」
フランも顔を上げた。
彼女の方は見事なもので――というよりも自然な本能か――乙女の顔で微笑んだ。
「ありがとう。オルバン君」
しかし、
「はは、気にすんなって」
と、ジェイクは平常運転で笑う。
学園の男子生徒たちを薙ぎ払うフランの乙女オーラを前にしても揺るがない。
改めて、記述する。
ジェイクは、コウタの親友であるのだと。
「(メルティア)」
リーゼが、こっそり横に座るメルティアに耳打ちする。
「(もしかして、ソルバさんは、オルバンのことを……)」
「(そのようですね)」
コウタの幼馴染であっても、メルティアは鈍感ではない。
今の仕草一つで、リーゼ同様に見抜いていた。
「(アンジュが、アルフレッドさんのことが好きなのは知っていましたが、彼女はオルバンさんのことが好きなようですね)」
「(まあ、そうですの)」
アンジェリカが、アルフレッドに好意を抱いていることには、リーゼも少し驚いた。
むしろ嫌っているように見えて、そんな素振りはなかったからだ。
「(アンジュは、色々と致命的に拗らせていますから」
と、興味もなく、メルティアは言う。
引き籠りのメルティアとて、やはり乙女だ。恋バナともなると普段ならもう少し会話に華を咲かせるのだが、今日は心ここにあらずだった。
それも仕方がない。
今は、行方不明のコウタとアイリのことで頭が一杯なのである。
それは、リーゼもまた同じだった。
ただ、事実を確認しただけで、それ以上、話を進めようとしない。
「……ふむ」
その時、リノが口を開いた。
「あやつらの友情はともあれ、一つ解せんのう」
「何がですか?」
メルティアがリノに尋ねる。
「ふむ。あの犀娘の目的についてじゃ」
リノは、メルティアに目をやった。
「今回の件。あの犀娘は、偽装していた家まで捨てて強行しておる。じゃが、その目的は何なのじゃ?」
「……コウタを拉致することでは?」
眉根を寄せてそう呟くメルティアに、リノは肩を竦めた。
「わらわが言いたいのは、コウタを攫うのに、どうして、皇国の学園に潜入する必要があったのかということじゃ」
「あ、なるほどな」
リノたちの話が耳に届いたジェイクが、ポンと手を打つ。
「普通なら、オレっちたちと同じ学校に潜入するよな。つうか、こないだの交流会がなけりゃあ、あの嬢ちゃんはコウタと知り合うこともなかったしな」
「……それは」
眉をしかめつつ、アンジェリカも話に加わる。
「アヤメとダラーズ家には、学園に潜入する別の目的があったってこと? それで今回はその目的を破棄してまで、ヒラサカ君を攫ったってことなの?」
「そう考えるのが自然じゃのう」
リノは、嘆息する。
「出来れば、それも調べておきたかったのう」
「それも直接、聞けばいいでしょう」
メルティアは、零号に目をやった。
「零号。コウタたちはこの先にいるのですね?」
「……ウム。間違イナイ」
長椅子の上で短い足を伸ばした零号が、自信ありげに告げる。
「……アノ娘ノ匂イハ、キエテイナイ。ソモソモ、アイリモ、コウタノ匂イモ、オボエテイルカラ、大丈夫ダ」
「……あなたのその追尾能力は、私も知らない機能なのですが……」
創造主たるメルティアは、悩まし気に頬に手を当てた。
「ですが、今はそれに頼るしかありません。いずれにせよ」
ブスッとした顔で告げる。
「あの角娘は絶対に引っ掻きます。それは決定事項ですから」
ガタンッ、と。
石を砕き、馬車は目的地へと向かってくのだった。




