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第三章 湖畔の別荘①

「……ふん。今日もくだらない朝が来たか」



 とある屋敷の一室。

 天蓋付きのベッドの上で、その青年はぼそりと呟いた。

 上半身を起こし、カーテンの隙間から差し込む光に目を細める。

 彼の隣には絶世と呼んでもいい裸体の美女が、小さな寝息を立てている。

 彼女は王族の誘いでも断る気位の高い歌姫らしいのだが、彼にすれば些細な演出と、多少の話術を用いただけで容易く落ちた程度の女に過ぎない。


 そして昨晩にかけ、じっくりと最後の調教も施した。

 もはや、この女は彼なしでは生きてはいけないだろう。

 彼が死ねと言えば躊躇いなく死ぬほどに、彼に溺れている。



「だが、この女も大して『刺激』はくれなかったな。無駄な時間だったか」



 何という退屈さか。

 彼――ハワード=サザンは、酷く退屈な人生を送っていた。

 恵まれた家柄。優れた容姿にずば抜けた才能。

 ハワード=サザンは、まさしく天才と呼ばれる人間だった。

 それも多岐に渡った天才だ。

 書物は一度読めば内容を忘れず、大抵の事は一度見れば一流以上にこなせる。

 幼少時、剣術は三日ほどで師匠の技をすべて憶えた。

 騎士学校では鎧機兵の操縦法や、騎士としての知識、礼儀作法を習ったが、それも一ヶ月ほどで教官が言葉もないほどの成績を収めた。

 誰もが彼を誉め讃えた。

 今は亡き両親も、我が子を神童ともてはやした。

 同年代の男は彼に頭を垂れ、彼に想いを寄せる女性は引く手数多だった。


 すべてが思い通りにいく。

 それゆえに、ハワードは退屈だったのだ。

 金も力も女も。何一つ努力しなくとも簡単に手に入る。

 異常なほどに恵まれた人生。それはとても退屈なものだった。

 ハワードはある意味、特殊な人間だった。

 ここまで才や財に恵まれれば、普通ならば人間の精神は腐る(・・)

 才能に溺れ、金に溺れ、色に溺れるはずだった。

 望むままに生きて自分は神のように全能だとでも勘違いしてもおかしくない。


 しかし、彼は違った。



「こんな女ではまるで足りない」



 ハワードはベッドから降り、未だ眠る美女を冷淡な眼差しで一瞥する。

 退屈な彼が求めたのは、『刺激』だった。

 それも、ギャンブルなどの快楽から得られる刺激ではない。

 彼が求めるのは、自分が全霊を尽くせるような状況だった。


 得た知識。得た戦闘術。得た交渉術。

 どれでもいい。ただ、全力を尽くしたい。


 全身全霊を尽くしてなお危うい状況を、彼は強く求めていた。

 そのためならば、ハワードの裏社会の人間とも接触したことがあった。

 あれは中々刺激的だった。実は今でも繋がりがあるぐらいだ。



「だが、それでも不十分だ」



 ハワードは窓辺に寄り、小さく歯を軋ませる。

 刺激が足りない。退屈を紛らわすための刺激がまるで足りない。



「……だからこその、あの男だ」



 ハワードは、ぼそりと呟く。

 マシュー=レイハート。四大公爵家であるレイハート家の現当主であり、エリーズ国騎士団四将軍の一人。この国において一番の切れ者と名高い男。

 あの男と縁故関係(・・・・)になれば、さぞかし刺激的な腹の探り合いの日々となることだろう。

 しかも、これに勝利すれば公爵家そのものを手にすることが出来る。

 さすれば、彼の刺激を模索する手段も格段に広がるに違いない。

 そして、その魅力的な未来のために必要なのが彼女だった。


 ハワードは部屋の片隅にあるテーブルに近付いた。

 その机の上には資料が置かれてある。

 元々封筒に納められていた資料。その中からハワードは一枚の写真を拾いあげた。

 明らかに隠し撮りしたような写真。それには一人の少女が写っている。

 歳の頃は十四、五歳。蜂蜜色の長い髪を持つ美しい少女だ。

 隠し撮りでありながらもその横顔は凛々しく、あと数年も経てば大輪の華を咲かせることは疑いようもない少女だった。



「………ふむ」



 ハワードは、すうっと双眸を細めた。

 彼は先日の会合で理解していた。マシューは早速自分を疑い始めている。

 このままでは、縁談が破棄になる可能性が高そうだ。

 それは、彼にとって不本意だった。

 ならば将を射るため、馬から落とすしかない。



「まあ、本来、蕾を手折るのは私の趣味ではないのだが……」



 ハワードは少女の写真を見つめて苦笑する。



「これも私の未来のためだ。私のものになってもらうぞ。リーゼ=レイハート」



       ◆



「オレっちのターン! ドロー!」



 不敵に笑ってジェイクが一枚のカードを場に出した。



魔法(マジック)カード《悪竜の劫火》! 場にある相手のカードを全部灼き尽くすぜ!」



 と、自信満々に告げるジェイクだったが、



「甘いよジェイク」



 コウタの余裕ある声に凍りつく。



伏せ(リバース)カードオープン《女神の御鏡》。あらゆるマジック効果を反射するよ」


「――ぬおッ!?」



 愕然とした表情を浮かべるジェイク。



「……ヨマレタ」「……ガンバレ、ジェイク」



 と、今回の合宿に同行を許された三機のゴーレムの内の二機が声援を上げる。

 その時、ガタンッと大きな音がした。


 耳を澄ませばガタゴトと音が聞こえるそこは、馬車の上。

 十人ぐらいは軽く乗れそうな、巨大なキャビンの中である。


 その内装は豪華の極みで、馬車の中というよりも小さな部屋のようだ。

 一応、馬車らしくキャビンの前後に長椅子はあるが、その間の幅はかなり広く、今コウタ達が最近流行のカードゲームを行っている小さなテーブルや、飲み物や氷菓を収納する冷凍ボックスなどが置かれている。



「……もうじきですわね」



 長椅子に座り、コウタ達の様子を窺っていたリーゼが、ポツリと呟く。

 彼女の姿は普段から愛用する白いドレス。コウタ達も先日とあまり変わらない私服だ。

 ちなみにリーゼの隣にはメイド服のアイリと、三機目のゴーレム――金色の小さな王冠を頭に抱く最古の機体・零号が座っていた。



「……リーゼのお屋敷が近いの?」「……到着シタノカ?」



 と、アイリと零号が尋ねる。

 リーゼは彼女達に笑みを見せて「そうですわ」と答えた。

 現在、リーゼ達はレイハート家が用意した馬車に乗り、王都パドロから丸一日をかけて、サザン近くの別荘に向かっている途中だった。


 日も上がらない早朝から出立して、今はすでに午後四時過ぎ。

 予定通りなら、そろそろ到着のはずだ。



「そうですか。いよいよ……」



 と、呟いたのは、リーゼ達の近くに座るメルティアだった。

 彼女もまた普段通りの私服。白いブラウスに黒いタイトパンツの姿なのだが、今日はその上にフードの付いた白いローブを羽織っている。



「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか」



 そう言って、ちらりとキャビンの一角に目をやるメルティア。

 そこには、巨大な鎧が直立していた。

 この鎧は装着型鎧機兵。彼女が『パワード・ゴーレム』と名付けた鎧機兵だ。

 メルティアが製作した特別な鎧であり、自分の容姿を見られるのを嫌がる彼女にとって外出するのに絶対必要なアイテムだった。


 親しい友人とその使用人だけの小旅行とはいえ、気は抜けない。

 だからこそ、メルティアはこの機体も持ってきたのである。


 しかし――。



「ダメだよ。メル。今回はその鎧はナシだ。約束したでしょう」



 と、カードゲームを圧勝で終えたコウタが、メルティアの傍に寄って告げる。

 すると、メルティアが「でも」と呟いて泣き出しそうな顔をした。

 コウタの胸がズキンと痛んだ。思わず彼女の頭を撫でて「うん。メルが怖いのなら着てもいいよ」と言いそうになったが、どうにかグッと堪える。


 今回の合宿。コウタの目標としては、メルティアに外に慣れてもらいたいというものがある。そのためにも、いきなり鎧に頼りすぎるのはよくない。いくら幼馴染が必死に訴えかけるような眼差しを向けてきても、簡単に了承する訳にはいかなかった。

 コウタは片膝をついて、メルティアの金色の瞳をじいっと見つめた。



「メル。心配しないで」



 そして黒髪の少年は、優しい声で告げる。



「何があってもボクが君を守る。だから今回は鎧に頼らないで」


「………コウタ」



 ギュッとローブの裾を掴んでメルティアは幼馴染の名を呟いた。

 まるで騎士と姫君のように見つめ合う二人。何やらキャビンが甘い空気が流れた。



(………むう)



 それを見て面白くないのはリーゼだ。

 正直かなり羨ましい。君を守る。ぜひとも言ってもらいたい台詞だった。

 はあ、と小さく嘆息するリーゼ。



「(……はは、まあ、そうヘコむなよお嬢)」



 すると、コウタ同様にゲームを終えたジェイクが、いつの間にか彼女の傍に立って、こそこそと話しかけて来た。



「(不利なのは百も承知だろ?)」



 と、言葉を続けるジェイクに、リーゼも小声で答える。



「(分かっていますわ。それよりもオルバン。本当にあなたは、わたくしに協力してくれるのでしょうね?)」


「(おうよ)」



 ジェイクはニカッと笑った。今回の宿泊計画で、ジェイクはリーゼがコウタと親しくなれるような状況を積極的に作ると約束していた。



「(けどよ、その代わりお嬢もシャルロットさんの件、ちゃんと頼むぜ。あの人の趣味とか好きなもんとか後で教えてくれよな)」



 と、自分の報酬も確認しておく。

 現在、御者台で馬車を動かしている、リーゼのメイドであるシャルロット。

 彼女はジェイクのストライクな女性だった。今も本当は一緒に御者台に座りたいと思っているのだが、「お嬢さまのご友人に御者などさせられません」と断られたのだ。

 その時の楚々たる仕種と、クールな眼差しが何ともいい。

 完全に、ジェイクは彼女に一目惚れしていた。



「(……まあ、その程度でしたらお教えしますが……)」



 と、一応そんな風に答えるが、リーゼは複雑な表情を浮かべた。

 リーゼにとってシャルロットは、メイドであると同時に姉のような存在でもある。

 こっそり彼女の情報を告げるなど、まるで身内を売るようで気が進まなかった。

 それと気になることがもう一つ。



「(ですが、オルバン。流石にあなたとシャルロットでは歳が離れすぎていませんか? シャルロットは美人ですが、十歳以上も年上ですわよ?)」



 シャルロットの年齢は確か二十六歳。ジェイクとは倍近い年の差だ。

 愛に年の差は関係ないかもしれないが、それでも二十六歳の女性と十四歳の少年では子供扱いされるだけで恋愛には発展しないような気がする。



「(ははっ、そんなの関係ねえよ)」



 しかし、ジェイクはリーゼの台詞を鼻で笑った。



「(オレっちの女神はあの人だ。そう直感したのさ。お嬢には悪いが、あの人はオレっちの嫁さんとして寿退職してもらうぜ)」



 と、深緑色の髪の少年は、堂々とそう告げた。

 すでに将来設計の段階にまで入っているらしい。



「(は、はあ、そうですか)」



 気が早すぎる級友に、リーゼは頬を引きつらせた。

 しかし、彼の行動力を考えると、本当に口説き落としてしまいそうだ。



(シャルロット……。その、頑張って下さいね)



 と、内心で従者の将来を案じていた、その時だった。



『お嬢さま方。別荘が見えてきました。窓をご覧ください』



 ジェイクの女神当人が、パイプ官を通じてそう伝えて来た。

 全員が顔を上げ、それぞれ近くにある窓に近寄り、注目した。

 この馬車の窓はすべて側面にある。角度的に前方――進行方向は確認できないのだが、今は側面から見える場所を進んでいるらしい。

 窓には木々に囲まれた景観と、大きな湖が見えた。



「……あっ!」コウタが小さく声を上げた。


「もしかして、あれがリーゼさんの」


「ええ、そうですわ」



 コウタの隣で窓を覗いていたリーゼが、こくんと頷く。



「……へえ。森の中の別荘って言うからログハウスを予想してたんだが……」



 と、ジェイクもまじまじと見つめて呟く。

 今、窓の外には大きな屋敷の影が見えていた。

 湖畔にある豪勢な館。魔窟館にもそう劣らない大きさだ。



「……大きなお屋敷」



 と、ゴーレムの上に乗るアイリも感嘆の声を上げた。

 しかし、無機物であるゴーレム達でさえはしゃぎ始める中、ただ一人、メルティアだけは目的地が見えておどおどしていた。



「コ、コウタ、つ、遂に来てしまいました」



 そして盛んに黒髪の少年の腕を引っ張る。「落ち着いてよメル」と、コウタは少し困ったような笑みを浮かべながらも彼女を優しく宥めていた。

 その様子に、リーゼは若干の嫉妬の混じった苦笑を浮かべつつ、



「それではみなさん」



 蜂蜜色の髪の少女は、淑女の笑みで皆に告げた。



「ようこそ。我がレイハート家の別荘へ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーゼ嬢、ちょいと淑女たらんとする心根が邪魔ですねぇ。それさえなければ、もっと突き進んでいけるでしょうに。別に彼女を推しにしたわけではありませんが、幼馴染みの勝ち確ヒロイン、メルティア嬢よ…
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