第二章 帰還①
コウタたちが皇国に到着したのは、昼過ぎだった。
長い船旅で疲れもあるが、コウタたちはまずラスティアン宮殿に向かった。
ミランシャの任務報告および、帰還の挨拶をするためだ。
相も変わらない美しい街並みを馬車で通り抜け、ラスティアン宮殿内の停留所に到着。荷物は車内に残して、コウタたちは宮殿に入った。
そうして、長い階段を七階まで昇った。
「相変わらずしんどい場所ね」
と、階段を昇り切ったミランシャが言う。
次いで、しなやかな肢体をぐっと伸ばして嘆息する。
今回の旅の引率者。
赤い髪の美貌の騎士である。
「……うん。しんどい」
そう呟くのは、小さなメイドさん。アイリだ。
ただ、アイリは、途中からコウタにおんぶしてもらっているのだが。
「まあ、修練にはよいかもしれませんね」
と、告げたのは『修練』という言葉に似つかわしくない美少女だ。
頭頂部で蜂蜜色の長い髪を紅いリボンで結んだ少女。リーゼ=レイハートである。
リーゼは、自分の美脚にそっと手を触れた。
「長い船旅で少々なまっているようですし」
『そうなのですか?』
ズン、と。
遅れて階段を昇り切った巨漢が言う。
紫色の甲冑を着込んだ騎士だ。
その後に、王冠を頭に掲げた同色の小さな騎士。さらに、同じく小さな騎士だが、特徴として二本角のお面を被った蒼い甲冑の騎士が昇ってきた。
着装型鎧機兵を着込んだメルティアと、自律型鎧機兵である零号。そして現在、サザンⅩと名を改めた三十三号だった。
『リーゼは、まるで変っていないと思うのですが?』
と、メルティアが告げる。
リーゼはムムっとした。脳裏にはメルティアの真の姿が思う浮かぶ。
どれだけグータラしても、決して崩れることのないメルティアの肢体を。
「筋肉は使わねば衰えるものです」
ぶすっとそう返す。
「ふむ。そうなのか?」
そう告げるのは、女性陣の中では最後の一人だった。
年の頃は十六歳ほど。
美麗な顔立ちに、緩やかに波打つ長い菫色の髪。その上には、ネコ耳を彷彿させるような癖毛がある。首には蒼いチョーカーを巻き、少し大きめのワンピース型の蒼いドレスを纏っている。
――リノ=エヴァンシード。
今回の旅で新たに増えた同行者である。
「わらわも修練は積んでおるが、あまりそこは気にしたことがないのう」
と、言って、腹部に手を置き、愛らしく小首を傾げる。
その際に、メルティアにも劣らない豊かな双丘が微かに揺れた。
……この女もメルティアの同類か。
そんな眼差しで、リーゼはリノを見据えた。
その傍らで、
「(……なあ、コウタ)」
もちろん、一行に同行しているジェイクがコウタに声を掛けてきた。
「(なんか、普通にリノ嬢ちゃんが宮殿内にいるけど、これっていいのか?)」
「(え、えっと、それは……)」
コウタは、少し顔を強張らせた。
リノは、犯罪組織の元九大幹部の一人だった。
その上、その組織――《黒陽社》の社長令嬢でもある。
彼女にとっては、この宮殿は敵地のような場所のはずだった。
しかし、リノにはそんな気負いはない。
「(どうもリノの話だと、彼女って、皇国騎士団とはほとんど面識がないんだって)」
《黒陽社》の九大幹部――《九妖星》。
皇国の《七星》にも並ぶ怪物たちだが、全員が戦闘ばかりしている訳ではない。
むしろ、仮にも幹部なので、戦闘経験自体は少ないらしい。
そんな感じで、リノ個人としては一度も皇国騎士団と遭遇しなかったとのことだ。
従って、リノが、元 《九妖星》であることを知っているのは、皇国騎士団の中では、ミランシャだけなのである。
「(それにしても、堂々としすぎだろう)」
あまりにも肝が据わっている美少女に、ジェイクとしては、呆れるのを通り越してもう感心するばかりだった。
「(はは、確かに)」
コウタも苦笑するしかない。
ともあれ、ここで話し込んでいても仕方がない。
一行は廊下を進むことにした。
団長室まで距離がある。
その途中で、騎士とも遭遇するのだが、リノはやはり堂々としたものだった。
「うむ。噂には聞いていたが、見事なものじゃな」
と、逆にラスティアン宮殿内を見物しているぐらいだ。
あまりにも自然すぎて、騎士たちも全く警戒していない。
まあ、彼らは、ミランシャの帰還の方に気を取られているようだったので、仕方がないといえば仕方がないことなのだろう。
「……アタシがこの廊下を通るのも、もう数えるぐらいかもね」
その時、感慨深そうにそう呟くミランシャの声が耳に届いた。
コウタは、少し複雑な表情を見せた。
(……う~ん、やっぱりミラ姉さんは……)
恐らく近い内に。
ミランシャは、皇国騎士団を退団するつもりなのだ。
そして彼女は、すぐに兄の元へと向かうのだろう。
あの国に残ったシャルロットと同じように。
(……兄さん。どうするんだろう?)
兄はとてもモテる人間だ。
ミランシャ、シャルロットのみならず。
恐らく兄の今の恋人であるオトハさん。
何より再会を果たしたサクヤ姉さんがいる。
他にもコウタにとっての義理の姪や、可愛い後輩。あの国で知り合った、少しだけ年上の二人の綺麗な少女。偶然にも再会した傭兵の女性もいる。
全員がとんでもなく綺麗な人ばかりだった。
彼女たちの想いに、兄はどう応えるつもりなのだろうか……。
(いや。ボクも他人事じゃないか……)
コウタは内心で溜息をついた。
コウタの悩みとしては、リノのことだ。
コウタが《黒陽社》から奪い取ったとも言える少女。
彼女が自分に想いを寄せてくれていること。
そして、自分もまた、彼女に強い想いを寄せていること。
その自覚は、流石にある。
しかし、コウタの心の奥には、常に一人の少女の姿があった。
もちろん、メルティアである。
その想いが、幼馴染に対するもの以上なのは、そろそろコウタにも理解できてきた。
それは、当然の成り行きとも言えよう。
何故なら、メルティアは世界一可愛いのだから。
幼馴染である自分が、彼女に惹かれるのも当然なのである。
ただ、彼女にその想いを抱くことは、恩人であるご当主さまに対して不義理になるようでどうしても素直に受け入れきれずにいるのだが……。
(……本当にどうしたらいんだろう)
悩む。
心の奥に、大切な二人の少女がいるのだ。
実際のところ、さらに数人いるのだが、コウタはまだ気づいていなかった。
いずれにせよ、二人だけでも、悩んでいる状況なのである。
(……本当に、兄さんならどうするんだろう?)
思わず、兄のことを考えたその時だった。
「おお! コウタの叔父貴じゃねえか!」
不意に声を掛けられた。
後ろからだ。
コウタのみならず、全員が振り返った。
そして、そこに居たのは、
「なんでえ! 帰ってきてたのか!」
バルカス=ベッグ。
一夫多妻を成し遂げた人物が、そこにいた。




