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第二章 楽しい宿泊計画②

 ――ガタガタンッ!


 と、不意に大きな音が鳴る。

 シーツに身を包んだメルティアは、ビクンと肩を震わせた。

 恐る恐る振り向くと、そこには鎧機兵のパーツが崩れ落ちた光景があった。

 どうやら山積みしていた物が、バランスを崩して倒れたらしい。



「お、驚かさないで下さい……」



 金色の瞳に涙まで溜めてメルティアは呟く。

 彼女は、ずっとこの魔窟館の寝室で震えていた。



「……ううゥ」



 メルティアは、ぼふんとベッドに頭を伏せて呻きだした。

 すでに応接室には友人が来ている頃だ。このままではいけない。

 そうは思っているのだが、中々勇気を出せずにいた。

 どうしても最初の一歩が踏み出せないのだ。



「ううゥ……コウタぁ、コウタぁ」



 と、親を呼ぶ子猫のように幼馴染の名を呟く。

 そして彼女は、よりシーツを深く被った。

 すると、


 ――コンコン。


 いきなり寝室のドアがノックされた。

 メルティアは、再びビクンと震えてドアを見つめる。と、



「メル? 入るけどいい?」



 ドアの向こうから、よく知る声が聞こえてきた。

 メルティアの表情が、ぱあっと明るくなる。

 その声は、彼女の幼馴染のものだった。



「か、構いません」少し裏返った声でメルティアは告げる。


「入って来て下さい」


「うん。分かったよ。入るねメル」



 という返答と共に、重厚なドアがガチャリと開いた。

 すると、そこに立っていたのはやはり彼女の幼馴染であるコウタだった。

 同時に、廊下の光が薄暗い室内に入ってくる。



「……メル。照明もつけないで何してるのさ」



 と、呆れたように呟くコウタ。

 そして壁に手を触れ、カチャリと寝室の照明をつけた。

 室内が一気に明るくなる。と、メルティアは再び震えてシーツを被り直した。



「………ふう」



 コウタは嘆息しつつ、ベッドの上の少女に近付いた。



「あのさ、メル」



 そして自身もベッドの上に乗り、少女に語りかける。

 彼女はシーツを頭からすっぽり被って丸くなり、何も答えない。

 しかし、その姿を見れば、メルティアがどういう心境なのかは明白だった。



「……怖い?」



 コウタが優しい声でそう尋ねると、メルティアはシーツの中でこくんと頷いた。



「だけど、ジェイクもリーゼさんも信頼できる友達だよ。アイリなんてもう一緒に住んでいるじゃないか。メルを傷つける人なんてここにはいないよ」


「そ、それでも怖いのです」



 メルティアは言う。



「私の姿を人に見られるのが怖いのです。この館は私の最後の防壁なのです」


「………メル」



 コウタは、すっと目を細めた。

 獣人族のハーフであるメルティアは幼い頃、その特徴的な容姿を揶揄されて酷く傷ついた経験がある。それが原因で今も引きこもっているのだ。

 この屋敷に人を招くのは、彼女にとって本当に特別なことだった。



(……まだ時期が早かったかな)



 コウタは丸いシーツを見つめて、小さく嘆息した。

 アイリをメイドとして受け入れた事もあって今回の件を勧めたのだが、まだメルティアの心情的にはきつかったのかもしれない。

 コウタには、かける言葉が見つからなかった。


 そしてしばし寝室に沈黙が訪れる。と、



「ゆ、勇気が足りないのです」



 不意にシーツの隙間からメルティアが顔を出してきた。

 コウタは「う……」と少し頬を引きつらせた。

 何となくだが、彼女の次の言葉が予測できたのだ。



「コ、コウタ……」



 どこか切羽詰まったような、恥ずかしがるような声でメルティアは言う。



「ブレイブ値が深刻です。底上げを要求します」


「………ぐッ」



 コウタは小さく呻いた。やはりそれが来たか。

 ブレイブ値の底上げ。

 それは、怖いから抱きしめて欲しいというメルティアのお願いだった。

 およそ数十秒~数分間。コウタが彼女を抱きしめると、その経過時間に比例して勇気が底上げされるということらしい。


 しかし、コウタにとってあれは、相当な覚悟がいるのだ。

 一緒に育ってきた幼馴染といえど、メルティアは極上の美少女であり、そのプロポーションも抜群なのだ。思春期の少年としては動揺しない訳がない。

 メルティアの意図としては、ただ甘えているだけだとコウタは思っているのだが、あの理性が蒸発していくような感覚は非常にまずかった。


 だが、今回の一件は、元々コウタが無理矢理押し通したようなもの。

 これぐらいの我儘は聞くべきかもしれない。



「わ、分かったよメル」



 コウタは大きく息を吐き、覚悟を決めた。



「そ、それじゃあ、お、おいで……メル」



 両手を開いてそう告げると、メルティアはシーツをはね飛ばした。

 そして、無言のままコウタの胸板に飛び込んでくる。

 しかし衝撃はない。感じるのは温かさと柔らかさだった。

 コウタの顔が一気に赤くなる。と、メルティアがポツリと呟いた。



「コウタ。コウタは何があっても私を守ってくれますよね?」


「そ、それは当然だよ。けど、それって友達に会いに行く時に言う台詞なの?」



 そんなやり取りをする二人。

 そうして、たっぷり五分もの間。

 少年は、幼馴染の少女を宥めることになったのだった。



       ◆



「………む」



 その時、リーゼは不意に眉をしかめた。

 ソファーに座り、飲んでいた紅茶をソーサーの上に置く。

 中々豪勢な応接室内を、うろうろと動いて見物していたジェイクが、「ん?」とリーゼの方に目をやった。



「どうかしたか、お嬢?」



 と、リーゼに尋ねるが、



「いえ、何故か悪寒がしましたわ。何かメルティアに出し抜かれたような気がします」



 小首を傾げてリーゼは答える。何やら第六感が働いたらしい。

 ジェイクはあごに手をやり苦笑した。



「女の勘って奴か。まあ、結構コウタが出ていって時間も経ったしな。メル嬢、コウタに甘えているのかもな」



 と、からかうように告げる。リーゼは少しムスッとした。

 それから一度静かに瞳を閉じて、



「メルティアは……」



 リーゼは小さく嘆息してから語り出す。



「少しコウタさまに甘え過ぎですわ。彼女の事情は分かりますが、淑女はもっと慎ましくなくてはいけません」


「ははっ、まあ、コウタの奴もメル嬢にはやたらと甘いからな。メル嬢の甘え癖はそのせいもあるんだろうな」



 リーゼの言葉に、ジェイクは大仰に肩をすくめた。

 すると、リーゼの隣に座っていたアイリがこくんと頷き、



「……うん。私もそう思う」頬に手を当て言葉を続ける。


「……コウタは毎日魔窟館に来てるよ。いつもメルティアと一緒」



 という魔窟館における唯一のメイドの台詞に、



「……そうですか」



 リーゼは、美麗な眉をわずかにしかめて呻く。

 これは予想以上に由々しき事態である。幼馴染の肩書はかなり強力だった。

 ここは、早々に巻き返しをしなければならない。

 そのためにも、今回の合宿で良い成果を上げなければ。

 と、リーゼが内心で決意していると、



「ああ、ところでお嬢。今回の合宿なんだが」



 別に彼女の決意に気付いた訳でもないだろうが、ジェイクが両腕を組んで今日この館に訪れた目的を話題に上げた。



「宿泊先はお嬢が用意してくれたんだよな? 一体どこなんだ?」



 今日、彼らが魔窟館に来たのは、三泊四日の合宿の詳細を相談するためだ。

 まあ、今回の計画は気の知れた友人だけの気楽な合宿。厳密なスケジュールを決める必要はないのだが、宿泊先については一番気になる点である。

 同行予定のアイリも、興味津々な眼差しでリーゼを見つめている。

 リーゼは二人に目をやると、ふっと口元を綻ばせた。



「とても良い所ですわよ」



 そう前置きして、彼女はにこりと笑って告げた。



「サザンのすぐ近く。とても綺麗な湖がある別荘ですわ」

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