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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第八章 そうして、彼女は運命を知る➄

 肌に突き刺さる殺気。

 巨大なる炎を間近で見たかのような威圧感。

 圧倒的な覇気を前にして、ライガは、軽く息を呑んだ。


(……これが、アルフレッド=ハウルか)


 双眸を鋭く細める。

 アヤメが怪物と称した人物。

 なるほど。この圧ならば納得だ。


(しかし、温厚な人物だという噂だったが……)


 ゆっくりと近づいてくる少年。

 目の前の人物は、とても温厚とは呼べない表情を浮かべていた。

 噂が嘘だった……とは、今回に関しては思わない。

 温厚な人間でも、激昂することもあるのだ。

 例えば――。


(しまったな。調査不足だったか)


 ライガは茫然とした顔で、少年を見るアンジェリカに目をやった。

 逆鱗に触れたとすれば、間違いなくこの少女のことだ。

 恐らく、彼女は、アルフレッド=ハウルの恋人だったのだろう。

 自分の女が見知らぬ男に襲われているのだ。激怒しないはずもない。

 仮に、ライガが逆の立場なら――。


(……ふん)


 余計な考えだと、思考を止めた。

 いずれにせよ、ここからは相手が変わるようだ。

 未熟な騎士候補生ではない。

 正真正銘の皇国騎士。それも最強の七人の一人だ。


「何をしたと聞いているんだ……」


 アルフレッドは、槍の間合いで足を止めた。

 対し、ライガは、すっと足を踏み出し、拳の甲を見せて構えた。

 口を開くことはない。

 代わりに、アンジェリカが何かを伝えようとしていたが、まだ体が恐怖に縛られているのか、口をパクパクと動かすだけだった。

 アルフレッドは、その様子を一瞥して、ギリと歯を軋ませた。


「……お前の素性はもういい」


 アルフレッドは呟く。


「今すぐアンジュから離れろ。これ以上、彼女に近づくな」


「……それは聞けんな――」


 と、ライガが答えようとした瞬間だった。

 ――ズドンッ!


(――ッ!)


 突如、肩に強い衝撃を受けた。

 ライガは大きく後ろに飛ぶ。右肩を押さえた。

 肩に痺れるような強い痛みが走った。


「……お前」


 アルフレッドが、突き出した槍を手に、双眸を細める。


「随分と硬い体なんだな。どんな鍛え方をしているんだ?」


「……なに。ただの体質というやつだ」


 ライガはそう答えるが、内心では本当に驚いていた。

 今の刺突は、ほとんど見えなかった。

 まるで閃光である。


(……本当に、『人』の子か?)


 獅子の尾を踏んだとしても、恐ろしいほどの技の冴えだった。

 このままでは、勝てないかもしれない。


(さて。どうするか)


 やはり、ここは鬼人の本性で戦うべきか。

 そう考えていると、


「……また無口になったな」


 アルフレッドが、再び間合いを詰めてくる。


「色々と考えてるのか? けど、僕はこれ以上、お前に付き合う気はない」


 一歩、二歩、三歩。

 間合いは、再び槍の領域に入った。


「アンジュが怪我をしているかもしれないんだ。お前に構っている暇なんかない」


 すっと、槍を構える。


「とりあえず、お前はもう退場しろ。頑丈なのが取り柄みたいだから、もし生きていたらその時は尋問でもしてやる」


 そう言った途端、アルフレッドの手元が消えた。

 そして次の瞬間、


(――ぬお!?)


 ライガは、目を見開いた。

 全身が、無数の衝撃で殴打されたのだ。

 まるで流星。すべて、アルフレッド=ハウルの刺突だった。

 あまりの速さに身構えることも出来ず、ライガの両足がわずかに浮いた。

 その刹那、


 ――ズドンッッ!

 一際強烈な一撃が、ライガの体を射抜いた。


 ライガは耐えることも出来ず、遥か後方に吹き飛ばされた。

 そして、ズガンっと壁にぶち当たった。

 ライガの体の強度もあって、その衝撃は砲弾にも近かったようだ。

 壁の一部は粉砕されて、ライガはその奥へと消えていった――。


「いいか。よく聞け」


 くるりと槍を回して、アルフレッドが言う。


「アンジュを泣かせるな。それだけは絶対に許さないからな」


「「……オオオ」」


 ガンガンガンっとゴーレムたちが拍手を贈る。

 メルティアも『凄いですね』と、ガンガンと拍手していた。

 一方、アンジェリカは、


(うわあ……アル君、アル君……)


 ――カアアアアアっ、と。

 幼馴染の雄姿に見惚れつつ、まるで自分の女に手を出すなと言わんばかりに、激しい怒りを見せてくれたことが嬉しく嬉しくて、顔を真っ赤にしていた。

 もし、ここに『アル君人形』があれば、その豊満なおっぱいと、日々の修練で鍛え上げた腕力で、人形の胃を圧縮するぐらいに抱き潰していたことだろう。


(はうわァ、アル君~っ)


 トラウマによる恐怖など、もう完全に吹き飛んでいた。

 一方、アンジェリカの感激ぶりには、メルティアも気付いていた。

 なにせ、事前に相談されていたのだから、彼女の想いは一目瞭然だった。


(――アンジュ。これはチャンスですよ)


 これは、絶好の好機だった。

 これほどの危機。そしてまるで王子さまのような登場をしたアルフレッド。さらには、悪漢を怒りに任せた一蹴である。

 幼馴染の達人であるメルティアの目で見れば明白だ。

 アルフレッドは、何だかんだいっても、まだ、アンジェリカに好意を持っていてくれているのだ。アンジェリカの話だと、もの凄いモラハラを受けているような気もするが、圧倒的な嫌悪の軍団に対し、たとえ劣勢でも好意軍は必死に抵抗を続けていたのだ。


(今です! 今こそ心を開く時なのです! アンジュ!)


 ここでデレを見せれば、まさに逆転の一手だ。

 アンジェリカの印象も大きく変わるはず。


(さあ! おっぱいも使って、ぎゅっと抱き着くのです! アンジュ!)


 メルティアは、着装型鎧機兵の中で、両手の拳を固めた。

 アルフレッドは片膝をつき、「大丈夫? アンジュ?」と、まさに今、アンジェリカに手を差し伸べようとしていた。


 さあ、怖かったと、本心を吐露するのだ。

 その大きなおっぱいを目いっぱい使って抱き着くのだ。


 アルフレッドの性格ならば、困惑しても抱きしめ返してくれるに違いない。

 そうして一度でも弱さを見せてしまえば、もう強がる必要もない。

 徐々に、自然な態度も取れるようになるはずだ。

 デレ100%も夢ではない。


(頑張ってください! アンジュ!)


 メルティアは声には出さず、自分の弟子を自称する少女を応援した。

 ――が、


「相変わらず遅すぎるのよ。アルフレッドは」


 ………………………。


「いつまでたっても成長しないわね。それでいいと思っているの?」


 …………………………………。


「どうせならこうなる前に来なさいよ。何よ、あのタイミングは。あなた、まさか出てくるタイミングを計っているんじゃないでしょうね」


 ……………………………………………。

 ……………………………おい。


「まあ、あの程度の奴。その気になれば楽勝だったわ」


 と、アルフレッドの差し伸べた手をはたいて、言い放つアンジェリカ。

 アルフレッドは「う、うん。そうだね」と、顔を引きつらせていた。

 先程までの怒りや迫力は、もうどこにもない。

 すでに覇気まで消えかけている。

 今の彼を見て《七星》の一人だと思う人間はいないだろう。

 アンジェリカは立ち上がると、片手を腰に、赤い髪を手で払った。


「まったく。アルフレッドって本当に愚図――」


 と、言いかけたところで、

 ――むんず、と。

 アンジェリカの頭は、巨人の手で掴まれた。


「え? ふえ? 我が師(マイマスター)?」


 両足が宙に浮き、アンジェリカが動揺の声を上げた。

 アンジェリカの頭を掴んだメルティアは、唖然とするアルフレッドに告げる。


『アルフレッドさま』


「あ、は、はい。何ですか?」


 アルフレッドが尋ねると、


『アンジュを借りていきます。少しこの場でお待ちください』


「え? あ、はい」


 コクコクと頷くアルフレッド。

 メルティアは、アンジェリカを浮かせたまま、ズシン、ズシンと移動していく。

 そうして、《フォレス》の影にまで移動すると、


『何を考えているのですか! あなたは――ッ!』


「ひやあああッ!? ごめんなさあいいいッ! 我が師(マイマスター)ッ!」


 メルティアは、生まれて初めてガチの説教をした。

 一方、アルフレッドは、


「アンジュ、メルティアさまと仲良くなれたんだ……痛、いたたた……」


 彼は彼で、彼女たちに気付かれないように胃を押さえるのであった。




 が、そんな中で――。




(……凄まじいな……)


 ガラガラ、と。

 岩を退かし、壁の一つ向こう側で、ライガは立ち上がった。

 出血する自分の肩の付け根に片手をやる。


(……なんという技量だ。これが《七星》なのか)


 無数の流星の中にあった一筋の光。

 あの瞬間、わずかにだが、体を捻れたのは僥倖だった。

 もし、あと一秒でも遅れていたら、確実に喉を貫かれていただろう。

 全力を出すこともなく、ここに屍として転がっていたはずだ。


「……所詮は『人』と侮っていたか」


 ライガの額から、グググっと心角が伸びる。

 同時に、筋肉がさらに引き締まり、傷口の出血が止まった。


「だが、ここからは本気だ。俺も負ける訳には――」


 と、呟いた時だった。

 その声は、唐突に響いた。


「……ソコマデニ、シテオケ」


 それは、決して威圧するような口調ではない。

 だが、それでも、ライガは雷でも落とされた感覚を抱いた。

 ハッとして、後ろに振り向く。


 そして、そこに居たのは、


 ――ズズズズ……。

 影が岩壁に沿って這っていた。


 ――そう。影だ。

 とても長く、太く、まるで蛇のような巨大な影が這っていたのである。

 鋭いアギトを持つ巨大な影だ。


 壁面に、地面に、天井。全部で三体の巨大な影。

 三つの影は途中で一つとなって繋がっており、その先には、とても小柄な人影があるのだが、ライガの瞳には巨大な影だけが映っていた。


「おお、おおお……」


 感嘆にも似た声を上げるライガ。

 すると、影は、アギトを動かしてこう告げる。


「……問オウ。異界ノ子ヨ。ワレガ、何者カ、ワカルカ?」


「――何を仰られますか!」


 ライガは両膝を、両手を地に付けた。


「一目で分かりましたぞ! 焔魔さまの血がお教えくださった! 御身こそが、我らが偉大なる王!」


「………焔魔ノ子、ダッタノカ」


 獣の影は、双眸を細めた。


「……懐カシイ名ダ。東方天・焔魔。北方天ノ遺シタ《教団》ハ、知ッテイタガ、アヤツマデ、コノ地二、キテイタトハナ。アヤツハ、ドウシテイル?」


「……残念ながら焔魔さまは、すでに亡くなられております。ですが我らがここに」


 ライガは、頭を深々と下げた。


「我らが王と、我らが御子さまのために。我ら焔魔堂は、この日のために今代まで在り続けておりました」


「……ソウカ」


 獣の影は、数瞬ほど沈黙した。


「しかしながら、王よ」


 ライガは言葉を続ける。


「まさか御子さまのみならず、王まで蘇っておられようとは……」


「……残念ダガ、ソレハ違ウ。ワレノコノ姿ハ、ヨリシロダ。仮初ニスギヌ」


 影は尋ねる。


「……焔魔ノ子ヨ。ウヌハ、ワガ御子二、スデニ逢ッタカ?」


「……は」


 ライガは答えた。


「御子さまのご尊顔は遠方よりですが拝見しております。拝謁はまだですが――」


 少しだけ迷いつつも、ライガは報告する。


「我が義妹が、今まさに御子さまの元に。名はアヤメ。幼少の頃より、御子さまの寵愛を賜るために育てあげた娘でございます」


「……ホウ」


 大いなる影は、面白そうに呟いた。


「……ソノ乙女。牙ハ、モッテオルカ?」


「……牙ですと?」


「……御子二、ツキタテル牙ダ」


「………なっ」


 ライガは目を見開き、顔を上げた。


「御子さまに、牙ですと?」


「……贄ナル花嫁ハ、牙ヲモタネバ、意味ガナイ。ソノ牙サエモ喰ラウ。怒リモ、激情サエモ愛スル。ソレガ、ワガ代行者。ワガ御子ナノダ」


「なんと……ッ」


 ライガは、深々と王に頭を垂れた。


「恐れながら、御子さまの望まれる通りの状況かと。我が義妹は、まさに今、御子さまに牙を向けに行っているのです」


 偉大なる王に、ライガは正直に語った。

 アヤメが、御子さまの花嫁であるお側女役を嫌っていることを。

 その運命を覆すために、今御子さまに戦いを挑んでいることを。

 すると、大いなる影は、クツクツと笑った。


「……オオ。安定ノ、女難……」


 と、こっそりと呟きつつ、影は三つある双眸を細めた。


「……焔魔ガ、遺シタ、贄ナル花嫁カ。ナカナカニ、オモシロイ。ワガ御子ニ、フサワシキ乙女ナノカ。ミセテモラオウカ」

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