第八章 そうして、彼女は運命を知る①
(な、なんでなのです!)
――その頃。
森の中で、アヤメは酷く焦っていた。
(なんで、攻撃が当たらないのです!)
剛力で振るわれる金棒。
木々も軽々と吹き飛ばす一撃が、彼相手だと掠りもしない。
(なんでなのです!)
アヤメは、左手の指を立てた。
「《焔魔ノ法》中伝! 樹の章!」
少年にへと左指を向ける。
「《蛇蔓》!」
途端、ざわざわと木々がざわめく。
葉の中から複数の蔓が飛び出し、少年へと襲い掛かる!
しかし、少年――コウタは、
「――ふッ!」
一呼吸で、すべての蔓を両断した。
アヤメは唖然とするが、
「――くッ!」
すぐさま金棒で襲い掛かった。
だが、それもあっさりとかわされた。
しかもそれだけではない。
「――あっ!」
アヤメの足を払い、彼女の重心を崩したのだ。金棒が手から離れる。
さらに空中で彼女の肩を掴んでさらに回転。アヤメは背中から地面に落とされた。
「~~~~~ッッ!」
アヤメは歯を軋ませる。
これで、もう何度目だろうか。
アヤメの体には並みの攻撃は通じない。
それこそ剣で斬りかかられても刃が通ることもない。
だが、それを理解しているからだろう。
彼は攻撃の主体を、投げ技に変えてきたのである。
アヤメの攻撃を凌ぎ、重心を崩し、地面に叩きつけるのだ。
いくら鉄を凌ぐ皮膚でも、衝撃まで吸収してくれる訳でもない。
彼の投げ技は、着実にアヤメの体力を削っていった。
隙は見せないまま、少年は言う。
「……君は強いよ。圧倒的な身体能力に、不思議な力。けど」
一拍おいて、双眸を細める。
「……動きが素直すぎる。それだと先読みされるよ」
「うるさいのです!」
アヤメは立ち上がった。
しかし、ダメージは深く、ガクンっと膝が崩れた。
――と、
「あ、シキモリさん!」
思わずコウタが手を差し伸べて、彼女の肩を支えた。
途端、
――トクン、と。
鼓動が鳴った。
そしてあれほど荒ぶっていた心に、深い安堵が生まれる。
(……あ)
アヤメは彼の腕を掴み、顔を上げた。
「大丈夫?」
彼と視線が重なる。
星さえ呑み込みそうな、夜の眼差し。
数瞬の間、アヤメは、彼の瞳に魅入ってしまった。
「ッ!」
アヤメは、顔色を変えた。
そして、彼の腕をはねのけて後方に跳ぶ。
アヤメは、ギリと歯を軋ませた。
悔しいが、この少年は強い。
戦闘能力ではアヤメの方が確実に上だが、恐ろしく戦い方が巧い。
この少年が、これまでどんな人生を歩んできたのかは知らない。けど、彼は恐らく相当な修羅場をくぐってたのだろう。実戦経験値が桁違いだった。
一方、アヤメは幼い頃から修練こそ毎日行っていても、実戦経験はほとんどない。
実質のところ、この戦いこそが初陣とも言える。
その経験の差が、如実に出てしまっていた。
このままでは、敗北は必至だった。
(認めないのです!)
自分の運命も。
この少年の腕に触れて、本能的に安堵してしまったことも。
何もかも、認めたくなかった。
「付いてくるのです!」
アヤメは、そう叫んで走り出した。
森の中を疾走する。
アヤメの力は、生まれもった身体能力だけではない。《焔魔ノ法》だけではない。
アンジェリカやフランと出会い、アノースログ学園に通うことで得た力もあるのだ。
アヤメは、森を抜けた。
木々のない、少し大き目の広場だ。
ここならば召喚が出来る。
少し遅れて、少年もこの広場に飛び出してきた。
「……ここは」
流石に、アヤメの狙いに気付いたのだろう。
「どうしてもやるの?」
少年が神妙な声で尋ねてくる。
アヤメは、ふんと鼻を鳴らした。
「当り前です」
彼女は、腰に差した黒刀に触れた。
「私は、私の運命を打ち砕くのです」
そのためには手段も選ばない。
「来るのです。《黒鉄丸》」
アヤメの前で、転移陣が輝いた。
そうして現れたのは一機の鎧機兵だった。
全高は五セージルほど。比較的に小さな鎧機兵だ。
型式としてはアロン系統。
盾を重ね合わせたような肩当てに、頭部には二本の角を持つ、紫がかった黒い機体。
アロン系統でも、竜尾があることには変わらない。
両膝を突く機体の横には、巨大な黒い金棒が突き立てられていた。
アヤメは跳躍し、足場もかけずたった一歩で《黒鉄丸》の操縦席に乗り込んだ。
やはり驚くべき身体能力だった。
《黒鉄丸》の胸部装甲が閉じられ、ブンと両眼が光る。
《黒鉄丸》は立ち上がり、金棒を手に取った。
多関節らしき金棒は、火花を散らして削岩機のように回転する。
『さあ、お前も用意するのです』
アヤメが告げてくる。コウタは小さく嘆息した。
(仕方がないか)
ここまで来ると、完全に決着を付けないと彼女は納得してくれないだろう。
(まあ、あの不思議な力や金棒のことも気になるし)
彼女には一度落ち着いてもらってから、その話を聞きたかった。
正直、かなり興味津々だった。
彼女は一体何者なのか。
ここまで来ると、やはり知りたい。
そんなことを考えつつ、コウタはそっと短剣に触れた。
直後、転移陣から現れるのは、コウタの愛機・《ディノ=バロウス》だ。
黒い処刑刀を傍らに、両膝を突く三つ首の魔竜を模した機体。
自分の愛機よりも禍々しい鎧機兵にアヤメは目を剥いた。
コウタは、鎧装の縁に足を掛けて《ディノス》に乗り込んだ。
《ディノス》の両眼が光る。
『……さて』
コウタが呟く。
『君には色々聞きたいし、それが君に勝つことでしか叶わないというなら』
一拍おいて。
コウタは、自負を以て告げるのだった。
『悪いけど、これから君を倒させてもらうよ』
 




