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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第2部

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第二章 楽しい宿泊計画①

 エリーズ国の首都。

 王都パドロは、周辺を森林に囲まれた大都市だ。

 人口はおよそ八十万人。上から見て円状の外壁を持ち、石造りの街並みと所々にある緑が見事に融合した美しい城砦都市である。


 そして、その中央には大きな城の姿があった。

 エリーズ国を統べる王が住まう王都パドロの主城――イスクーン城。

 隣国であるグレイシア皇国のラスティアン宮殿ほど有名ではないが、王都の象徴と呼ぶに相応しい荘厳な巨城だった。



「…………」



 そんなイスクーン城の四階。高官のみに使用が許されたサロンのバルコニーにて、二人の人物が今、無言でテーブルの席に着いていた。

 向かい合わせに座る二人は、共に四十代前半の男性。白い制服と赤い外套を着こなす彼らは、一人は白銀に近い総髪が特徴的な人物であり、もう一人は蜂蜜色の髪に、少し痩せこけた顔つきが印象に残る人物だった。

 二人は、互いにティーカップを口元につけていた。



「……ふん」



 その時、蜂蜜色の髪の騎士が手に持った紅茶をソーサーの上に置いた。



「貴様が茶を奢るなどどういう風の吹きまわしだ。アシュレイ」



 そう言われ、白銀の髪の騎士――アベル=アシュレイは苦笑した。

 そして、自身もティーカップをソーサーに置き、



「おいおい、レイハート。一応奢っているんだから、そう険悪になるなよ」


「ふん。学生の頃から貴様の気前がいい時は、大抵何か思惑があったからな」



 と、表情を全く変えずに蜂蜜色の髪の騎士――マシュー=レイハートは言い放つ。

 その家名が示す通り、彼らは四大公爵家の当主にして、エリーズ国騎士団の四将軍の内の二人。そしてメルティアとリーゼの父親達であった。



「ま、まあ、今回はそんな思惑もないさ。ただ礼を言いたくてな」



 そう言って、ボリボリと頭をかくアベルに、



「……礼だと?」



 マシューは眉をしかめた。



「どういうことだ? 私は貴様に礼を言われるような事はしていないぞ」 


「いや、娘のことだよ。お前、今回別荘を貸してくれたそうじゃないか」



 と、アベルに説明され、マシューはようやく得心がいった。



「ああ、なんだ。あの件か」



 数日ほど前、いきなり娘であるリーゼに別荘の一つを貸して欲しいと頼まれたことをマシューは思い出した。聞けばクラスメート達との合宿に使いたいと言う。基本的に放任主義のマシューは忙しさもあって二つ返事で許可をしたのだ。



「私はただ許可しただけだ。礼を言われるようなことではないな」



 と、正直にアベルに告げると、旧友は再び苦笑を浮かべた。



「そういうクレバーな所は相変わらずだなレイハート。しかし、娘が男も含めて別荘に宿泊するんだぞ。よくそんなあっさり許可を出したな」



 父親として心配ではないのだろうか。

 同じく娘を持つアベルとしてはマシューの心情がいまいち掴めなかった。

 すると、マシューは「くだらないな」と鼻を鳴らした。



「あれを誰の娘だと思っている。リーゼが自分の意志で判断したのならば私がいちいち口出しすることではない。ただ構うことだけが愛情ではないぞアシュレイ」



 放任主義と、ただの放置は違う。娘にはしっかりした教育を施している。

 マシューは言外にその自信を込めて、そう告げた。



「はは、本気で耳が痛い台詞だな」



 娘を溺愛しすぎた結果、ああ(・・)なってしまったアベルは笑うしかない。



「だが、貴様の方こそよく娘を外に出す気になったな」



 と、マシューが紅茶を手に取り、アベルに問う。

 異常なほど過保護な旧友からは考えられない判断だ。



「正直かなり驚いたぞ。いよいよ子離れする気にでもなったのか?」



 そんなことを言うマシューに、アベルは眉をしかめた。



「何を言うか」



 アベルは腕を組んで憤慨する。



「誰がメルを手放すか。あの子はまだまだ可愛い盛りだぞ。まあ、確かに今回の件は一種の婚前旅行のようなものだし、私としては寂しくもあるが……」



 今回の三泊四日の合宿。それに参加する愛娘(メルティア)の最有力婿候補である黒髪の少年を思い浮かべて、アベルは何とも言えない表情を浮かべた。

 が、その台詞に対し、マシューは少し目を丸くした。



「……婚前旅行だと?」ぼそりと反芻する。



「なんだ。貴様の方に(・・・・・)もそんな話が(・・・・・・)来ているのか(・・・・・・)?」



「………は?」



 今度はアベルがキョトンと目を剥いた。



「それはどういう意味だ、レイハート?」



 そして、マシューにそう尋ねた、その時だった。



「お話し中、失礼いたします。両将軍閣下」



 不意に、そんな声をかけられた。

 アベルとマシューは、視線を声の方へと顔を向ける。

 そこには一人の青年が、涼やかな笑みを浮かべて立っていた。

 年の頃は二十代前半。白と金を基調にした貴族服を着ており、サラサラとした栗色の髪を持つ、凛々しい青年だ。



「これは……サザン伯爵ではありませんか」



 アベルが青年の名を呟いて立ち上がった。マシューも同時に席から立つ。

 ハワード=サザン。

 彼は、この王都パドロの隣町であるサザンの若き領主だった。

 アベルとマシューは、青年と握手を交わした。



「サザン伯爵。どうして王都に?」



 と、尋ねるアベルに、ハワードは「それはですね」とにこやかに笑って答える。



「私用がありまして。まあ、それも無事終了しましたので、帰還する前に国王陛下にご挨拶をしておこうと思いまして」



「おお、そうでしたか」と、アベルは納得する。



 ハワードは笑みを浮かべたまま首肯し、それからマシューの方へと目をやった。



「お久しぶりです。レイハート将軍閣下」


「……うむ。久しいな、サザン伯爵」



 マシューは、どこか気まずげそうに挨拶を交わす。

 が、その少しおかしい様子にもハワードは特に気にかけず言葉を続けた。



「ここで閣下にお会いできるとは幸運です。以前お伝えした一件は、お考えいただけましたでしょうか?」


「……う、む」



 マシューはわずかに言い淀んだ。



「すまないがもう少し時間をくれないか。良い話ではあるのだが……」



 と、告げるマシューに、ハワードは「構いません」と微笑んだ。



「急なお話です。期間もまだあります。ゆっくりお考えください。ですが……」



 そこでハワードは気恥ずかしそうに頬を緩めた。



「出来れば良きお返事を期待しております」



 そう言って、ハワードはアベル達に一礼にし、「では、陛下にお目通りをして参ります」と告げて若きサザンの領主は立ち去っていった。



「……おい、レイハート」



 アベルは青年の姿がサロンから消えるのを見届けてから、旧友に問う。



「サザン伯爵の話とは何のことだ?」


「……ふむ。そうだな」



 そう呟くと、マシューは腕を組み、



「アシュレイ」



 声をわずかに落として旧友に尋ねる。



「あの男。貴様はどう見る?」


「サザン伯爵か? そうだな……」



 アベルは目を細めて街で聞く伯爵の評判を思い浮かべる。



「騎士学校では、極めて優秀な成績を残すほどの天才だったらしいな。文武両道。容姿端麗。サザンの領主としての評判も上々だ」



 と、絶賛するアベルだったが、「しかし」と言葉を続ける。



「私個人としてはどうも腑に落ちんな。感情的な話かもしれんが」



 完璧すぎて気味が悪い。

 知らず知らずの内にそう感じているのかもしれない。



「……そうか」すると、マシューが眉をしかめて呟く。


「貴様もそう思うのか」


「なんだ? お前もそんな風に思っていたのか」



 アベルは、まじまじとマシューを見据えた。

 この旧友はあまり感情には流されない男なので少々意外だった。



「もしかして苦手な男なのか?」



 アベルはそう尋ねるが、マシューは答えない。

 ただ静かに両腕を組むだけだ。気まずい空気が流れた。



「おい、レイハート?」



 沈黙に耐えかねてアベルが再度尋ねる。

 対するマシューは小さく嘆息し、ようやく口を開いた。



「確かに良き青年に見える」



 文武に優れ、礼節を重んじる好青年。

 理性的な部分では、マシューは彼をそう認識していた。

 彼から提言された例の件も、本来ならばさほど悩むような事ではない。

 お互いにとって良き話だと受け入れただろう。


 しかし――。



「正直、腹の底が見えんのだ」



 そう前置きし、マシューは自分の直感的な部分を語った。



「サザン伯爵を見ると、まるで暗い洞を覗き込んでいるような気分になる。はっきり言えば、私はあの男が気に入らんのだよ」



 だからこそ、と一言入れ。



「例の件、より慎重になる必要があるな」



 マシューのその呟きは、隣にいるアベルにも聞こえないほど小さなものだった。

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