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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第七章 開拓の巨人④

 ……ズズウゥン、ズズウゥン。

 地響きが続く。

《フォレス》が進撃する音だ。


 森は、薙ぎ払われるように開拓されていった。

 後で教師陣が泣き出しそうな光景である。

 ともあれ、そんな《フォレス》の後を《グランジャ》は付いていっていた。


(相変わらず鎧機兵に見えねえな……)


 時折、両腕でも木々を左右に切り分ける《フォレス》は、鎧機兵の最大の特徴である竜尾を持たない機体だ。

 全身の装甲を超重量・超硬度のダイグラシム鋼で固めている。

 そのため、非常に自重が重く、重心が安定しているので、わざわざ竜尾(バランサー)を付ける必要がなかったのだ。


(あれって、どうやったら勝てんだ?)


 ジェイクは、苦笑混じりに眉をひそめた。

 至近距離の砲撃でも耐えそうだ。

 あの装甲を突破できるのは、実質的にコウタの《ディノス》だけだった。

 コウタが持つ《断罪刀》という闘技のみが、その装甲を斬り裂けるのである。

 ただ、コウタが、メルティアに刃を向けることなど絶対にないのだが。

 そのため、鎧機兵戦では、メルティアは校内で無敵だった。


(まあ、このまま何事もなければいいんだが)


 ジェイクは操縦棍を握りしめて、双眸を細める。

 いかに無敵でも、戦場ではないがあるのか分からない。

 それに、こうして開拓しながら進撃すれば、鎧機兵で動けるスペースも確保されているということだ。今は相手側も混乱していても、いずれ鎧機兵で迎撃してくるはず。


(油断はできねえな)


 表情を引き締め直す。

 コウタから預かった大切なお姫さまだ。

 断じて、怪我などをさせる訳にはいかない。

 そうなった時のコウタは本当に怖いから。


 しかし、腑にも落ちない。

 どうして、コウタは単独行動を望んだのか。普段のコウタなら、周囲の意見を押し切ってでも、自分がメルティアの護衛に買って出るはずなのに。


(なんかあったのか?)


 そう思うが、コウタが話さないということは、きっと理由があるのだろう。


(まあ、問題がありゃあ言ってくるか。それより……)


 ジェイクは《万天図》を一瞥して、双眸を細めた。


『メル嬢』


 メルティアに呼びかける。と、


『はい。分かっています』


 そう声を返してきた。


『やはり来ましたね』


『おう。気をつけてくれ。チビどもな』


『……ウム』『……リョウカイ』『……トウホウニ、ゲイゲキノヨウイアリ!』


 と、《フォレス》に、搭乗するゴーレムたちも答えてくる。

 その直後だった。


 ――ゴウッ!

 見えない何かが風を切った。


(いきなりか!)


 ジェイクは目を細めて、愛機を動かした。

《フォレス》の前に立ち、手斧を薙ぐ《グランジャ》。

 すると、強い衝撃が奔り、何かが打ち砕かれる感触がした。

 見えない恒力の刃――《飛刃》を迎撃したのだ。

 それは、後方から撃ち出されたモノだった。


『敵、ですね』


 ゆっくりと。

《フォレス》が振り返った。

 そこに居たのは、二機の鎧機兵だった。

 一機は黒の下地に、炎の紋を持つ鎧機兵だった。

 全高は五・三セージルほど。手には真紅の大剣。

 盾は持っていない軽装型の機体だった。ヘルムには赤い髪飾りが揺れている。

 そして、もう一機には見覚えがあった。

 ジェイクが、昨日戦ったばかりの機体だ。


(……げ)


《白風》を見て、ジェイクが頬を強張らせる。

 接近禁止令の対象である少女だ。


『き、昨日はどうも』


 と、フランが言ってくる。

 ジェイクは『お、おう』と答えた。


『体はもう大丈夫なのか?』


『は、はい』


《白風》がコクコクと頷いた。


『オルバン君が、優しく気遣ってくれたから』


『……そっか』


『あ、あまり痛くもなかったです』


『そりゃあ、良かった』


『……………』


『……………』


 二人はそのまま沈黙する。と、


『……ちょっとフラン』


 真紅の大剣を携えた鎧機兵が言う。


『お見合いしないでよ。これから戦うんだから』


『う、うん。分かっているよ』


 フランが答えた。

 真紅の大剣の鎧機兵の声に、ジェイクはさらに顔を強張らせた。


『その声。コースウッドさんか』


『ええ。そうよ』


 真紅の大剣の鎧機兵。機体名・《烈火帝》が答える。

 ジェイクは、小さく呻いた。

 彼女もまた接触禁止令の対象だ。それも、ぶっちぎりの第一位である。


(よりにもよってこの二人か)


 実力面でも、個人的な事情においても、一番遭いたくない相手だった。

 しかし、これは不可抗力だ。

 情状酌量も、少しは期待できるかもしれない。


(うん。直接触れなきゃいいんだしな)


 ジェイクは、自分をそう納得させた。

 ――と、


『アノースログ学園の生徒会長と、副会長ですか』


 おもむろに、メルティアが呟く。


『いずれ敵とは遭遇すると思ってましたが、好都合です』


《フォルス》の両眼が光った。


『フラッグのみならず、ここで主力であるあなた方も倒せば、きっとコウタは、無茶苦茶褒めてくれるはずです』


《フォレス》の中。さらにその奥に鎮座する着装型鎧機兵の中で、ピコピコとネコミミを揺らすメルティア。

 今日は、実にアグレッシブなメルティアだった。

 元々がグータラなせいで、こういったイベントでコウタに褒められるのは、かなりレアな経験なのだ。ずっとワクワクしているのである。

 一方、アンジェリカとフランは「「え?」」と目を剥いた。


『えっと、あなた……』


 アンジェリカが声を掛けようとするが、言葉を詰まらせる。

 よくよく振り返ると、この鉄骨製の主席の子の名前を知らないのだ。

 それを察したのか、メルティアが、


『私の名前ですか? メルティアです。メルティア=アシュレイです』


『アシュレイ? 四代公爵家のアシュレイ家と同じ家名ね』


『同じ家名も何も、私はその家の娘です』


 一拍の間。


『『――ええッ!?』』


 アンジェリカと、フランは同時に声を上げた。


『あ、あなた、公爵令嬢なの!?』


『ええ。そうですが、何か?』


 そう返してくるメルティアに、アンジェリカたちは言葉もない。

 これには驚いた。まさか、あの体格で公爵令嬢の肩書を持っていようとは……。

 しかし、それ以上に気になることも言っていた。


『えっと、あなたって、ヒラサカ君と知り合いなの?』


 ――そう。それが気になった。

 アヤメが想い(?)を寄せる少年の名を、彼女は親し気に呼んでいたのだ。


『コウタですか? コウタは私の家の使用人で、私の幼馴染ですよ』


 と、メルティアは、何を今さらといった口調で答えた。


『お、幼馴染?』


 アンジェリカは、自分にとっては呪いのようなその単語(ワード)を反芻した。


『え? その、アシュレイさんは、ヒラサカ君とは仲がいいの?』


『それは当然です』


 メルティアは着装型鎧機兵の中で胸を張り、双丘をたゆんっと揺らした。


『ラブラブですよ』


『『ラブブラとな!?』』


 アンジェリカとフランは同時に叫んだ。

 一方、ジェイクは「戦場で、何でこんな会話してんだ?」と思ったが、口を挟める雰囲気ではないので自粛していた。

《白風》と《烈火帝》は、互いの顔を見合わせていた。


『え? ヒラサカ君って彼女持ちなの? しかもアヤメと真逆の子?』


『そ、それも気になるけど、私としては……』


 アンジェリカは、ゴクンと喉を動かした。

 ――幼馴染なのに。

 幼馴染なのに、ラブラブとは!


『オ、オルバン君!』


『お、おう?』


 不意にアンジェリカに名を呼ばれて、ジェイクは驚いた。


『彼女が言っていることはホントなの? 彼女とヒラサカ君がラブラブって……』


『いや、ラブラブかどうかは、本人たちの主観だと思うんだが……』


 ジェイクは、ポリポリと頬をかいた。


『まあ、コウタの奴が、メル嬢を溺愛してんのは周知の事実だな』


『――その通りなのです!』


 メルティアが鼻息荒く宣言する。


『コウタは、溺れるぐらいに私を愛しているのです!』


『溺れるぐらいに!?』


 アンジェリカは、目を見開いた。


『なんてこと……。達人(プロ)、幼馴染の達人(プロ)なのね。これは是非ともご意見を……』


『ア、アンジュ! 落ち着いて!』


 フランが言う。


『気になるのは凄く分かるけど、アヤメの件もあるし、それよりも今は』


『う、うん。分かっているわ』


 アンジェリカがそう呟くと、《烈火帝》は大剣の切っ先を《フォレス》に向けた。


我が師(マイマスター)


『アンジュ!? 呼び方、呼び方!?』


 フランに指摘されて、アンジェリカはコホンと喉を鳴らした。


『とりあえず今は戦闘中よ。色々と聞きたいことはあるけど、それは全部後』


 アンジェリカは面持ちを改めた。


『行くわよ。アシュレイさん。勝利のために、ここであなたを止めさせてもらうわ』



       ◆



(……ふむ)


 森の影の中。

 ライガは、その様子を静かに窺っていた。


(これは、少々厄介だな)


 今回の催事。

 主体は対人戦になるはずだった。

 ゆえに、ライガは、アンジェリカの隙を窺っていた。

 完全に人気がない森の中で、彼女を気絶させて連れ去るつもりだった。

 フラン=ソルバが、彼女に同行することも僥倖だった。『花嫁』に選んだだけあって、二人とも相当な実力者ではあるが、それでもライガの敵ではない。

 たとえ二人同時に相手にしても遅れなどとらない。

 今の状況は、二人とも攫うことが出来る絶好の機会だった。

 むしろ、こうなってくると、アンジェリカ一人だけを攫う方が面倒だった。

 何より、真の目的である『御子さまの捜索』を、すでに果たしている。

 アヤメがどのような運命を選ぶかは、ライガにも知る術はない。


 ――運命に抗って、新たな道を歩むのか。

 ――運命を受け入れて、御子さまの寵愛を賜るのか。


 状況によっては、アヤメがそのまま里抜けする可能性はある。だが、こと戦いに関しては、御子さまが、アヤメに負けるとは思ってない。

 アヤメ程度に負けるのならば、それは御子さまとは呼べないからだ。


 ――御子さまは、すでにここに御座す。

 それが確定した今、この表向きの任務は、早々に切り上げても問題はなかった。


(……さて)


 いっそ、ここは強硬に出るか。

 そう考え始めていた矢先のことだった。

 突如、あの異様な鎧機兵が登場したのである。

 予期せぬ事態に、状況は一変、鎧機兵戦へと移ってしまった。

 対人戦ならば、負ける要素などない。

 しかし、鎧機兵戦となれば、流石に話は別だ。

 それにもう一つ、気になる情報も聞いた。


(………むう)


 ライガは、通常の二倍ほどもある巨大な鎧機兵の方に目をやった。

 どうも話によると、あの機体の操手である少女は、御子さまの幼馴染であり、すでに深い寵愛まで受けているそうだ。


(御子さまが、御自らお選びなられたお側女役ということか)


 この可能性は大いに考えられた。

 焔魔堂の祖・焔魔さまのお側女役も百五十人。

 ならば、御子さまにも、複数のお側女役がいてもおかしくない。

 強き王に側室が多いのは、世の理でもあるのだ。

 しかし、となれば、あの娘を迂闊に傷つける訳にもいかない。

 いずれ御子さまを里にお招きするためにも、すでに寵愛を受けているお側女役を傷つけるなど論外だ。御子さまにお叱りをいただくのは確実だ。


(……これは、どうすべきか)


 所詮、これは表向きの任務に過ぎない。

 このまま静観するという選択肢もあるが、やはり、アンジェリカ=コースウッドと、フラン=ソルバの才は、惜しいところでもある。

 ライガは、数瞬ほど悩んだ。

 そして、


(どうかお許しを。御子さま)


 ライガは、苦渋の決断をした。


(お側女役には極力怪我はさせませぬ。ですが、少々荒事になるのはご容赦くだされ)


 そう心の中で未来の主君に謝罪しつつ、ライガは地面に手を置いた。

 しばしの沈黙。ライガは双眸を細めた。


(これならば行けるか。よし)


 ライガは、視線を前方へと向けた。

 そこでは四機の鎧機兵が、いよいよ間合いを詰めようとしているところだった。

 褐色の鎧機兵と、フラン=ソルバの鎧機兵が手斧と、メイスをぶつけ合った。

 その横をすり抜けて、大剣を手に、アンジェリカ=コースウッドの機体が、お側女役の少女の鎧機兵と接敵しようとしていた。


(――好機!)


 ライガは、瞬時に異界の力をこの地に引き寄せた。

 アヤメとは比較にならない発動速度だ。


「《焔魔ノ法》極伝・土の章」


 そうして、ライガは指を立てて、厳かな声で告げる。


「――《大洞(だいどう)磊落(らいらく)》」


 その直後だった。

 大地が突如、揺れ始めた。

 そして、それぞれ接近していた二機同士の足元に亀裂が奔る。


『え? な、なにこれ!?』『おい! 地震か!』


『うわッ!?』『きゃあッ!?』


 対峙していた少女たちが悲鳴を上げる。

 さらに『……ムウ!』『……キンキュウ、ジタイダ! アニジャ!』と何故か巨大な鎧機兵の中から少女以外の声も聞こえてきた。


(……なに?)


 ライガは眉を寄せる。もしやあの鎧機兵は一人乗りではないのか?

 そう思っていると、


『……コレハ』


 不意にその声が聞こえた。ライガの背筋に悪寒にも似た感覚が奔る。


『……オドロイタ。コノチニ、眷族ガイルノカ』


 それは、巨大な鎧機兵の中から聞こえる声だった。

 ライガは思わず凝視する。が、それは数秒も続かなかった。

 地面に巨大な亀裂が奔り、二機がそれぞれ地面の下へと落ちていったからだ。


 これが秘術・《大洞(だいどう)磊落(らいらく)》。

 大地に、大空洞を創り出す最上位の秘伝の一つだ。


 鎧機兵相手にも通じる数少ない術だが、効果としては、少し大きめの迷宮に落とし込む程度のものだ。これだけでは決め手には欠ける術だった。

 しかし、これで分断、隔離は出来た。

 ライガは森の中から駆け出し、二つの大穴の一つの元へと近づいた。

 暗い洞孔を見据える。

 ここは、お側女役と、アンジェリカ=コースウッドが落ちた穴だ。


(先程の声は一体……)


 ライガは、微かに喉を鳴らした。

 果てしない畏怖と、どこか郷愁に似た念を感じた声。

 あれは、一体何だったのか……。

 ライガは、数瞬ほど考え込むが、すぐにかぶりを振った。

 今は任務を全うすることだけを考えなければ。

 フラン=ソルバと分断してしまったのは残念だが、本来、今日の目的は、アンジェリカ=コースウッドの方だけだ。迷う必要もない。

 ライガは、暗い洞の中へと飛び込んだ。


 ただ、ライガは知らなかった。

 それから、ほんの十数秒後。

 緊急事態を知らせる発煙弾が、遥か上空へと撃ち出されたことを。

 同時に、ライガが飛び込んだ大穴に、迷うことなく飛び込む者がいたことを。


 ――そう。

 アンジェリカの心を射抜いた矢。


 真紅に燃える炎の矢が、暗き洞へと解き放たれたのである。


(……アンジュ! 無事でいてくれ!)


 少しだけ。

 ほんの少しだけ痛む胃のことは我慢して。

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