第七章 開拓の巨人③
(……うん。頑張ってね。メル)
徐々に遠のいていく地響きに、コウタは目を細めた。
どうやら、メルティアの進軍は始まったようだ。
メルティアの愛機・《フォレス》は、機動城砦型鎧機兵。
メルティアを頭脳に、三機のゴーレムが搭乗して操る特殊な鎧機兵である。
その防御力は、まさに鉄壁だった。
なにせ、メルティアが対 《妖星》戦を想定して、造り上げた機体なのだから。
貴族とはいえ、学生が扱うレベルの鎧機兵に負けるはずもない。
それに加えて、護衛にはジェイクまで付いていてくれている。
メルティアが怪我をすることはまずないだろう。
(まあ、それでも、完全には安心できないのがボクなんだなぁ……)
《フォレス》の性能は疑っていない。
今回は、零号も召喚しているし、ジェイクも傍にいてくれている。
しかし、それでもだ。
それでも、メルティアを誰かに託すことには、不安――いや、不満があるのだ。
(う~ん、ボクの悪いところだなぁ)
やはり、自分は相当な過保護なのだろう。
さらに言えば、独占欲も強いようだ。
(直さないといけないや。けど、今はその前に――)
コウタは、すっと短剣の柄に手を添えた。
緊迫した空気は、もはや限界まで張り詰めていた。
そして――。
――ドンッ!
その黒い影は突如、飛び出してきた。
次いで、黒い金棒が風を唸らせて襲い来る!
(いきなりか!)
コウタは、身を屈めて金棒をかわした。すると、空を斬った金棒が、コウタの後ろの木の幹を食い破るように抉り取った。
(うわっ、こわッ!)
コウタは、横に跳躍して、『彼女』から間合いを取った。
短剣の柄に手を添えたまま、『彼女』と対峙する。
(え?)
コウタは、目を剥いた。
対峙した彼女――アヤメ=シキモリが、あまりに普段と違う姿をしていたからだ。
まずは服。彼女はアノースログ学園の制服を着ていなかった。
紫色の和装だ。上着には袖はなく、恐らく素肌に直接身に着けている。彼女の白い素肌が浮きだっていた。下はいわゆるズボンなのだが、腰の横は菱形の隙間があり、そこからも素肌が見えている。脛の部位に同色のさらしを巻いていた。腰には、黒い鞘の短刀が差し込まれている。
総合的にみると、かなりの薄着のように思える。
ちなみに、フラッグワッペンは付けていない。
彼女が、このイベントに加わる気がないという意思表示だ。
そして、彼女の細い右腕には、昨晩からコウタの心を掴んで離さない不思議武器である金棒が握られている。
だが、今日の彼女には、その金棒以上に目を引くモノがあった。
(……角?)
彼女の額からは、二本の角が生えていたのだ。
しかも、黒かった両目が赤く染まっていた。
「シキモリさん……まさか君は……」
思わず喉を鳴らす。
アヤメは表情を変えずに、金棒を強く握りしめた。
コウタは呟く。
「君は……『犀』の獣人族だったの?」
…………………………………。
……………………………。
………………………。
……数瞬の沈黙。
「誰が、犀なのですか!」
アヤメは、青筋を浮かべて金棒を振りかぶった。
「わ、わわっ」
コウタは再び跳躍した。
一瞬遅れて、金棒が地面を砕く。その後も金棒は猛追してきた。竜巻のように縦横無尽に動いて、周囲の木々を薙ぎ払っていくのだ。
「逃げるな、のです!」
アヤメが無茶を言う。
完全に人間離れした膂力だ。
だが、その猛撃をコウタは、すべてかわしていた。
アヤメは舌打ちした。業を煮やして左手の指を立てる。
「《焔魔ノ法》中伝! 土の章!」
「――ッ!」
コウタは、表情を険しくした。
自分の足元に、無数の紫色の光が浮き上がったのだ。
全力で跳躍した。
直後、
「《地槍襖》!」
アヤメが叫んだ。
すると、コウタが寸前までいた地面から、無数の土の槍が飛び出してきたではないか。
「な、なにそれッ!?」
またしても見たことのない現象に、コウタは目を丸くする。
戦闘中に動揺を見せるのは愚挙だが、こればかりは驚いてしまう。
しかし、当然ながらアヤメは説明などしない。
「《焔魔ノ法》中伝! 樹の章!」
アヤメは、左手の指先をコウタに向けた。
「《葉刃》!」
そう叫んだ直後、アヤメの背後の木から、数えきれない葉が撃ちだされた。
「うわッ!」
コウタは焦った声を上げつつも、すぐさま木の幹の後ろの姿を隠した。
事前に木が光り出したのが見えていたので行動が早い。
――カカカカカカカカカッッ!
木の葉は次々と幹に食い込んだ。まるで刃物の鋭さだ。
「どうなってるの!? それ!?」
攻撃の直前、紫色に光るので対応できているが、完全に意味不明な力だ。
「君って何者なのさ!? 犀の人ってこんなことも出来るの!?」
「まだ言うのですか!」
ピキリ、と青筋を浮かべるアヤメ。
金棒をブオンと振るって、コウタへと向ける。
「知りたければ勝つのです! 勝てば、私のすべてをくれてやるのです! 焔魔堂の秘伝も全部教えてやるのです!」
「え? ホント?」
葉の刃が撃ち止んで、コウタは木の幹から飛び出してきた。
「そっか。じゃあ、その金棒の仕組みも教えてもらうよ」
コウタは、やけに金棒にご執心だった。
いずれにせよ、攻撃が止んだ今は好機だ。
一気に加速して、間合いを詰める!
アヤメは金棒を横に薙ぐ――が、それはコウタの頭上を通り過ぎるだけだった。
コウタは、短剣の柄頭をアヤメの腹部に叩きつける!
――が、
「―――え」
大きく目を見開く。
柄頭が、全く彼女の腹部に食い込まなかったのだ。
まるで金属でも打ち付けたような感触だ。
「甘いのです!」
アヤメはそう叫んで、金棒を振り下ろした。
「――クッ!」
コウタは、咄嗟に半身をずらして金棒をかわした。
次いで、その場から跳躍して間合いを取り直す。
金棒は深々と地面に食い込んでいた。
コウタは、表情を険しくする。
「……鎖帷子でも着込んでいるの?」
そう尋ねると、アヤメは、不敵に口元を綻ばせた。
「そんな重いだけの物は必要ないのです。焔魔堂の者の肌は普段は柔軟。けど、その気になれば、鉄よりも固くすることも出来るのです。刃だって弾けるのです」
「……ええエェ?」
コウタは、思わず呻いた。
何か、また無茶くちゃなことを言っている。
(……犀の人って凄いんだ)
口にすると怒られそうなので、心の中で呟く。
すると、アヤメはまた青筋を立てた。
「お前。また失礼なことを考えてないですか?」
「え? そ、そんなことないよ!」
――鋭い……。
まるでメルティア並みの勘の鋭さだ。
どうも彼女は苦手だった。
(いや、苦手とは違うのかな?)
コウタは、短剣の柄を強く握りしめた。
何というか、凄く気が合う。波長が重なるのだ。
彼女といると、凄く自然体になれるような気がするのである。
そのせいで、自分の思考も筒抜けになっているような気もするが。
「……いずれにせよ」
ブオンっと、アヤメは肩に金棒を担いだ。
「私が全力で挑む以上、人間のお前に、どう足掻いても勝ち目はないのです。だから、さっさと終わらせるのです」
自分の運命を見据えて、アヤメは告げる。
「後がつかえているのです。私はこの後、腐れ義兄さまもぶちのめすのだから」
 




