第六章 フラッグ・ゲーム②
――同時刻。
アルフレッド=ハウルは、朝早くから学校に来ていた。
今日のレクリエーション。
フラッグ・ゲームの準備のために訪れたのだ。
朝一に来て、両校の教師陣やエリーズ国側の騎士たちと共に、警備する場所、脱落者の回収班や、警邏班、万が一の医療班などのチーム分けを調整していた。
それもようやく終わり、アルフレッドは一息をついていた。
一時間後には、アルフレッドは、騎士たちと共に舞台となる森に向かう予定だ。
だが、それまでの時間は、完全に空き時間となった。
この国に来て、初めてとなる息抜きの時間である。
アルフレッドは一人、校内を散策していた。
友人であるコウタやジェイク、リーゼやメルティアが通う学び舎。
異国の学校を、興味深そうに見物していた。
(ここがコウタたちの学校か)
エリーズ国騎士学校の造りは、どちらかと言えば庶民よりだった。
豪華と呼ぶには程遠く、質素さや簡素さを感じる。
通う生徒が貴族か、またはその従者だけなので、運営寄付がとても潤沢なアノースログ学園とは大分趣が違う。
けれど、アルフレッドは、この学校の方が落ち着いた。
華美な装飾よりも実用性の方が好みなのだ。
(やっぱり僕も、真っ当に学校に通ってみたかったな)
折角この国にやってきても、友人たちと会話をする機会もない。
それは、とても残念なことだった。
(まあ、その分、アンジュに呼び出されることもないんだけど)
それには、少しホッとする。
仕事の多忙さに加えて、彼女の我儘にまで付き合わされては胃が焼失してしまう。
ただ、教師たちの話を聞くと、アンジェリカは生徒会長として素晴らしい働きをしているそうだ。両校の友好の懸け橋にもなっているらしい。
彼女が活躍する話を聞くと、やはり幼馴染。嬉しく思う。
その友好さを、少しだけでも自分の方にも向けてくれたらなぁとは思うが。
(けど、本質的にアンジュは負けず嫌いだしな)
アルフレッドは、廊下の途中で足を止めた。
ここは校舎の四階だ。
窓の外からは、王都の街並みや、その遥か向こうの山並みも見ることが出来る。
――フラッグ・ゲーム。
レクリエーションとはいえ、両校を競わせる初めてのイベントだ。
当然、両校とも、自校の勝利を望んでいることだろう。
作戦の妙もあるだろうが、フラッグ・ゲームは、基本的にゲリラ戦に近い。
となれば、両校とも主力が勝敗の決め手になるはずだ。
(アノースログ学園側の主力は、アンジュにソルバさん。そして……)
アルフレッドは、双眸を細めた。
――黒髪の少女。
多分、彼女の実力は、アンジェリカ以上かもしれない。
――しかし。
(……きっと彼女は強い。だけど)
苦笑を零す。
(たとえ、彼女であってもコウタには……)
コウタの実力は別格だ。対人戦ならば、アルフレッドとも互角。鎧機兵戦においても、かの《死面卿》さえも討ち取った実績がある。
――悪竜の騎士。あの姿は、今でもよく憶えている。
彼がいるだけで、アンジェリカたちに、もう勝ち目はないだろう。
コウタならば、遭遇と同時に相手を瞬殺できる。
出遭っただけで数減らししてくる怪物が、学生の中に混じっているのだ。
(アンジュ。膨れるだろうなあ)
そんなことを思う。
彼女のことだ。きっとコウタに挑むだろう。
実力差から、無茶なこともするかもしれない。
なにせ、訓練にしろ、勝負にしろ、昔から彼女は勝つまで絶対に止めないのだ。
(……大丈夫かな?)
アルフレッドは、少し眉根を寄せた。
コウタは、とても優しい人間だ。
ましてや、レクリエーションなどで相手を傷つけるような事は絶対にしない。
それは確信もしているし、信用もしている。
だが、それでも……ふと脳裏に浮かぶ光景がある。
それは、かつてアンジェリカが外道の輩に攫われた事件の光景だ。
心が灼けつくほどの焦燥感を抱いた事件。
あの時、アルフレッドは思わず強権を執行した。祖父の制止さえも聞かず、『黒犬』『白狼』の両兵団まで総動員して、アンジェリカの行方を捜したのだ。
あの時の恐怖に凍り付いた彼女の目は忘れられそうにない。まあ、その後の、あんな状況であっても揺るがない、実に彼女らしい態度には心底ヘコんだものだが。
ただ、それでも幼馴染だ。
アンジェリカが、強がっていることぐらいはすぐに分かった。
彼女は、徹底した強がりなのである。
そんな幼馴染だから、本当は少し後悔もしている。
なにせ、男に乱暴されそうになったのだ。彼女は男全般に怯えているかもしれない。
男である自分が安易に触れると、怯えさせてしまうかもしれない。
あの時は、そう思って躊躇ってしまった。
けれど、それは、本当に正しかったのだろうか?
あの場では、無理やりにでも彼女を抱きしめるべきではなかったのか。
もう怯えなくてもいいよ、と告げるべきではなかったのか。
たとえ、彼女に殴られても。
……または、胃が焼失する覚悟をしてでも。
「……アンジュ」
幼馴染の名を、小さく呟く。
恐らく、今日、彼女はコウタと戦うはずだ。
勝てるとは思わない。
コウタは、自分が戦っても手強いと考えている。対人戦はもちろん、愛機の性能差がなければ鎧機兵戦でも苦戦するかもしれない。仮にも《七星》の一角である自分が強敵だと認識しているのだ。アンジェリカの敗北は確実だった。
だが、それでも、彼女なら、さぞかしねばることだろう。
そうなると、もしかしたら、コウタであってもつい目測が狂って――。
「…………」
アルフレッドは、しばし瞳を閉じた。
そして、
「……仕方がないか」
ポツリ、と呟いた。
「今日は、少しアンジュのことを気にかけようかな」




