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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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幕間二 老人たちは語る

 その日。

 最年少の長老であるライガ=ムラサメは、焔魔堂の本殿に訪れていた。

 焔魔堂の里の総本山。

 始祖の黒刀が奉じられている屋敷である。

 アロン様式のその屋敷は、板張りの通路であり、歩くたびにキシキシと軋む。

 しばらくして、ライガは一つの部屋に辿り着いた。

 木材と紙で造られた『襖』と呼ばれる扉だ。


「……ムラサメです」


「……うむ。入るがよい」


 室内から、声が返ってきた。

 ライガは、片手で襖を開けた。

 室内は暗く、広い。

 蝋燭の光で照らされた板張りの部屋だ。

 部屋には円を描く位置で、十七人の老人が座っていた。

 全員の額に一本角がある。焔魔堂十八家の長老たちである。

 全員が和装。そして、全員が六十代を越えているのだが、そうは思えないほどに揃って体格がよく、覇気に満ちていた。

 長老衆と名乗ってはいるが、実際は歴戦の傭兵団といった趣だった。

 彼らが座るのは、藁で編んだ丸型の敷物。一つだけ空座がある。

 ライガは室内に入ると、空座に腰を下ろした。


「よく来てくれた。ムラサメよ」


 長老の一人が言う。


「今は大事な時期というのに呼び出してすまぬな」


「……いえ」


 ライガはかぶりを振った。


()()には、よく言い聞かしておりますゆえ」


「……そうか」


 別の長老が呟く。


「ならば、お主の意志と奥方に甘えさせてもらうことにしよう」


「……どういうことでしょうか? クヌギ殿」


 ライガは、最年長の長老――クヌギ家の当主に目をやった。

 クヌギは腕を組み、「うむ」と頷いた。


「ムラサメよ。お主は長老衆となって十年目だったな」


「……はい」


 ライガは瞳を細めた。


「先代……父が亡くなり、ムラサメの跡を継いで十年目となります」


「お主はまだ四十になったばかり。我らの中では最も若い」


 別の長老――オオシロ家の当主が言う。


「しかし、数々の任務を実直にこなし、お主は、すでに長老衆の一員として恥じぬ者へと成長したと言えよう」


「有難き言葉です。オオシロ殿」


 ライガは頭を垂れた。

 長老衆は、互いの顔を見合わせて静かに頷いた。


「ムラサメよ」


 クヌギが告げる。


「お主に告げよう。お主には資格がある。我らの祖にまつわる伝承の真実を」


「……祖の伝承ですと?」


 ライガは眉をひそめた。クヌギは「……うむ」と頷く。


「伝承では、焔魔さまはいずれ蘇ると伝えられている。だが、それは違うのだ。はっきり言うぞ。焔魔さまご自身は蘇らぬ」


「なん、ですと?」


 ライガは目を見開いた。

 ライガは、長老衆の中でも最も信心深い男だった。

 祖に対する忠義は、長老衆随一とも言えた。


「――馬鹿な!」


 思わず声が荒ぶるが、クヌギはそれを、手を突き付けて制した。


「話は最後まで聞け。ムラサメよ」


 クヌギは話を続ける。


「焔魔さまの肉体は蘇らぬ。されど魂は違う。焔魔さまの大いなる御霊は、王の御子さまの牙として蘇るのだ」


「……王の御子さま、ですと?」


 ライガは、再び眉をひそめた。


「うむ」クヌギは首肯する。


「我ら焔魔堂は忠義の一族。それは祖である焔魔さまも変わらぬ。焔魔さまには、全霊をかけてお仕えする偉大なる王がおられたのだ」


「……それはもしや」


「うむ。伝承にある、星々さえも打ち砕く、勇猛なる御方(おんかた)だ。そして御子さまとは、王の現世における代行者たる御方」


 一拍おいて、


「我が祖先。四代前のクヌギの長が残した予言。それは、御子さまがお生まれになる時期を示したものなのだ」


「……なんと」


 ライガは、我知らず身を乗り出した。


「では、御子さまはすでに現世に? 御子さまは一体どこに御座すのです!」


「それは分からぬ」


 別の長老――フウゲツ家の当主がかぶりを振った。


「だが、我らは御子さまが、すでにお生まれになられていることを確信している。その根拠がアヤメなのだ」


「……アヤメですと?」


 不意に出て来た弟子の名に、ライガは眉根を寄せた。

 その独白には、クヌギが答えた。


「お側女役の役割は、四代前よりすでに変わっておるのだ。お側女役は、焔魔さまではなく、御子さまの寵愛を賜るために存在するのだ」


 静かに両腕を組む。


「およそ二百年目にして生まれた二本角。その上、相手の本質を見抜く《心意眼》。御子さまの寵愛を賜るのは今代のお側女役。アヤメ以外ではあり得ぬ」


「……それは」


 ライガは、言葉を詰まらせた。

 それは、ただの符号のように思える。

 だが、偶然にしては、出来過ぎているような気もした。

 アヤメの異能は、まるで御子さまを探し出すためにあるようで――。


「すべては、まだ符号に過ぎぬ」


 クヌギは言う。


「そこでだ。ムラサメよ。お主には一つ任務を託したい」


「……なるほど」


 ライガは察した。


「御子さまの捜索ですな」


「その通りだ。そして捜索にはアヤメを連れていけ。恐らく、お側女役でなければ、御子さまを見つけることは叶わぬであろう」


「……異例中の異例ですな」


 ライガはそう呟いた。

 歴代のお側女役で、焔魔堂の里から出た者はいない。

 今回の処置は、あまりにも異例であった。


「それほどまでにこれは重要なのだ。そして我らは確信しておる」


 クヌギの言葉に、長老たちも頷く。


「しかし、アヤメには、御子さまの捜索任務は隠せ。あの娘は、御子さまはおろか、焔魔さまに対してまで懐疑的だ。反感を覚えよう。表向きの任務を与える」


 言って、クヌギは、懐から一つの巻物を取り出した。

 それをライガに向けて放った。パシッとライガが受け取る。


「これは?」


「グレイシア皇国のアノースログ学園についての資料だ」


 クヌギは説明する。


「任務は『花嫁』の選別と奪取。あえて長期任務を選んだ。皇国は広く、多くの人が集まる地だ。そこならば御子さまも見つかるかも知れん」


「……なるほど」


 ライガは巻物を解き、中を一瞥した。


「……済まぬな。ムラサメの」


 オオシロが言う。


「長期任務。お主はしばらく里を離れることになる。身重の妻がいる身で……」


「気遣いなく。オオシロ殿」


 ライガは、かぶりを振った。


()()は出来た女です。それよりも今は……」


 ライガは、巻物を懐にしまった。

 そして、


「……必ずや」


 両腕を床に付けて、ライガは厳かな声で応じた。


「この任務を果たします。我らが御子さまを探し出してみせましょうぞ」

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