第一章 初めての来客②
コウタ達三人は、深い森の中を歩いていた。
アシュレイ邸の正門をくぐると、そこに広がるのは美しい庭園だった。
何人もの庭師が日々手入れをするアシュレイ家自慢の庭園である。同じ公爵家であるリーゼさえも感嘆を漏らすほどの美麗さだ。
しかし、そんな美しい場所にも一か所だけ例外がある。
それが今、コウタ達が進むこの森だった。
真夏の真昼であっても暗い道。切り拓かれてはいるが、特に整地まではされてはいない道であり、その上、周辺の木々の背は高く、繁みも深い。
獣や魔獣が潜んでいても不思議ではない鬱蒼とした世界だった。
とても街中、しかも公爵家の敷地内とは思えない景観である。
「……なんか十分もしない内に別世界になったな」
と、ジェイクが少し頬を引きつらせて呟く。
リーゼもその意見には同感だった。
「あの、コウタさま」
そしてリーゼは先導するコウタの背中にふと尋ねる。
「どうしてこんな森の奥に別館を?」
「う~ん。元々この奥の屋敷はご当主さまのお婆さんに当たる人の物だったんだ。獣人族だったその人は森の中の方が、気が休まるからだって」
コウタの説明に、リーゼはポンと手を打った。
「そう言えばアシュレイ家初代の奥方は獣人族の女傑だというお話でしたわね」
「ああ、それはオレっちも聞いたことがあんな。何でも素手で鎧機兵をぶっ倒すようなすっげえ戦士だったとか」
と、ジェイクもあごに手を当て話に乗って来る。
コウタは、ははっと苦笑した。
「いや、流石に獣人族でも鎧機兵の相手は無理だと思うよ」
鎧機兵とは、成人男性の約二倍の大きさを持つ人型兵器のことだ。
大気に満ちる星霊を吸収し、恒力に変換して動く《乗り込む鎧》。防御力は元より、腕力においても人間のレベルを遥かに超えた鋼の巨人だ。
当然、その戦闘力はずば抜けており、いかに身体能力に優れる獣人族であっても素手で倒せるようなモノではない。
すると、ジェイクがキョトンとした表情を見せた。
「そうなのか? そいつは少しガッカリだな」
かなり本気の声色だった。コウタは苦笑を深める。
ジェイクは、獣人族にどこまで期待しているのだろうか。
「まあ、その人が凄い戦士だったのは事実みたいだけど……と」
そこでコウタは前を指差した。
「二人とも別館が見えて来たよ」
そう告げられ、ジェイクとリーゼはコウタの指差す先に目をやった。
と、同時に二人して頬を引きつらせた。
「こ、こいつは……その、随分と古風だな」「その、凄く趣がありますわね」
反射的に言葉を選ぶ二人の客人。
いつしか森の道は抜けて、大きな広場へと移っていた。
そして、そこにあるのは四階建の大きな屋敷だ。
豪勢な造りではあるが、どうにも暗い。ほとんど廃屋敷の趣だ。
よく見れば、壁の一部に樹のつたも絡みついている。
一体何の冗談か、どこからかカラスの鳴き声まで聞こえて来た。
「ほ、本当にここにメルティアが……?」
と、思わず尋ねるリーゼに、
「うん。そうだよ。この別館にメルが住んでいるんだ」
コウタはにっこりと笑って答えた。
「見た目アレだけど、中は結構綺麗なんだよ」
そう言ってコウタは二人を館の中に案内しようとした、その時、
――ガチャリ、と。
不意に館の大きなドアが開いた。
三人が音につられるように注目すると、屋敷の中から一人の少女が現れた。
年齢は八歳ほど。銀色の小さな王冠付きカチューシャを付けたメイド服の少女だ。
アイリ=ラストン。
綺麗な顔立ちと、薄い緑色の瞳。腰まで伸ばした同色の髪が印象的な、この館にて住み込みで働く唯一のメイドである。
「……当館へようこそ」
ぺこりと頭を下げるアイリ。と、同時に、
「……ヨウコソ」「……カンゲイスル」
彼女の左右に佇む、紫色の小さな騎士達が挨拶をした。
幼児並みの身長しかないこの丸々とした騎士達は、実は人間ではない。
自分で思考し、会話までする驚異的な機械人形。
この館の主人である少女が、家事洗濯などの自分の身の回りの世話をさせるためだけに開発した、世界でここにしかいない自律型鎧機兵――『ゴーレム』だ。
彼らはアイリのサポートのため、常に二機以上が傍に仕えている。今回はアイリの出迎えにつき添って出て来たのだろう。
愛らしい出迎えに、ジェイクとリーゼは破顔した。
「おう。邪魔するぜ。アイリ嬢ちゃん」
「ふふ、アイリ。お出迎えありがとうございますわ。ですがまあ……」
そう呟いて、リーゼはアイリをギュッと抱きしめる。
「本当に愛らしい姿ですわね。このままお持ち帰りしたいぐらいです」
「……リーゼ。痛いよ」
あまりに強く抱きしめられたため、アイリが少しだけ眉をしかめた。
「ふふ、ごめんなさい」
言って、リーゼはアイリを離した。
それからアイリの隣に控える二機のゴーレムに目をやり、
「あなた方もお久しぶりですわね」
と、呟く。彼らの姿を見るのも二週間ぶりぐらいだ。
こちらこちらで、まるで騎士のぬいぐるみのようで愛らしい。
リーゼはそんなゴーレムの一体を抱き上げようとしたが、
「……う。これは意外と重いですわね」
わずかに眉根を寄せる。
彼女の腕力では、ほんの少ししか持ち上げられなかった。
「はははっ」
その様子に、コウタは笑みをこぼした。
「リーゼさん。彼らは見た目こそぬいぐるみみたいだけど、全身金属製なんだ。ボクやジェイクならともかく、女の子の細い腕じゃあ、持ち上げるのは難しいよ」
言って、リーゼの代わりにゴーレムを抱き上げる。
見た目からは想像できない重量級の小さな鎧機兵は、短い尾をプラプラと揺らした。
リーゼは笑みを深めて、円らな瞳のゴーレムの頭を撫でた。
一方、その傍らではジェイクが片膝をつき、
「よう。元気そうだなチビ」
「……オマエモナ」
もう一機のゴーレムと拳を突き合わせて、そんなやり取りをしていた。
不気味な館の前で、和やかな雰囲気が醸し出される。
と、その時、アイリがポツリと呟いた。
「……館に入らないの?」
そう尋ねられ、コウタ達は互いの顔を見合わせた。
確かに彼女の言う通りだ。いつまでもこの場にいる理由はない。
「うん。そうだね」
コウタが頷く。
「とりあえずみんな。館の中へ入ろうか」
そう言って、黒髪の少年は笑った。
かくして館の中で憂鬱になっている少女をよそに。
アシュレイ家にひっそりと佇む別館。
通称、『魔窟館』は、初めての客人を迎え入れたのである。




