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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第五章 焔魔堂①

 それは、アロン大陸に伝わる古い昔話の一つだった。

 深い。とても深い森の奥。

 そのさらなる深奥に潜んだ一族の話である。

 今となっては、知る者もほとんどいないような言い伝えだった。


 ――曰く、彼らは『人』ではない。

 彼らの祖は、異形の怪物であったと聞く。

 赤い魔眼に、浅黒い肌。頭部には三本の角。二セージル半を超す巨体。

 刀身が黒く、幅の広い巨大すぎる直刀を持った怪物。


 ――焔魔の鬼人。

 後に、焔魔さまと呼ばれる存在である。

 異界より迷い込んだという彼は、強靭な肉体と、不可解な術を身に着けていた。

 彼は、その力を以て山村を襲い、家畜などを喰らっていた。

 また、焔魔さまには、十八人の妻がいた。

 後にお側女役と呼ばれる女たちである。

 彼女たちは、全員が武芸や知に優れていたという。

 元は、焔魔の鬼人の噂を聞き、討伐に来た者たちだったらしい。


 だが、その結果は返り討ち。

 強者を好む焔魔さまは、打ち負かした彼女たちを殺すことはせず、七日七晩に渡って精を注ぎ続け、自らの妻とし、子を孕ませたという。それが十八家の祖たちである。

 十八家の祖たちは『人』の姿をしていたが、全員が等しく額に角が生えていたと伝えられている。それは真実であると、一族の者たちは身を以て知っている。

 焔魔さまは、妻と子たちと共に、山奥へと姿を消した。

 一族の総称を『焔魔堂』と名付け、彼らは山奥にて居を築いた。

 それが、始まりの焔魔堂だ。


 焔魔堂は戦を生業とし、戦場で猛威を振るった。

 当時の焔魔堂の鬼人たちは、戦場の鬼として謳われていたそうだ。

 しかし、その名声も、セラ大陸から鎧機兵が流れてきたことで終わりを迎えた。

 正面からでは、さしもの焔魔堂の鬼人たちも、鋼の巨人には敵わない。

 異形の集団である焔魔堂は、鋼の巨人によって駆逐されることを懸念し、拠点をセラ大陸へと移り変えた。新たなるその地では、あえて大きな戦場に立つことはなかった。諜報活動や魔獣の討伐などは受けつつも、ひっそりと隠れ里で暮らすようになったのだ。

 その後、焔魔堂を率いる焔魔さまは二百年に渡って生きたそうだが、流石に生物である限界だったのか、焔魔堂の創設から二百三十二年目にして、天寿を全うした。


 恐ろしいことに、それまでに迎えた妻は、百五十人にも及ぶという。

 やはり、全員が武芸に優れていたということだ。


 焔魔さまは徹頭徹尾、強き女を好んでいた。

 自分に挑む勇敢な女のみを妻にしたのだ。強き女を抱くことで、その力を我がモノにしていたという伝承もあるが、その真偽は不明だ。


 いずれにせよ、焔魔堂の始祖たる鬼人は、遂に死を迎えたのである。

 ただ、死の間際、焔魔さまはこう告げたそうだ。


『我は、滅びぬ。狭間の牢獄に囚われし、我が王を解き放つため。そして、我が王の御子の牙となるために。我は還ってくる』


 さらに、焔魔さまはこうも続ける。


『我が刀を御子に。我が力と魂はその刀へと……。嗚呼、星々さえも打ち砕く、勇猛なる我が王よ。そして未だ見ぬ王の御子よ。我がすべては御方々(おんかたがた)のために……』


 そう呟き、焔魔さまは息を引き取った。


 ――我が王とは……?

 ――王の御子とは一体……?


 その言葉の真意は分からないが、焔魔さまは、自分は還ってくると宣言したのだ。


 一族は、始祖の言葉を信じた。

 始祖が残した巨大な黒き直刀を本殿の深部に奉じ、今代にまで継承した。

 そして同時にもう一つ生まれた習わしがある。

 それが今のお側女役なのである。


 ――いつか還ってくる焔魔さまの寵愛を受けるための娘。

 お側女役に選ばれた娘は、その生涯を焔魔堂に縛られることになる。

 焔魔さまに捧げるために純潔は守り続け、ただ力と技だけを磨き続ける。


 ――そう。すべては、焔魔さまのために。

 それが、お側女役の生き方だった。

 すでに七代に渡ってお側女役は空虚となった始祖のために、力だけを求めて生き、そして生涯を終えている――。




(……無意味、なのです)


 森の奥。静かな湖面の前にて。

 アロンにおいて和装と呼ばれる服を着たアヤメが、ズンと金棒を地面に突き刺した。

 彼女の身長よりもある巨大な黒い金棒だ。

 彼女は、直前まで、それを片手だけで振り回していたのである。

 ふう、と息を吐く。

 修練のため、額には玉のような汗をかいている。

 だが、それ以外にも目を引くものがあった。

 アヤメの額には大きな二本の角が生えているのである。しかも瞳は赤く輝いている。

 これらは、彼女が焔魔堂の一族である証であった。


「……暑い、のです」


 時節は冬。日も雲に隠れる天候だが、修練後では関係ない。

 アヤメは今、紫色の和装の下に何も身に着けていない。

 しかし、周囲に気遣うこともなく、複の胸元をパタパタと揺らした。

 つうっと汗が伝う、彼女のふっくらとした双丘がちらちらと顔を出す。と、


「やめなさい。アヤメ」


 不意に、注意された。


「さっきから見えているわよ」


 そう告げるのは、大きなお腹を両手で支えた一本角の少女だった。

 腰まである長い黒髪と赤い瞳。小柄で温和な顔立ちの少女。戦闘用のアヤメの服とは別物の、着物と呼ばれる平時用の和装を纏った少女である。まだ子供のような肢体のアヤメと違って、お腹こそ大きいが、抜群のスタイルも持っていた。


 彼女の名は、フウカ。アヤメの三つ上の従姉妹だった。

 幼い頃、二人とも同時に両親を亡くし、共に手を取り合って生きてきた少女だ。

 アヤメにとっては、姉同然の人である。


「……別に構わない、のです」


 アヤメは、ぶっきらぼうに答えた。


「誰も見ていない。そもそも焔魔堂の里に、私に手を出す男もいないのです」


「そういう問題じゃないわ」


 フウカは、かぶりを振った。


「あなたは焔魔さまの八代目のお側女役。確かに先代までは、焔魔さまがお姿を現すことはなかったわ。けど、あなたの代は……」


「……くだらない伝承、なのです」


 アヤメは、姉を冷めた瞳で一瞥した。


「焔魔さまが現世に蘇る時代。それは七代目の時にも言われていたのです」


 それは、今から四代前の長老が残した予言だった。

 アヤメの《心意眼》とはまた違う異能。四代前の長は断片的にだが、未来を見通す眼を持っていたそうだ。

 その長老が、焔魔さまの復活の時期を予言したのである。

 しかし、その予言は断片的であるがゆえに、とても曖昧なものであり、捉え方次第では時期のずれが八十年以上も出る内容だった。


「姉さまも、くだらない伝承だって昔は言っていたのです」


「……そうね」


 フウカは遠い目をした。


「……昔はそう思ってたわ。けど、今の私はあの人を信じているから……」


「……姉さまは」


 アヤメは、姉の大きなお腹に目をやった。


「……納得している、のですか?」


「……お師匠さまに嫁いだこと?」


 フウカは、目を細めて笑う。

 今、フウカのお腹にいるのは彼女たちの師の子だった。

 今から三年前。フウカが十五の時。

 長老衆の命により、フウカは師の子を身籠ることになった。

 うら若い十五の娘が、父親のような世代であり、また、父親のように思っていた師の子を産めと命じられたのだ。


「確かに最初は驚いたわ。私も相手は同世代だと思ってたから。まさか、お師匠さまだとは思っていなかった。けど、『心角の試し』は確かだったから」


「……それも信じられない、のです」


 アヤメは、自分の二本角の内の一本に、片手で触れた。

 焔魔堂の一族の証。意志によって出し入れが可能な硬質的な角だ。


 名前は心角。ここには何の感覚もない。

 しかし、焔魔堂の女は、自分の主人となる男が心角に触れた場合のみ、運命を知るように全身に衝撃が奔るそうだ。それを心角の試しと呼ぶ。

 けれど、アヤメは、今までそんな感覚は一度も覚えたこともない。


 それも当然である。

 そもそも、この角には神経が通っていないのだから。


(馬鹿馬鹿しい、のです)


 アヤメは、不快そうに眉をしかめた。

 心角の試しとは、主に長老衆の前で行われる慣習だと聞く。

 恐らくだが、何かしらの術か、もしくは薬を用いた小細工なのだろう。『花嫁』を命じられた娘を諦めさせるための詐術ではないかと疑っていた。

 一方、フウカは、自分のお腹を撫でて微笑む。


「もう、凄くビビビッて来るのよ。まあ、信じる信じないはあなたの自由だけど。けど、心角の試しのおかげで、私に葛藤がほとんどなかったのは事実よ。少なくとも、他の娘たちに比べればね」


 彼女は視線を森の奥へと向けた。その奥には、焔魔堂の隠れ里がある。


「昨日、ベルニカ=アーニャも受け入れたそうよ。今から禊の儀。七日七晩の儀は今夜から行うそうよ。相手はサカヅキ家の跡取りのヒョウマさんだって」


「…………」


 アヤメは何も答えない。フウカは小さく嘆息した。


「武門の名家の娘だけあって彼女は頑張ったわ。サカヅキ家のお屋敷でもかなり暴れたみたいだけど、焔魔堂の男の本気に女が抗うのは難しいから……」


 姉の呟きに、アヤメは不快そうに眉をしかめた。

 ベルニカ=アーニャとは、三週間前に里に連れられてきた娘の名だ。

 歳は、アヤメより二つ上だった。フウカと同い年だ。

 とある王国の、武門で知られた一族の娘。

 幼い頃より、ひたすら剣術に打ち込んできた意志の強い娘だと聞いていた。


 そんな彼女も焔魔堂にとっては……。


「……滅んでしまえばいいのです」


 思わずそう呟く。

 焔魔堂の一族には、大きな問題があった。

 それが、後継者問題だった。

 現在、この隠れ里で暮らす人間は、およそ千七百人。

 その内、心角を持つ一族の者は、千百人ほどいた。しかし、焔魔堂の血を引く女性となると、アヤメとフウカを含めても五十八人しかいないのだ。

 男児は多く産まれるのだが、どうしてか、女児は極端に産まれないのである。


 加え、さらに問題があった。

 焔魔堂の男も女も、生涯、ただ一度しか子を設けられないのである。


 どれほど精を注ごうとも、注がれようともだ。

 血の強さゆえか、産まれた子には、等しく焔魔堂の特徴――心角は受け継がれる。中にはアヤメのように独自の異能を持って産まれる者さえもいる。

 だがしかし、双子、三つ子はあり得ても、第二子だけは決して産まれない。

 複数の子を成したのは始祖だけなのだ。

 本来ならば、すでに滅んでいてもおかしくない種族だった。

 しかし、焔魔堂はその危機を、強引な手段で回避したのである。

 それが、外部から女性を招くことだった。


 ――はっきり言ってしまえば、拉致してくるのである。

 健康的で若く、強者の血を劣化させないために、武に優れた女性を攫ってくる。

 そして一族の子を産ませるのだ。それが、焔魔堂の延命手段であった。

 ベルニカ=アーニャは、その犠牲となった一人なのである。


「……最低、なのです」


 アヤメが吐き捨てる。と、


「……そんなこと言わないで」


 フウカが、悲しそうに目を伏せた。


「あなたは知らないの。焔魔堂の男たちにとって女とはどういうものなのかを……」


 と、言いかけたその時だった。


「……ここに居たのか」


 一人の男性がそこに現れた。

 歳の頃は四十代前半ほど。肩まで伸ばした灰色の髪。

 整った顔立ちに、洗練された精悍さ。袴と呼ばれる和装を纏う男性だ。

 双眸は赤く、前髪を上げた額にはやはり一本角が生えており、体格はかなり大柄だ。焔魔堂の男は大柄な者が多く、女は小柄な者が多い。


 ライガ=ムラサメ。

 焔魔堂十八家の一つ。ムラサメ家の現当主。


 アヤメの師であり、フウカの……フウカ=ムラサメの夫だった。

 同時に、最年少の長老でもある人物だ。

 ライガは、フウカを一瞥した。


「……屋敷に居ろと命じていたはずだが?」


「……ごめんなさい。あなた」


 フウカは頭を下げた。その様子に、アヤメが不快感を覚える。

 感情を見せない顔で師を見据えた。

 すると、ライガは、アヤメを見やり、


「……アヤメ。任務だ」


 そう告げた。


「……任務なのです?」アヤメは微かに眉をひそめた。「お側女役の私が?」


「そうだ」


 ライガは頷く。


「お前は歴代の中でも特別なお側女役だ。ゆえにあえて慣例にはとらわれず、焔魔さまのために様々な経験を積ませておきたい。それが十八家長老衆の総意だ」


「……………」


 アヤメは無言だった。

 ライガは構わず言葉を続ける。


「すでに潜伏先も確保している。小さな男爵家だ。俺のための『顔』も奪ってある。お前は俺の補佐をするのだ」


「……どんな任務なのです。義兄さま」


 皮肉も込めて、あえて義兄と呼ぶ。

 しかし、その程度では師の鉄面皮は崩せないようだ。

 師は、淡々と告げた。

 アヤメが、最も嫌悪するその任務を――。


「皇国に行く。目的は『花嫁』の選別と奪取だ」

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