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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第四章 炎と風の姫➄

「……ジェイク」


 それは、数分前のことだった。

 おもむろに、コウタが神妙な声で親友の名を呼んだのだ。


「ん? どうした? コウタ?」


 リーゼたちの戦いを観戦していたジェイクが、コウタの方に視線を向けた。

 そして顔つきを変える。


「……どうした?」


 声色も変えて、再び親友に問う。

 コウタが、まるで戦場に立つような真剣な顔をしていたからだ。


「あれ、見える?」


 コウタは、リーゼの方を指差した。

 正確には、彼女の足元の地面辺りだ。


「……ん?」


 ジェイクは眉根を寄せた。

 コウタが指差す先。そこには何もないように見える。


「いや? 何もねえが?」


「……そう」


 そう呟き、今度はコウタが眉根を寄せた。


「……コウタ?」


 ジェイクが、再び親友に声を掛けた。

 コウタは両腕を組み、「う~ん」と唸った。


「そこまで危険ではないと思うけど、どうも嫌な予感がするんだ」


 一手、視線をアノースログ学園の生徒たちの方へと向けた。

 そこにいる黒髪の少女を見やる。

 ジェイクは、コウタの視線の先を追った。


「向こうの生徒会長さんと一緒にいた子だな。あの子になんかあんのか?」


「……確証は持てないんだけど……」


 コウタは、ジェイクの方に視線を向けた。


「ちょっと怪しい。ジェイク。少し探りを入れてきて欲しんだけど……」


「探りか?」ジェイクは首を傾げた。「別に構わねえが、コウタは行かねえのか?」


 ジェイクの問いかけに、コウタは「うん」と頷いた。


「ちょっと、リーゼが心配なんだ」


 コウタは、アンジェリカと激しい攻防を繰り広げるリーゼに目をやった。

 コウタの目で見ても、互角の戦いだ。

 だが、


「あと十二手」


 ポツリと呟く。


「多分、あと十二手で、リーゼはあの場所に足を踏み入れてしまう。多分、感じからして大変なことは起きないような気もするけど……」


 コウタは双眸を細めた。


「万が一もあるしね。ボクはリーゼの方に集中したい」


「……そっか」


 意味まではよく分からなかったが、コウタがリーゼを心配していることだけ分かった。

 コウタの危機察知能力は群を抜いている。動く理由としては充分だった。


「分かった。ちょいとあの嬢ちゃん……いや、もう一人いたな。あの嬢ちゃんたちに声を掛けてみるよ。けどよ、オレッち一人だと少し不自然だな」


 一手、ジェイクは近くの級友たちに声を掛けた。

 アノースログ学園の生徒たちと親睦を深めようぜという声掛けだ。

 クラスメートのシルバやフドウが、「おお!」「任せるでござる!」と乗り気になった。

 しかし、興奮気味の野郎だけではなんなので、他にも女生徒たちが数人付いてきてくれることになった。


「じゃあ、行ってくるよ」


「うん。頼むよ」


 コウタは、頼りになる親友を送り出した。

 これで、自分はリーゼと……彼女のことだけに集中できる。


(…………)


 コウタは、リーゼの戦闘に気を向けながら、黒髪の少女の方を見やった。


(確か、名前はシキモリさんか)


 双眸を、微かに細める。

 自分と同じ黒髪の少女。悪い子ではないと思う。

 ただ、不思議な感じもした。気配が凄く独特なのだ。

 それに――。


(あの()()()()。あの子が何かした途端、起こった)


 地面の一ヵ所だけ、紫色に光る現象。

 見たこともない不思議な現象だというのに、誰も……あの慎重なリーゼでさえ、気づいている様子はない。

 あの光が視えているのは、自分だけなのかもしれない。


(何なんだろう? 《黄道法》とかとは違う。《星神》の力とも違うような気がする)


 ――星霊を操る神秘の種族・《星神》。

 その一人であるアイリに、その能力を見せてもらったことがある。


『……コウタにだけだよ』


 そう告げて、普段は見せたくないはずの力を、アイリは見せてくれた。

 試しに、無から金のスプーンを創り出したことにも驚いたが、銀色に輝くアイリの髪がとても神秘的で、美しかったことを強く憶えている。


(似ているような気もするけど、やはり違う)


 コウタは、黒髪の少女を見据えた。

 すると、彼女もコウタの視線に気付いたようだ。

 こちらを、驚いたような顔――実際はほとんど無表情に近かったのだが、コウタには何故か彼女の感情が動いたことが分かった――で凝視している。


(やはり彼女が、あれを仕掛けたのか?)


 確証はないが、確信を得る。

 コウタが真っ直ぐ彼女を見つめていると、ジェイクたちが向こうに到着したようだ。

 親し気な様子で、黒髪の少女と、隣にいた水色の長い髪の少女の肩を掴んでいる。


(流石はジェイクだ)


 これで、少なくとも彼女たちの動きは抑えられた。

 コウタは、意識をリーゼにだけ向ける。

 リーゼたちの攻防は、すでに十手目まで進んでいた。

 アンジェリカの打ち込みを、リーゼが木剣で受け止める。


(……あと一手)


 コウタは双眸を鋭くした。

 そして、リーゼが強く地面を踏み込み、刺突を繰り出そうとする――が、


「―――え」


 リーゼの呟きが、ここまで聞こえてきたような気がした。

 彼女の渾身の刺突が、不自然な形で止まったのだ。

 まるで片足を誰かに掴まれたかのようだ。


(……そういう力か)


 それを見極めて、コウタは一歩踏み出した。



       ◆



(………え?)


 アンジェリカは目を剥いた。

 突然のリーゼの硬直に一番驚いたのは、実は彼女であった。

 まるで刺突の嵐。

 あれほど洗練されていたリーゼの攻撃が、突然、不自然な形で中断されたのだ。

 それも、恐らくは渾身の刺突が、だ。


 混乱する。

 混乱するのだが、アンジェリカの体は勝手に動いていた。


 リーゼの木剣を弾き、剣を振り上げたのだ。


(――マズい!)


 アンジェリカは焦る。

 リーゼに何か異変が起きたことは分かる。

 常ならば、アンジェリカも即座に戦闘を中断する。

 しかし、リーゼは強すぎた。

 実力が拮抗しすぎてしまったのである。この絶好の勝機に、騎士として鍛え上げられたアンジェリカの体は、反射的に動いてしまったのだ。


(と、止めないと!)


 撃ち出してしまった木剣を止めようとするが、一流の騎士ほど、思考よりも体の方が早く動いてしまうものだ。

 木剣は、リーゼの頭部へと、振り下ろされようとしていた。


(――ダ、ダメ!)


 リーゼの回避は間に合わない。

 その時だった。

 ――ガンッ!


「……………え」


 アンジェリカは目を剥いた。

 彼女の木剣が、短剣の鞘で受け止められたからだ。

 彼女の前には、温和な顔つきの少年がいた。

 一体、いつ割り込んだのか――。


「ここまでですね。コースウッド生徒会長」


 その少年は、言う。


「あ、あなたは?」


「ヒラサカです。リーゼの補佐の……」


 そう名乗って、少年は視線をリーゼの方へと向けた。


「大丈夫。リーゼ」


「は、はい」


 リーゼは頷いた。それから彼女は自分の右足を見やる。

 恐る恐る足を地面から離して……。


「……これは?」


 眉をひそめた。

 地面に足が張り付くような異常は見られない。

 コウタは、双眸を細めた。


「……やっぱり何かあったんだね」


「え? コウタさま?」


 リーゼが目を瞬かせると、


「おい! 邪魔すんなよ!」「折角のチャンスだったのに!」「助っ人なんて卑怯だぞ!」


 アノースログ学園の生徒たちが、次々と罵声を浴びさせた。彼らにしてみれば、自分たちの生徒会長の勝利の邪魔をされたのだ。不満が出てくるのも当然だろう。


「ふざけんなエリーズ!」「負けそうになったら中断か!」


 罵声は、かなり強い敵意も宿していた。

 一方、不快なのはエリーズ国側も同様だ。特にリーゼを信奉する《煌めく心の団ナイツ・オブ・ミューズ》の面々はリーゼを侮辱されたようで青筋を浮かべている。

 事実、罵声の中には、リーゼを侮辱するような声があった。


「――この卑怯モンのちっぱいが!」


 ――ブチンッ!

 一斉に何かが切れる音がした。


「――うっせえッ!」


 エリーズ国の生徒の一人が叫ぶ!


「そんなにデカいのがいいのか! そんな脂肪の塊がよ!」


 言って、アンジェリカを指差した。

 ビクッと体と胸を震わせて、アンジェリカは顔を強張らせた。

 思わず、自分の胸を両腕で隠してしまう。


「ふざけんじゃねえ!」「アンジェリカ会長の美の極致たるおっぱいに何を言うんだ!」


 アノースログ学園の生徒たちもブチ切れた。


「この悪しきちっぱい派が!」「何事も適度が良いんだよ! そんなことも分かんねえかクズどもが!」「大は小を兼ねるって知らねえのか!」


 生徒たち――特に、男子生徒たちが一歩前に踏み出した。

 両校の女生徒たちは、ゲスを見る眼差しを男子たちに向けている。一方、まさしく渦中にいるアンジェリカとリーゼは、互いに胸を両腕で隠して真っ赤になっていた。

 思わずコウタは頬を強張らせて、この場を管理している教師たちも「お、おい! 待てお前ら!」「やめるんだ! これは交流会だぞ!」「コースウッドのおっぱいは至宝」「否。レイハートのちっぱいこそが……」「落ち着け、お前たち! つうか、いま変な呟きがなかったか?」と、生徒たちを落ち着かせようとしていた。


「そもそもだ!」


 そんな中、一人の生徒の声が騒動を断ち切った。


「レイハートと互角程度で何を喜んでやがる! レイハートは次席だぞ!」


「………え?」


 その台詞に驚いたのは、アンジェリカだった。

 アノースログ学園の生徒たちも一瞬、言葉を失った。

 凪のようなその時に、アンジェリカはリーゼに問う。


「……あなた、その実力で次席なの?」


 少々信じられない思いで尋ねると、リーゼは「ええ」と頷いた。


「わたくしは第二学年の次席です。この学校の主席は……」


 言って、誇らしげに、コウタを紹介しようとした時だった。


「な、なんだありゃあ!」


 アノースログ学園の男子生徒の一人が声を張り上げた。

 彼は一つの方向を指差していた。

 全員がそっちに注目する。と、そこには――。


「………え?」


 アンジェリカが目を丸くする。

 フランと、アヤメも驚いた顔をしていた。

 なにせ、そこに居たのは、鋼の鎧を着込んだ人物だったからだ。

 それもニセージルを超える紫銀色の巨人だ。

 何故かヘルムに、ネコミミらしき突起物を備えた巨人は、いきなり注目を浴びて、ビクッとしたようだ。


『よ、予想以上に人が多いです……』


 ポツリと呟く。

 その声に、アンジェリカを筆頭に、アノースログ学園の生徒たちは愕然とした。


「「「お、女の子ッ!?」」」


 そのツッコミに巨人の少女は、再びビクッとしたが、


『あっ、コウタ』


 騒動の中心にコウタを見つけて、巨人の中にいる少女――メルティアはホッとした笑みを見えた。どれだけ人がいても、そこに彼がいるのなら大丈夫なのだ。

 人混みを避けるのと、コウタの傍に行くのとでは、当然ながら後者を選ぶ。


『すみません。少しどいてください』


 言って、近くにいた二人の男子生徒の頭を両手で掴んだ。


「ぎゃあ!?」「ひいイィ!?」


 両足を宙に浮かされた生徒たちが悲鳴を上げる。メルティアは彼らを脇にどけた。


『どいてください』


 再び、メルティアがそうお願いすると、人垣は、ザザザっと一気に割れた。

 メルティアは道を開けてくれた同級生たちに『ありがとうございます』と言って、グラウンドを、ズシンズシンと進んでいく。

 アンジェリカも含めて、アノースログ学園の生徒たちは唖然とするばかりだ。

 そうこうしている内に、メルティアはコウタの元に辿り着いた。


 頑張って一人でここまでやって来たのだ。

 メルティアとしては、コウタに褒めて欲しかったのだが……。


「あ、あなたが主席なのね!」


 唐突に、そんな声を掛けられた。

 アンジェリカの声だ。

 ……まあ、アンジェリカがそう叫んでも仕方がないだろう。

 なにせ、明らかに格の違う威圧感だ。

 しかし、メルティアにとっては『……はい?』と首を傾げる内容だった。

 アンジェリカは「むむむ」と唸った。


「確かに凄い迫力だわ。まさかリーゼ以外にもこんな子がいるなんて……」


「え、えっと、アンジュ……」


 流石に誤解がある。リーゼがフォローを入れようとした時だ。


「――今日はここまでだ!」


 教師の一人が叫んだ。


「エリーズ国側は教室に! アノースログ側はホテルに戻れ!」


 そう指示した。

 生徒たちは互いに顔を見合わせていたが、教師に誘導されてぞろぞろと動き始めた。

 アンジェリカは、その様子を一瞥して、


「今日はここまでね」


 アンジェリカは、リーゼに視線を向けた。


「リーゼ。良い試合だったわ。明日また会いましょう」


 と告げて、次にメルティアの方に目をやった。


「あなたともその時、話をしたいわね」


『え? わ、私とですか?』


 メルティアが困惑する。が、アンジェリカは構わない。


「ええ。ゆっくり話してみたいわね。それと……」


 アンジェリカは、最後にコウタを見やり、微笑んだ。


「ヒラサカ君だったわね。止めてくれてありがとう」


「……いえ」


 コウタも微笑んだ。


「どうやらハプニングがあったようですし」


「ええ。そうね。リーゼとは再試合をしたいところね」


「……ええ。そうですわね」


 リーゼも頷く。アンジェリカは「ありがとう」と呟くと、その場でスカートをたくし上げて優雅に一礼した。


「では。ごきげんよう」


 そう告げて、彼女はアノースログ学園一向に合流した。

 彼女の傍には、水色の髪の少女と、もう一人。


「………………」


 黒髪の少女の姿があった。

 彼女は一瞬だけコウタと視線を合わせたが、すぐに人の流れに紛れ込んでいった。

 コウタは静かに、その様子を窺っていた。

 ――と、


「よう。コウタ」


 ポンと肩を叩かれる。ジェイクだ。


「どうだ? あれで良かったのか?」


「うん。ありがとう。ジェイク」


 親友の問いかけに、コウタは頷く。ジェイクは双眸を細めた。


「そんで、何か分かったか?」


「……うん。少しはね」


 コウタは、もう一度だけ人の流れに目をやった。

 その中に消えてしまった黒髪の少女の姿を幻視する。

 そして――。


「……うん。そうだね」


 思わず、コウタは苦笑を浮かべた。


「どうやら、今回のイベントも一筋縄じゃいかないみたいだ」

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